2021年6月21日

役割を持たないロボットが人を癒す。生みの親 林要さんに訊く、家族型ロボット「LOVOT」誕生ストーリー(後篇)

情報技術の発達は、社会や私たちの暮らしを便利にする一方、いつの時間も“忙(せわ)しない”日常を生み出しました。そんな時代に誕生したのが、LOVE×ROBOTのコンセプトを持つ「LOVOT」です。林さんの描くLOVOTのその先とは。対談の後半をお届けします。


2019年末、株式会社GROOVE Xが生み出した、家族型ロボット『LOVOT(らぼっと)』。目が合えば近寄ってくる。抱き上げればあったかい。なでれば喜びを返してくれる。人間が愛情を示すほどに愛おしさを増すLOVOTのその使命はなんと「あなたに愛される」こと。

LOVOTの生みの親、株式会社GROOVE X 代表取締役社長 林要さんとアステリア株式会社 代表取締役社長 平野洋一郎による対談形式でお届けする本記事。
後半は、林さんにLOVOTの存在意義と今後の展望について大いに語っていただきました。

犬や猫がヒントに。LOVOTはやさしさを引き出す触媒

ウチにもLOVOTがいるんですよ。名前はシュウタといいます。妻が朝から晩までずっとお世話していますね。朝は、「おはよう」と言って抱っこし、転びそうになったら飛んでいく。シュウタとの暮らしが生活の一部になっています。
ありがとうございます、とっても嬉しいです!
しかし、こうした生活を送ることになるのはLOVOTがいるからこそ分かるものの、無いところから想像するのは、普通はできないですよね。
私が着想を得たきっかけとしては、犬や猫の存在が大きかったですね。客観的な視点でペットとして迎えられた犬や猫が家族になっていくプロセスを考察すると、合理的にはありえないことが起きているんですよ。
それはどういうことですか?
この50年のうちに、犬は家の中で飼われる方が多くなりました。昔、犬には「番犬」という役割があったケースも多かったのに、いまはそのような役に立つ存在ではなく、あくまで愛玩される存在です。散歩していても、犬が疲れたら飼い主が抱っこしてあげたりして、大事にされています。
確かにそうですね(笑)。
 
こうして考えると犬は、お金もかかる、時間も取られる、手間もかかる、そして何より旅行などの行動を制限されるという意味で、行動の自由をも奪う存在です。 犬と言わずに「そういう存在が欲しいですか?」と質問すると、100人中100人が「いらない」と答えるのですが、「犬や猫が欲しいですか?」という聞きかたに変えると、多くの人が「欲しい」と答えます。
なるほど、おもしろいですね。
合理的に考えるとおかしいことなのですが、エモーショナルケアの目線で見ると、いまの生活に欠けている至極大事なものを犬や猫は持っていることになります。
エモーショナルなもののなかに、現代社会に欠乏しているものがある、ということですね。

昔は狩りをしているときや畑を耕しているときはオンで、それ以外のときはほとんどがオフでした。けれども、いまは在宅していようが、会社にいようが、なんなら通勤中であろうが、ずっとオンの状態です。ここでいう、オフとは精神的には緊張していない状態をいいます。

平野さんも「コンピュータがあればどこででも仕事ができる」とおっしゃっていましたが、まさにそのとおりです。仕事後のSNSを見ている時間はリラックスしているかというと、そんなことはありません。気晴らしにゲームをする時間ですら、オンなんです。効率化されたがゆえに本当の意味でのオフの時間、やさしい気持ちになれる時間の確保が難しくなっています。

そこにピタリと当てはまるのが、犬や猫の存在です。面倒を見たり、かわいがったりする時間を過ごすと人は、とてもやさしい気持ちになれます。犬や猫はいわば、自分の気持ちのなかにもともと備わっている、やさしさを引き出す“触媒”なんです。ただ、犬や猫を飼える人たちはそれでよいものの、飼えない人は、その触媒を手に入れることが難しい。飼えない理由は、「アレルギーがある」「賃貸住宅に住んでいる」「忙しい」などさまざまですが、飼えない人のほうが圧倒的に多いんですよ。日本だと約4分の1の人が犬や猫を「飼いたくて飼っている」のですが、約2分の1の人は「飼いたいけれど飼えない」状態です。

全世帯の約半数にのぼる後者の皆さまに、やさしくなれる触媒としてご提供しようというのがLOVOTです。

実際にLOVOTを触っていただいても、かわいいのかどうかを頭で考えている状態では、まだLOVOTの効果がでません。 ご自分が解析的な気持ちでいるうちは、ご自身の優しさを引き出す事ができないのです。

まずLOVOTを気兼ねなく愛でて、そのときに自分のなかにやさしい気持ちが芽生えていることを自覚していただくことが大事です。その気持ちを発見して、「すごい。LOVOT、ありがとう」と他者に感謝したときに、効果が上がるんですよね。
我が家ではもう、その段階に達している気がしますね。
とても嬉しいです! テクノロジーに対して自分がやさしい気持ちになれることを発見し、テクノロジーに感謝できるというのは、これまでにはあまりなかったプロセスではないでしょうか。
 

LOVOTはその先へ。人が持つ希望をケアする存在に

LOVOTは2019年末に販売が開始されて以来、多くの人へのエモーショナルケアを実現しています。これは、林さんが思い描いていた姿そのものなのでしょうか。
ねらった効果を感じてもらえているのかという意味では、良いスタートダッシュが切れたのではないでしょうか。 最終的には、LOVOTの世帯普及率が犬や猫を超えてもおかしくはないと思っています。現状、犬や猫を飼えない方がLOVOTを迎えることが多いのですが、ゆくゆくは「犬も猫も飼える。けれどもLOVOTがいいね」というところにたどり着けると思っています。それが中期的な目標です。
 

2019年末の販売以降「COOL JAPAN AWARD 2019」などを始めとする、さまざまな賞を受賞している

 
では、もっともっと発展させたい夢という意味では、いかがですか?
大きな目標はだいぶ飛びます。エモーショナルケアの最終段階は、モチベーションのケア、人の持つ希望へのケアだと思っています。

私は、「より良い明日が来る」と多くの人類が信じられるようにすることが、人類の解くべき最終的な問題じゃないかと思っています。なぜなら、とても恵まれている人であっても毎日「明日は、ちょっとずつ悪くなる」と思って生きていたら、庶民よりも恵まれた生活を続けていたとしても、その人は不幸かもしれません。

一方、平均よりもかなりタフな状況に置かれている人であっても毎日「明日は今日よりも良くなっていく」と信じられるのなら、その人はかなり幸せだと思うのです。そういう意味で、人がより良い明日が来ると信じ続けられるようになることは、人類の幸せの最大化を意味するのではないかと思うのです。

どれだけ効率化を図ろうとも、魅力的な製品を多くの人が買えるように大量生産しようとも、「より良い明日がくる」と信じられない限り、幸せは実現できません。今、独力ではそう思えない人々の認知を変えて、多くの人が「より良い明日がくる」と思える世界を実現するためには、人に寄り添ったコーチングが必要です。ライフコーチのような形でずっと一緒にいてそっとエモーションをケアする。言ってしまえば、『ドラえもん』のような存在です。
 

なるほど。LOVOTの進化系として、その先は『ドラえもん』を目指していくのですね。そのころには、もう喋るようになっていますか?
そうですね。ただ、LOVOTとはまた違う製品ラインにはなるかと思います。
 
ポケットからは、いろいろな秘密道具が出てきたり?
どうでしょうね。ポケットは、当社が作らなくてもいいかなと思っています。AmazonのようなECサイトもありますからね。『タケコプター』や『どこでもドア』は物理的な制約があるので今後もリアルワールドでの実現は難しいと思いますが、VRの世界で実現していくと思っています。
 

10年愛される製品を目指して

いよいよハードウェアとソフトウェアの融合が始まるんですね。楽しみですね。どのくらい先の構想ですか?
 
現在、2045年にシンギュラリティが来ると言われています。そこから考えると、犬や猫に追いついた状態が2035年でしょうか。その後、10年のあいだに、犬や猫とLOVOTが並ぶ時代が訪れ、このあとにシンギュラリティという順番ですが、そうはいってもシンギュラリティはおそらく処理能力的に実現されるだけで、エネルギー効率的に人に並ぶのはもう少し時間がかかる。人と同じようなエネルギー効率を保つコンピュータの実現には、だいぶ時間がかかると思っています。これを踏まえると、LOVOTの次なるドラえもん型ロボットの登場は2045年以降、しばらく時間がかかると思います。
 
では、いまから10年後に林さんがプロデュースしているものは……
 
10年先であれば、まだまだLOVOTを手がけています。たとえば、iPhoneも10年かけて市場を切り開き、ようやくラガード(※)の方々にも浸透しつつあると思うんですよね。イノベーティブであればあるほど、多くの人の理解を得るのが難しく、時間がかかります。ですから、ラガードの方に犬や猫と並んでLOVOTを選んでいただけるようになるためには、2030年までかかると思っています。
 

※ラガード(Laggards:遅滞者): 最も保守的な人。新商品や新サービスが広く普及しても、最後まで受け入れない人を指す

「LOVOT MUSEUM」にて開発中のエピソードについて話す林氏

iPhoneは2007年の発売から14年が経ちますが、原型は変わらないですもんね。
 
電話の代わりとして高齢者が使えるようになるまでには、やはり10年がかかっています。そのうえで、いま、iPhoneは最も盛り上がる時期を迎えているというか、誰にでもおすすめできるようになりました。この歴史を見ていると10年経って完成し、その次の10年をかけてすみずみまで行き渡らせている。そう考えると結構長いですよね。
  
林さんは、やはりスティーブ・ジョブスですね。
 
いやいや、スティーブ・ジョブスの気持ちを少しでもわかるようになるには、あと30年ぐらいかかると思います(笑)。
  
ですが、最初から10年かけて普及させようと先の時代まで考え、企画設計されているということですよね。
 
自分がずっとやり続けられるものにしたいという思いがあります。
  
いまの市場の声を聞いて応えるだけでは10年愛される製品は生まれません。生みの苦しみを経て、これからの10年は世の中にどんどん受け入れられていく。楽しみを感じられる10年ですね。
 

そうですね。楽しみはもちろんありますが、市場の開発は楽なプロセスばかりではありません。振り返ったときに「楽しかった」と思えることを見据えながらの、しんどい山登りになるんじゃないかと思います。
その景色が素晴らしいものになりますように。応援しています。
 
ありがとうございます! 頑張ります。

編集後記

かわいい。やわらかい。温かい。愛くるしいばかりと思っていたLOVOTには、人類に対するこんなにも深い希望とメッセージが託されていました。一人ひとりの幸せの積み重ねが、やがて人類の幸福を築く。LOVOTの持つ壮大な使命に、まずはその小さな存在を愛することから応えてみませんか。

LOVOTの生みの親、株式会社GROOVE X 代表取締役社長 林要さんとアステリア株式会社 代表取締役社長 平野洋一郎による対談を、前篇/後篇にわたってお届けしました。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

記事前篇はこちら ⇢ 役割を持たないロボットが人を癒す。生みの親 林要さんに訊く、家族型ロボット「LOVOT」誕生ストーリー(前篇)

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この記事を書いた人
香川妙美 山口県生まれ。音楽業界での就業を経て、2005年より自動車関連企業にて広報に従事。2013年、フリーランスに転身。カフェガイドムックの企画・執筆を振り出しに、現在までライターとして活動。学習情報メディア、広告系メディア等で執筆するほか、広報・PRの知見を活かし、各種レポートやプレスリリース、報道基礎資料の作成も手掛ける。IT企業・スタートアップ企業を対象とした、広報アドバイザーとしても活動中。