2024年5月20日

2024年4月からウェブアクセシビリティの確保が義務化に? 知っておきたい法改正の中身とWeb担当者が持つべき考え方

ウェブアクセシビリティの合理的配慮の義務化によって、何が、どう変わるのか。法改正の中身と必要な対応、さらにWeb担当者に求められる考え方について、株式会社KDDIウェブコミュニケーションズ広報室長の神森勉さんに伺いました。


2024年4月に改正障害者差別解消法が施行されました。これにより飲食店では、車いすの方が希望した場合、車いすに乗ったままテーブルに着けるようスペースを確保したり、企業セミナーの場では、学習障害のある参加者が板書の代わりにスマートフォンでの撮影を求めた場合に応じたりといった「合理的配慮義務」が求められるようになります。この合理的配慮ですが、ウェブの世界も例外ではありません。すべての事業者には、ウェブアクセシビリティの確保が求められることになります

ところで、そもそもこの “ウェブアクセシビリティ” について、「聞いたことはあるけれど、よく分からない」という人もいるのではないでしょうか。そこで今回は、ウェブアクセシビリティ基盤委員会のメンバーでもある、株式会社KDDIウェブコミュニケーションズ 広報室長 神森勉さんに、法改正の概要から具体的な対応方法まで、詳しく解説していただきました。

神森 勉(かみもり・つとむ)さん
株式会社KDDIウェブコミュニケーションズ 広報室 室長

商社営業マンから印刷会社へDTPオペレーターとして転職。 キャリアアップをめざすため、ウェブ制作会社へ転職し、ウェブ制作技術の向上に努める。パートナーの障害特性を知ることを機にウェブアクセシビリティへの関心を高め、ウェブアクセシビリティのイベントやコンテスト運営に携わる。 現在、KDDIウェブコミュニケーションズ広報室にてコーポレートサイトの運営に携わる傍ら、アクセシビリティエキスパートとして自社のウェブアクセシビリティへの取り組みを推進している。ウェブアクセシビリティ基板委員会WG1委員。

ウェブアクセシビリティとは、「広く」「誰でも」利用できること

本日はよろしくお願いします。本題に入る前に、混同されがちな「アクセシビリティ」と「ユーザビリティ」という二つのワードについて、改めて教えていただいても良いでしょうか。
まず、「アクセシビリティ」ですが、これはアクセス(接続)とアビリティ(能力)の造語です。つまり、アクセスできる、スタート地点に立てる、という意味ですね。アクセスできないことには参加もできません。ですから、根底にあるのは「アクセシビリティ」です。

ここが担保されたうえで、たとえば、障がいのある方にも使いやすくなるようウェブサイトに工夫を加えたりすることが、「ユーザビリティ」になると理解されるとよいと思います。
なるほど、よく理解できました。そのうえで、今回のテーマである「ウェブアクセシビリティ」ですが、これは以前から重要視されてきたことなのでしょうか?
ウェブアクセシビリティは、インターネットが民間に普及しはじめた1990年代以降より根底にあるものです。そもそもウェブは、「広く」「誰でも」使えることをベースに生まれています。ここに立ち返ると、ウェブアクセシビリティという考え方は、昔から当たり前のようにあるものといえます。 なお、WWWC(Word Wide Web Consortium)によって、『ウェブコンテンツ・アクセシビリティ・ガイドライン』(以下、WCAG)が制定されています。

WWWC(Word Wide Web Consortium) https://w3c.org/
Web Content Accessibility Guidelines (WCAG) 2.1 https://www.w3.org/TR/WCAG21/
ウェブコンテンツ・アクセシビリティ・ガイドライン日本語訳(WCAG) https://waic.jp/guideline/
ウェブアクセシビリティ基盤委員会(WAIC) https://waic.jp/

基本はWCAGに沿ったウェブコンテンツの制作が推奨されてきた、ということですね。

2024年4月の法改正 事業者が押さえておきたいポイントとは

今年4月の改正障害者差別解消法施行にともない、障がいの有無にかかわらず誰しもが自由自在にウェブサイトを利用できるように改善を図る必要が出てきました。実際、事業者にはどのような対応が求められているのでしょうか。押さえておくべきポイントを教えてください。
ここで誤解の無きようお伝えすると、今回の法改正によりウェブアクセシビリティが義務化されるということはありません。合理的配慮の提供は義務化されますが、ウェブアクセシビリティについては、合理的配慮の事前改善措置でもある環境の整備という所に分類されていて、環境の整備については努力義務となっておるためウェブアクセシビリティの実現は義務化されていないのです。

そうした前提の上で、 “ウェブアクセシビリティと事業者はどう向き合っていくのか?” という所を考えていく必要があります。その上で押さえておくべき所は、自社のサイトがウェブアクセシビリティをどのくらい担保できているのかをチェックしてみることをお勧めします。 W3Cより最新のガイドラインを参照してサイト作りをおこなっていくことで、アクセシビリティが担保されたサイトを構築していくことができます。

Web Content Accessibility Guidelinesの公開について (W3C勧告)
https://www.w3.org/TR/WCAG21/

次の段階として分かりやすい例を挙げると、視覚的なページの見やすさにつながるコントラストですね。背景色と前景色、背景色と文字色といったコントラストの強さがWCAGで指定されています。これにしたがってサイトづくりを考えていくとよいと思います。
ここだけは対応しておいたほうがいい、というページはありますか?
一般的なコーポレートサイトであれば、やはり会社概要のページですね。企業情報が正しく伝わるように見直しておくことは大事になると思います。もう一つ、声を大にして言いたいのが動画です。たとえば、電車内でスマホを操作しているとき、たまたまタップしたウェブサイトが動画だったものの、音声をオフにしているので何を話題にしているのか分からなかったという経験はありませんか?
無音かつ、字幕も付いていないような状態ってことですよね。
そうです。これは動画コンテンツとしては致命的です。そのまま情報提供していても見る側は全く情報がつかめないんですよね。聴覚障がいを持つ人なら、なおのことです。

実際、ガイドラインにも「代替手段を用意すること」と書いてあります。制作者にとっては手間のかかる作業ではありますが、動画コンテンツはその扱いに見直しが図られる可能性がありますので、特に留意したほうがよいと思います。
近年は動画にテロップを埋め込む機能が充実してきましたよね。
これもウェブアクセシビリティを意識した動きの一つですよね。音声やビジュアルだけで情報を伝えるのではなく「代替手段を必ず用意すること」がウェブアクセシビリティの基本的な考え方です。ここを意識して改善を図るとよりよいウェブサイトになると思います。
ちなみに、プラットフォーマーから提供されたフォーマットを使ってウェブサイトをつくっている事業者も存在しますが、こうした場合はプラットフォーマーがウェブアクセシビリティの対応を行うことになるのでしょうか。
そうですね。各社が必要に応じて改良していくことになると思います。当社も『Jimdo(ジンドゥー)』というクラウド型ホームページ作成サービスを提供していますが、こちらもタイトルや見出し、本文といった構造を意識してつくれば、ウェブアクセシビリティをある程度担保できるようになっています。

罰則の有無は? 準拠していることを知らせる方法は? 気になるギモン

ところで、義務化されるということは、同時に罰則も設けられているのでしょうか?
合理的配慮の義務化による罰則はありませんが、この合理的配慮については、正しく理解されていないことがあります。合理的配慮とはどのようなものなのかについては、政府広報オンラインのサイトにある「事業者による障害のある人への「合理的配慮の提供」が義務化」を一度読まれることをお勧めします。 そして、合理的配慮を欠いたことによる罰則は有りませんが、他方、レピュテーションリスクを考えると、合理的配慮義務を果たしていくことは大事になるかと思います。
たしかに。監督省庁からの指導は不名誉ですが、SNSで「あの会社は……」と、ネガティブな情報が拡散されていくことも避けたいですね。 もう一つお聞きしたいのが、周知方法です。ウェブアクセシビリティに準拠していることを訪問者に知らせるにあたり、どんな方法が適当でしょうか。
フッター部分に載せると、収まりが良いと思います。
サイトポリシーやプライバシーポリシーと同じように、アクセシビリティポリシーとして掲げる形ですね。リンク先のページには、「このサイトは、JIS X 8341-3:2016のシングルAに準拠しています」「AAに一部準拠しています」のようなことを掲出しておけば、「このサイトはウェブアクセシビリティに正しく対応しているんだな」と、訪問者も分かると思います。
なるほど。この「準拠している」云々ですが、自己判断で掲載できるのでしょうか? それとも、第三者機関のお墨付きが必要になるとか?
まず準拠しているかどうかの試験を行う必要があります。
試験方法については、WAICサイトにある「JIS X 8341-3:2016 試験実施ガイドライン」こちらを参考にウェブサイトの試験を実施していただくと良いともいます。試験については、自社のサイトがウェブアクセシビリティガイドラインにおいて、どのレベルに相当したいのかを定め(A、AA、AAA)、それに準拠しているのか、一部準拠なのか、などを試験をおこないその結果を自社サイト内でアクセシビリティ方針として掲げることができます。

試験については、チェックリストを利用すれば自社でも可能ですが、アクセシビリティ試験を行っている会社などに依頼をして行うということが可能です。

ウェブアクセシビリティの担保は誰にとっても大切なこと

ここからはウェブアクセシビリティを高めることによって生まれるメリットについてお聞きしたいです。
先述した動画の字幕もそうですが、たとえば、PC向けにつくられたウェブサイトをスマホで見たことはありますか?
あれは辛いですね。文字が小さすぎたり見切れていたり、画像が大きすぎてスクロールが長かったり。ちょっとストレスです。
そうですよね。つまり、ウェブサイトがスマホ用に正しくつくられていることは、誰にとっても助かることなんですよね。あとは、ケガなどで一時的に利き手が使えない状態でウェブを利用することを考えると大変だなあって思いません?
ええ。マウスをうまく動かせないでしょうし、入力フォームへの入力にも倍以上の時間がかかると思います。
私の知人に脳性麻痺で四肢の動作に制限がある方がいるのですが、ウェブを利用するときはジョイスティック型のマウスをどんどんと叩いてカーソルを動かすんですね。けれども、正確な位置にカーソルを合わせることは相当大変なんです。こういう場合、リンクとリンクの間に十分な余白があるとクリックしやすいんですよね。
些細な配慮で使い勝手がグンと上がるんですね!
そうなんです。ただ、こうした些細なことが見過ごされて困っている人がたくさんいます。障がいをお持ちの方にとってウェブにアクセスできないことは、可及的速やかに対応してほしい部分だと思います。ひるがえって、私たちも手や指をケガすることがあるかもしれません。一時的なことであっても、そのときには不便さ、もどかしさを感じることになるでしょう。しかし、あらかじめウェブアクセシビリティが担保されていれば、これらは杞憂に終わります。
そのように考えると、ウェブアクセシビリティへの対応は、自分のためでもあることが分かります。障害のある方に情報を正しく分かりやすく伝えようと手を加えることは、すべての人の利便性を高めることにもつながるんですね。
ですから、ウェブアクセシビリティは障がい者のためのものと捉えないでほしいと思っています。これまで多くの企業は、「障がいを持つ人が閲覧することを前提としたサイトづくり」という視点が欠けていたように思います。

けれども、ショッピングサイトであれば、改善を図って障がい者の利便性を高められれば、売上アップだけでなく、企業認知の向上も見込めます。そう考えると、ウェブサイトを正しくつくることは、誰もがハッピーになれる未来につながっているんですよね。各企業はできるところから、どんどん進めていってほしいと思います。
法改正を機会にウェブサイトを見直すことが、他者に思いを馳せたり、当事者意識を持ったりするきっかけになり、より良いウェブづくりの拍車をかけていく。そんな期待が持てるようになるといいですね。
つくり手をはじめとする情報提供者は、自分たちが発信する情報が正しく広く伝わっているのか、という問題意識を常に抱えていただきたいです。これからはこの姿勢がより大切になると思います。「他者はどうなんだろう」ということを頭の隅に置くだけでも、つくり方や情報発信の仕方は変わってきます。

ご担当の方にとっては大変なことだとは思いますが、自分たちの将来のためにも良いサイトをつくっていきましょう。

編集後記

※本インタビューは2024年4月時点で行ったオンライン取材をもとに構成しております。最新の動向や法的な観点については、各専門家に相談の上、適切にご判断ください。

いかがでしたでしょうか。「ウェブアクセシビリティの担保は、自分たちの将来のためでもある」という神森さんの言葉はとても印象的で、一気に自分ごとになった気がします。この記事をきっかけに、すべての事業者がウェブアクセシビリティの拡充に向けて一歩踏み出そうと思えたならうれしいです。

なお、「どうすればいいんだろうな」「自分たちで対応するのは難しそうだな」と感じる事業者さんについては、WAICのサイトのリソースをぜひ参考にしてみてくださいね。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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この記事を書いた人
香川妙美 山口県生まれ。音楽業界での就業を経て、2005年より自動車関連企業にて広報に従事。2013年、フリーランスに転身。カフェガイドムックの企画・執筆を振り出しに、現在までライターとして活動。学習情報メディア、広告系メディア等で執筆するほか、広報・PRの知見を活かし、各種レポートやプレスリリース、報道基礎資料の作成も手掛ける。IT企業・スタートアップ企業を対象とした、広報アドバイザーとしても活動中。