2020年3月19日

効率の良さの逆をいく!? 人の心を動かす手書きロボット「PENDROID」に込めた、人を感じるテクノロジー

人の心を動かす「手書き」にこだわったロボットが誕生しているのをご存知でしょうか? その名も「PENDROID(ペンドロイド)」。今の日本のメーカーの方向とは逆をいく、あえて効率を重視しない ”人間らしい” テクノロジーにこだわる、PENDROID代表の佐藤さんにお話を伺いました。


高性能な技術をより安く、より速くと「生産性」ばかりを追求することが求められる今、人の温かみに触れるという体験が、以前よりずいぶん少なくなっていると感じている人も多いかもしれません。

そんな中、人の心を動かす「手書き」にこだわったロボットが誕生しているのをご存知でしょうか? その名も「PENDROID(ペンドロイド)」。長らくメーカー企業の新規事業部門に勤められていた佐藤博さんが着目したのは、今の日本のメーカーの方向とは逆をいく、あえて効率を重視しない ”人間らしい” テクノロジーでした。

使ったのはありあわせの技術、と語る佐藤さん。しかしそうして生まれたPENDROIDは、いまセールステックと呼ばれる営業支援ツールの分野でも、異色のアプローチとして注目されています。その開発秘話や実際の製品でできることについて、代表の佐藤さんにお話を伺います。

HERO Consulting代表 佐藤 博(さとう・ひろし)さん

富士ゼロックスにて新規事業などを担当し退職後、シリコンバレーのネットワーク機器の日本法人の社長、自然言語検索エンジンの事業開発ディレクターなどを経てビジネスモデル関係のコンサルを継続したのちにPENDROIDを起業。

きっかけは営業マンの手書きの手紙。日本の効率化と真逆をいく、アメリカのものづくりとは?

本日はよろしくお願いいたします。PENDROIDは、ロボットによる手書き清書サービスということなのですが、そもそもどういったきっかけで開発に至ったのでしょうか?
2016年だったと思いますが、飲み会で出会った生命保険の営業の方から聞かされた話が最初のきっかけでした。業績が良い営業マンはみんな手書きの手紙をとても重要視していて、顧客への挨拶の手紙などを欠かさないと。とはいえ、手書きで一人ひとりに手紙を書くってものすごく手間がかかることです。ロボットで手書きの代筆ができるようになればラクになるのでは?というシンプルな発想でした。
佐藤さんは、もともと長らく富士ゼロックスで働いていらっしゃったんですよね。そもそも複合機を世界中に売っていることを考えると、手書きロボットの開発というのは、なんとなくそのビジネスの逆をいく発想のような…!?
そうなんですよ。ただ私は富士ゼロックスに勤めていた35年間、大体は新規事業開発の担当をしていて、複合機事業に関わったことは一度もなかったんです。印刷されたDMなんて、環境への配慮も考えると効率が悪いのでは? なんて思っていたこともありました。

在職中にアメリカ駐在していたこともあって、なぜ日本の大手メーカーの新規事業は失敗するのか? アメリカとの起業に対する考え方の違いはなんなのか? ということを常に考えさせられていたんです。

日本とアメリカの事業に対する考え方、具体的にどういった違いがあるんでしょうか?
私が赴任していたのは90年代ですが、当時の日本では、より安くより高機能の商品を確実に提供することこそが価値だという考えがベースにありました。一方、アメリカのビジネスの現場では、”効率” とか”品質”とかいう言葉が一切出てこないんです。それよりも、これからの新産業を生み出すような新しい価値は何なのか?という問いにひたすら向き合っていました。90年代初頭のシリコンバレーは景気のどん底でしたから。

次の世代を支えるのはインターネットを活用した産業となるから、これをみんなで育てていこうというコンセンサスができつつあった時期だったのですが、まだ汎用のインターネットが一般には提供されていませんでした。ネットスケープというブラウザが登場して、ようやく手作りでネットを構成して使ってみたり、インターネット用のさまざまな通信機器を開発するベンチャーが登場しつつあったりと、夜明けで周りが薄明るくなり始めたような時期ですね。

当時のシリコンバレーの環境を振り返って見ると、例えるならば、原始人がありあわせの材料で生活をより充実したものにしようとしたように、なんとか手に入るものをダイナミックに組み合わせることで新しいものをつくり、地域の皆さんでともかく使ってみる。確かめてみてよかったらベンチャーを興してみる、という発想だったのですよね
効率重視の近代工業よりも、ありあわせでつくる原始人! なんだか真逆の発想ですね。
この発想にまず驚かされました。そのときの衝撃があったからこそ、自分で事業を始めるときも、日本の常識である「効率という発想」の逆をいく ”人間くささ” ってなんだろう?と考えていました。いくら日本のメーカーが近代工業を進めても、シリコンバレーが重要視している「面白さ」や「人をワクワクさせる楽しさ」「ステイタスを生み出す」には敵わないのかなと思っていましたから。

”ありものの組み合わせ” でできたロボット。着想から製品化されるまで

2016年に製品の着想を得て、2018年2月には販売を開始されていたそうですが、ハードの開発などはどのように進められていたんでしょうか?
学生時代から会社員になっての研究職時代に「文字発生技術」と呼ばれる分野の研究していたので、ペンドロイドのアーキテクチャを考える部分は自分でデザインしました。ただハードは自分たちで開発はしていないんです。先ほどお話しした「ありものの組み合わせ」をポリシーにしているので、アメリカにあった小型のロボットを仕入れてきて、日本語を書かせるのに都合が良いように改良しました。

実はこれ、もともとは学生さんがレポートを書くときに、グラフや表を描いたりするために使うロボットなんですよ。日本のJIS規格などをひたすら調べたり、筆圧などを考えたりしながら、国内向けの筆記具にあわせて改良して「ロボライター」として製品化しました。

製品化したあとは、すぐに話題になったのでしょうか?
正直、大したプロモーションはしていなかったんです。ただ「Tech in Asia」などのイベント出展で海外のメディアに取り上げられたり、AI関連のアクセラレータープログラムに採択されたこともあって、それが大きなPRになりましたね。

ITを活用して営業活動の生産性を高める ”セールステック” という文脈でPENDROIDが紹介されることも多いのですが、展示会ではビッグデータなどを活用したハイテクなソフトウェアが並ぶ中、シャカシャカと音を立てながらロボットが手書き風の文字を描くPENDROIDは、ある意味ちょっと異質なのか、会場でもかなり注目されていましたよ(笑)。

インクのにじみに人を感じる。既存フォントから手書き文字、さらには絵まで!?

では実際にデモを見せていただけますか。動いているところが見てみたい!
まず機械にペンをセットして、パソコンのブラウザからロボットが筆記するための版下を作成するクラウドサービスにアクセスし、清書したい文章を入力します。レイアウトや文字間、書体などもこのクラウドサービスで設定します。出力ボタンを押すと…

ーーーー シャコーシャコーシャコー!!!! ーーー
(とても心地よい機械音とともに、ロボライターのアームが動き出す…!)

おおお…! 私が思ったスピードの3倍ぐらい早くてびっくり!細いペン先が紙の上を滑るように動いていく…!
手で描くより2倍以上は速いですよ。楷書体などをはじめ、3つの書体を用意しています。教科書のような丁寧な字や女性らしいちまちまとした書体なども描けます。
手書きの2倍以上!そんなに速いんですね! あっという間に一筆が完成しましたね。実際に万年筆を使ってPENDROIDを使って描いたものを見ると、「手書きしたものをスキャンして印刷」とするのとは明らかに違うことが分かりますね…。

そうでしょう。人の筆圧によって変わるインクの濃淡、にじみ、かすれた感じは、オリジナルでしか味わえない雰囲気です。それに和紙だとまた味がでますし、インクと紙の相性でも、それぞれまた違った印象になるので面白いですよ。

木下 善雄(きのした・よしお)さん

富士ゼロックスでAI、新規事業開発などを担当。退職後、ボット不正ログイン対策のベンチャー企業での新規顧客開拓を経てPENDROIDのマーケティングと営業を担当。

オリジナルなのか、印刷されたものかでこんなに違うなんて! 正直驚きました。PENDROIDの開発を進める中で、一番苦労されたことはなんですか?
正直一番苦労したのはこれらの文字データを作ることですね。PENDROIDに内蔵されている3つの書体は、書家の方に「あえてちょっと下手に描いてほしい」という無理なお願いをして、すべて手書きでデザインしました。各書体だけで 3000〜7000文字ありますからね、かなりの量です(笑)。
確かにそれは膨大な作業量…! でも… ちょっと意地悪な質問ですが、既存の書体ではなく自分が描いたクセのある文字をそのまま使いたいという人もいますよね?
そうですね、もちろんそれにも対応していますよ。 これは実際に私がデジタルペンで書いた文字をそのままデータ化して、PENDROIDで万年筆を使って清書させたものです。

おおお〜 これも味があって良いですね。
結局データさえあれば何でも描けるので、文字に限らず、絵などもPENDROIDに描かせることができます。にじみなどの味は出にくいですが、ボールペンなどでも対応しています。

人を感じるテクノロジー。今後開発予定の機能は?

実際にPENDROIDを使っている会社は、どんな風に活用されているんですか?
大変多くの量を使ってくれているのは女性用アパレルのECサイトですね。出荷をする際に「ご購入ありがとうございます」といった手書きの手紙を商品と同封して送られているそうです。これまでは手書きのものをスキャンして印刷したものを使っていたそうですが、PENDROIDを使用するようになってからお客様のリピート率が約3割から6割ぐらいにアップしたと聞きました。
リピート率にそこまで差が出るなんてすごい! 確かに手書きでオリジナルに描かれたものは、受け取る側も「そこまでしてくれたんだ」という嬉しいサプライズがありますよね。
現在のユーザーは、高級化粧品や不動産などのBtoCの営業で、商材単価の高い企業さんが多いです。PENDROIDの価格は小型の複写機と同じぐらいですが、DMを手書きに変えただけで、売上が9%も上がったという結婚式場もあります。
あと面白いのが、営業のDMだけじゃなく、お客さんに出すための「詫び状」でもニーズがあるんですよ。怒っている相手に印刷物を出したことで、逆にクレームになることもありますからね。そういうときは、あえて若くて気弱そうな書体を使うことが求められたり…(笑)。
そうか〜〜〜 確かに! 年齢と場面によって、好まれるものがだいぶ変わってきますね。今後の新機能としては、どういったことを計画されているのでしょうか? まずは書体などを増やしたり…?

そうですね。あとは英語対応なども進めています。 また研究中なのですが、AIを活用して、自動生成した文字を描かせることもできるようになる予定です。複数の人の手書き文字を機械に学習させて、色々なクセを織り込んだ架空の書体を自動生成させているんです。
手書きの書体を自動生成! いまAIが人の顔を自動生成するという技術もありますが、それの書体バージョンということですね。
これの何がメリットかというと、既定の書体を一貫して使うわけではないので、同じ文字が2回出てきたときに、それぞれに違う書体になるというわけです。人間が手で書いていることを考えれば、そちらのほうが自然ですよね。ゆくゆくは実用化していきたいですね。

確かに! そう言われてみると、手書きってなかなか奥深い…! 人の温かみを感じるための技術が詰まった「PENDROID」が、希薄化しがちな人の心のつながりを、より深めてくれそうですね。

編集後記

以上、今回は手書き清書ロボット「PENDROID」の佐藤さんと木下さんにお話を伺いました。

新たな挑戦に燃える佐藤さんに失礼ながらご年齢を聞いてみると、なんと御年72歳!
安住せずにチャレンジし続けられるエネルギーはどこから来るのかと聞いてみたところ、退職後もさまざまな企業で新規事業のメンターをするなかで、やはり自分自身が事業をゼロから作っているからこそ語れる成功や失敗がある、という答えが返ってきました。

自分たちが新しいものを手探りで作っていくことが、次の世代の事業を興そうと思われる若者たちの参考になればと話す佐藤さん。チャレンジに終わりはなさそうです!

PENDROIDの今後の展開、読者の皆さまもぜひ楽しみにしていてください。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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この記事を書いた人
田中 伶 アステリア株式会社 コミュニケーション本部・メディアプランナー。 教育系のスタートアップでPRや法人向けの新規事業立ち上げを経験。話題のビジネス書や経営学書を初心者向けにやさしく紹介するオンラインサロンを約5年運営するなど、難しいことをやわらかく、平たく解説するのが得意。台湾情報ウェブメディア編集長も務める。