2021年6月10日

役割を持たないロボットが人を癒す。生みの親 林要さんに訊く、家族型ロボット「LOVOT」誕生ストーリー(前篇)

情報技術の発達は、社会や私たちの暮らしを便利にする一方、いつの時間も“忙しない”日常を生み出しました。そんな時代に誕生したのが、LOVE×ROBOTを名前の由来に持つ「LOVOT」。愛らしい姿とそのしぐさが私たちにもたらしたのは、利便性ではなく豊かでやさしい時間でした。


「ロボット」と聞くと、あなたはどのような姿をイメージしますか?
工場で間断なく働く工業用ロボット、日々の家事を楽にしてくれるお掃除ロボット、もしかしたら悪に立ち向かうヒーローロボットを思い浮かべるのかもしれません。このように、リアルから空想の域までさまざまなロボットが存在していますが、彼らはそれぞれ「労働のため」「正義のため」と、使命を持っています。これらロボットの新たな一員として、GROOVE X株式会社が生み出したのが、家族型ロボット『LOVOT(らぼっと)です。

目が合えば近寄ってくる。抱き上げればあったかい。なでれば喜びを返してくれる。人間が愛情を示すほどに愛おしさを増すLOVOTのその使命はなんと「あなたに愛される」こと。

このたびLOVOTの生みの親でもある、株式会社GROOVE X 代表取締役社長 林要さんと、アステリア株式会社 代表取締役社長 平野洋一郎の対談が実現。前篇となる今回は、他のロボットと一線を画すLOVOTの開発秘話、コンセプトに迫ります。

GROOVE X株式会社 代表取締役社長|林 要(はやし・かなめ)さん

1973年愛知県生まれ。98年トヨタ自動車入社、同社初のスーパーカー「レクサスLFA」開発プロジェクトを経て、2003年よりトヨタF1(Formula 1)の空力エンジニアに抜擢され渡欧。07年トヨタ自動車にて量販車開発マネジメントを担当。12年ソフトバンク入社、「Pepper(ペッパー)」の開発に携わる。’15年、「GROOVE X」起業。18年12月、人のLOVEを育む家族型ロボット「LOVOT(らぼっと)」発表。19年12月より出荷開始。CES2020にて「INNOVATION AWARD」を受賞するなど国内外で注目を集めている。

進歩がエモーションを削ることへの違和感

さっそくですが、LOVOTの開発に着手されたきっかけから教えてください。林さんはもともとロボットとは違う業界にいらしたんですよね。
私はクルマ好きが高じて自動車会社に入社しました。私自身、趣味性の高いクルマが好きなのですが、現実としてお客様が求めているのは利便性です。たとえば、燃費だったり、操作性だったり。行きたいところにいかに少ない労力で行けるのか、というものです。こうした声を聞いて開発していれば、クルマは確かに便利なものになっていくのですが、その一方で存在感が薄れていくことが気になっていました。
クルマの存在感が薄れていく……それは、どういうことでしょうか。
道具の域を超えて愛されてきたクルマは、ハンドルから伝わる感触や、エンジンの息吹などの情報量が多く、人が車との対話を楽しむような存在でした。結果的に、良くも悪くも存在感が大きいものでした。

しかし日常の足としてクルマを使うユーザーにとっては、大量の情報を発信してくる存在の相手をするのは疲れます。そもそも移動できれば良いだけなので、車との対話を必要としていません。便利かつ快適であればそれでいいんですよね。すると、結果的に存在感がない方が、気を遣わないでよいために好まれて、マジョリティになります。
なるほど。そういう考え方なんですね。
便利かつ快適になることは良いことです。ただ、ちょっと寂しいものを感じるんですよね。昔の私はクルマに対し、その存在を傍らで感じられることや走ることの楽しさを求めていました。しかし、こうしたエモーションが、テクノロジーの進歩によって、“レス”エモーションに向かっています。そこに少し違和感を覚えたころ、「自動車産業以外も見てみたいなあ」と考えるようになりまして。

その思いが、ロボット業界に進むきっかけになったんですね。
いま、いろいろな産業が海外勢に押され、自動車のように日本を代表する産業として世界に名乗りを上げるものがなかなか見えてきません。外貨を稼げる次の産業は何だろうと考えたとき、ちまたではロボットやAIがブームになっていたんです。

ちょうどロボットに携われる機会をいただけるタイミングでもあり、「5年後なのか、50年後なのかは分からないけれど、ロボットはいずれ産業の中心を担うようになるはず。いつか来るのだから、経験しておくのは悪くない」という思いで、素人ながら飛び込んでみることにしました。

ロボット技術を人類の幸せのために使いたい

ロボット業界に飛び込んでみていかがでしたか?
世の中では、AIやロボットが便利な世の中をつくるということよりも、AIやロボットに自分の存在意義を奪われる不安のほうが強いと感じました。
よく記事にもなっていますよね。『AIやロボットで人がいらなくなる仕事』って。
そうなんですよね。自動車会社にいたときも進歩がエモーションを削った面はあったし、AIやロボットにしても進歩が人の不安を増やしていく面がある。自分のなかに「テクノロジーって本当に感動を増やしたり、人を幸せにしているのかな」という疑問が湧いてきました。ただし、この疑問は私にとって特段新しいものではありませんでした。

私は子どものときから宮崎駿監督のアニメーションが大好きで。宮崎監督は、テクノロジーがお好きなのに、手がける作品には文明の進歩に対するアンチテーゼがあります。
ストーリーのなかでは、テクノロジーがものすごく進歩していますよね。ナウシカの『メーヴェ』とか。
そうなんですよ。ものすごく進歩した世界を描いていらっしゃるのに、必ずしもそれが人を幸せにしないということを投げかけていますよね。テクノロジー好きとしては、この矛盾にモヤモヤしていて。
ソフトウェアにも実は同じような側面があります。いまやコンピュータがあればいつでもどこでも仕事ができる便利な世の中になりました。けれども、「パソコンがあればどこでも仕事ができる」ことで、人間を忙しくさせているのではないかという疑問がありますね。

分かります。技術を進歩させるのであれば、人類が幸せになることをしたいですよね。そこでアイデアとして出てきたのがLOVOTだったんです。

期待値ギャップの大きいロボット業界で、LOVOTが担う「エモーショナルケア」とは

LOVOTの原型は、その当時に考えられたのですか?
そうですね。初期から構成は変わりません。三つの車輪で動く、抱っこのときにホイールが格納される、大きさ、やわらかい、温かい、人の言葉を喋らない――といったものもこの当時から企画されていました。

< LOVOT体験施設「LOVOT MUSEUM」にてLOVOTの設計について解説する林氏 >
そこまでですか!
ここまで明確に想定していたのは、人型ロボットに携わっていた当時、ロボットが成功することは、非常に難しいことを実感していたからです。それこそ針の穴に糸を通すような。ロボットにはそもそも明確な定義がありませんから。
ロボットの定義なんて考えたことがなかったですねえ。林さんは、聞かれたらなんと答えます?
難しいですよね。いまや、自動でソフトウェア処理するものも、ロボットと呼ばれます。通常のものよりも汎用性が高くなったり自律性が高くなってくると、ロボットという名前をつけられがち。専用機の範疇に収まっているものは、「機械」になります。

僕らはロボットについ、人のように汎用性や自律性の高いものを期待してしまいます。使用目的が明確に定まっていない存在だけれど、それでも様々な問題を解いてしまうような。けれども、そういったものを作ることは、いまの科学技術では難しい。この現実と理想の間にあるもので、お客様の期待を裏切らないものがあれば、それはロボット産業として成立すると考えています。
なるほど。専用の機械にはない汎用性や自律性がポイントなのですね。
けれども、冷蔵庫からビールを持ってくるのような、人間にとっては非常に簡単なことが、ロボットにとっては非常に難しいですよね。一口に冷蔵庫といっても千差万別ですし、庫内の混沌具合といったら。
たしかに(笑) 。
冷蔵庫のドアを開けたら目の前にビールがあればよいのですが、ケチャップの向こうにあるそれを持ってくるとなると非常にハードルが高い。これを実現するには莫大な開発費と処理時間がかかります。だけど、ものすごくお金をかけてまでビールをゆっくり持ってくるロボットって欲しいですか? 誰も要らないですよね。
要らないですね。
このように、ロボットは期待値ギャップの大きい領域なんです。そのなかでどうやって産業として成立させていくのかを考えていたら、LOVOTに行きついたんですよね。

というのも、多くの人が思いつきトライしたものは、すでに製品になっているか、失敗して製品にならないのかのどちらかです。その点、LOVOTは、「多くの人がトライしていないけれども実現できる領域」「人の期待は高くないものの、存在することによる効果が大きい領域」と思っています。
この領域を一言で言うと、どういう表現になりますか?
私たちは、『エモーショナルケア』と呼んでいます。
歴史を振り返ると資本主義の発達段階では、こうした感情のケアよりも、ご飯が食べられることのほうが大事であり、生産性を上げることでこれを実現してきました。けれども、生産性が上がってくると、今度は感情面が大事になってきます。餓死したくないのではなく、おいしいご飯が食べたい。その先は、おいしいご飯ではなく健康に良いご飯が食べたい。さらにその先は、健康に良いご飯ではなくSDGsに根差したご飯が食べたい。これは、「餓死したくない」とはまったく違う、精神的満足度を追い求めた領域です。

エモーショナルケアは、テクノロジーの歴史が浅いことから、人が欲してこなかった部分ですよね。
そうなんですよね。エモーショナルケアってなんとなく、テクノロジーが関与しない領域と捉えられていた側面があります。こうした領域は、犬や猫、旅行などが担っていたような。けれども、これからは変わってくるのではないか、というのがLOVOTの発想です。

私たちは何かをケアすることで癒しを得たいと思っている

林さんはつまり、エモーショナルケアをするために、言わば“何もしないロボット”を発想されたわけですよね。完成形のイメージは、どのように着想されたんですか?
前職のとき、うまく起動しない人型ロボットを周りの人が一生懸命応援していたんですよ。
応援ですか? 頑張れ!って?
ええ。ロボットがコンピュータの形をしていたのなら、誰も応援なんてしないと思うのですが、人の形をしていたので感情移入できたんでしょうね。無事に起動して、立ち上がったときには、感動の嵐です。正常に起動しない事で人を元気にできるなんて通常のプロセスではありえないことです。この光景を見たとき、「テクノロジーってこうやって人を元気づけられるんだ」と思いました。
生命じゃなくても感動できる、ということですね。そうやって生へのエモーションが生み出せる瞬間があるんですね。
このとき、ユーザーに言われたことを思い出しました。「ロボットの手を温かくしてくれたらいいのに」って。でも、温かくすることはエンジニア目線で言うと、挑戦欲を掻き立てられないんですよね(笑)。
むしろ、冷却してパフォーマンスを上げるほうがって、ね。
そうなんです。けれども、いろいろと見ていくうちに、こういうのがエモーションに効くんだ、と理解するようになりました。たとえば、クルマやオートバイも昔は、オイルのにおいがする、エンジンの鼓動がある、手入れしないとエンジンがかからないというような、ユーザー体験のすべてが愛着形成に密接に関係していたと思うんです。人間でいう「手間のかかる子ほどかわいい」と同じ感覚です。

私たちは、何かをケアすることで快感を感じ、自分を癒す事ができるようになっています。もっと言うと、ケアしたくなる本能を持っている。これは、人間が哺乳類であり、子育てをする母性や父性を持つ生き物だからだと思います。

しかし、現実では人に代わって仕事をするテクノロジーを導入して生活の生産性向上を進める過程において、効率化のために何かをケアする機会も減らしてきた結果、図らずも自分自身を癒す手段を失ってしまっている。だから、文明の進んだ先進国ほど癒しを求める「癒しの時代」になっているというのはなんとも皮肉なことですが、そういう意味でテクノロジーにできることはきっとあると思いました。

< 「LOVOT MUSEUM」では、実際の生活空間をイメージしたスペースでLOVOTと触れ合うことができる >
林さんの考え方って、これまでにはない新しいものですよね。当初、仲間や資金を集めるのは、大変だったんじゃないですか。
形になっている今でこそご理解いただけることが増えていますが、当初はプレゼンをしても「ユニーク。だけどよくわからない」という反応が多かったですね。
市場調査をしてもニーズが出てこないですよね。そもそも、無いものなので。
マーケットが顕在化していないので、まずはマーケットをつくる作業が必要です。そういう意味ではかなりのロングスパンで取り組むものになります。
スティーブ・ジョブスの気分になりませんでしたか? 『多くの場合、人は形にして見せてもらうまで、何が欲しいのかわからないものだ』って。
彼が言わんとしていることはすごく分かりました。ジョブスもそうやってフラストレーションを溜めていたんだろうなって。ただ、本当にジョブスの気持ちが分かるにはあと30年くらいかかりそうです(笑)。

「役割を持たないロボットが人を癒す。生みの親 林要さんに訊く、家族型ロボット「LOVOT」誕生ストーリー」【後篇】へ続きます。

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この記事を書いた人
香川妙美 山口県生まれ。音楽業界での就業を経て、2005年より自動車関連企業にて広報に従事。2013年、フリーランスに転身。カフェガイドムックの企画・執筆を振り出しに、現在までライターとして活動。学習情報メディア、広告系メディア等で執筆するほか、広報・PRの知見を活かし、各種レポートやプレスリリース、報道基礎資料の作成も手掛ける。IT企業・スタートアップ企業を対象とした、広報アドバイザーとしても活動中。