2024年3月11日

運送会社だけでは解決できない! 元トラックドライバー橋本愛喜さんに訊く “物流の2024年問題” の真実

日本の貨物輸送の9割以上を担う、トラックドライバー。個人への宅配はもちろん、企業間でのさまざまな原料や物資の輸送など、私たちの生活と密接に関わる重要な仕事でありながらも、ドライバーの高齢化や人手不足が喫緊の課題となっています …


日本の貨物輸送の9割以上を担う、トラックドライバー。個人への宅配はもちろん、企業間でのさまざまな原料や物資の輸送など、私たちの生活と密接に関わる重要な仕事でありながらも、ドライバーの高齢化や人手不足が喫緊の課題となっています。

そんな物流・運送業界にさらなる追い打ちをかけようとしているのが、2024年4月に施行される「働き方改革」。時間外労働に上限が設けられ、トラックドライバーの労働時間が短くなることで、これまで運べていた荷物が運べなくなるのではーー ということに、消費者や各企業からの注目が集まっている状況です。

この問題について解説してくださったのは、元トラックドライバー、現ライターとして、物流や運送業界の抱える課題をさまざまなメディア等で発信している橋本愛喜さん。現場のことをよく知る橋本さんに、世間で報じられる「物流の2024年問題」の真実や、トラックドライバーの本音、いち消費者としてできることについて伺いました。

橋本 愛喜(はしもと・あいき)さん

フリーライター。元工場経営者、日本語教師。大型自動車一種免許を取得後、トラックで二百社以上のモノづくりの現場を訪問。ブルーカラーの労働問題、災害対策、文化差異、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆中。各メディア出演や全国での講演活動も行う。 著書『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)、『やさぐれトラックドライバーの一本道迷路 現場知らずのルールに振り回され今日も荷物を運びます』(KADOKAWA)

運送会社だけでは解決できない「物流の2024年問題」の真実

橋本さんの著書『やさぐれトラックドライバーの一本道迷路』にも書かれていましたが「物流業界の2024年問題」というのは、メディアで一般的に報道されているところと少し乖離があるというお話でした。具体的に教えていただけますか?
はい。まず、国もメディアも一番に「荷物」のことを心配していると思うんですが、そもそも源流は働き方改革なので、一番心配しなきゃいけないのは荷物を運ぶ「ドライバー」なんですよ。そこの議論が全くされていないまま「モーダルシフト」とか「外国人労働者受け入れ」といった話も出てきていますけど、全く現場のことが見えていないんだなと…。
世間やメディアでは、“トラックドライバーの労働時間が短くなることで個人の宅配便が届かなくなる” ということも騒がれていますが、これもいま問題になっている事実とは異なる、と書籍で書かれていましたよね。
そうなんです。もちろん「宅配便の再配達」自体も大きな課題ではあるんですけど、そもそも輸送量全体の数字からすると、個人への宅配って7%にも満たないんですね。大部分の93%を占めているのは企業間輸送。なので、いま主に問題を抱えているのは企業間での輸送なんです。

一般の方からするとピンとこないかもしれませんが、牛肉入りのレトルトカレーが製造される際、カレー粉や玉ねぎ、牛肉を製造工場に運んだり、牛肉となる牛を育てる際のエサを運ぶのは企業間輸送のトラックです。業種に限らず、誰でもこの企業間輸送にお世話になっているんですよ。

まったく他人事ではないですよね。法改正を前に、現場ではどのような状況なんでしょうか?
法定どおり時間外労働を960時間以内になんとか収めようとしていますが、2023年3月の段階で、29.1%の運送企業が「守ることはできない」と回答しているのが実態なんです。
色々と対策は打っているはずなのに「守れない」と考える会社が多いんですね…! それってなぜなんですか?
正直、運送会社がどれだけ一生懸命努力しても、結局「荷物を運ばせる」荷主さんが協力してくれないと意味がないんです。荷物を運ぶドライバーには、運んだ荷物を積み入れるのを待つ「荷待ち」という時間があるのですが、そもそも荷主さんが各ドライバーの待機時間がどの程度発生してしまっているのかを把握していないケースがほとんど。これは非常に大きな問題だと思っています。

トラックドライバーって、8時に来いと言われたら、8時ぴったりに来ることを求められるんです。遅刻はもちろん、早めの7時45分に入庫することすら許されないんですね。それにも関わらず、時間通りに来ているのに荷主さんの都合で何時間も待たされるケースもあります。

荷主さんが待機所を作ってくれていれば良いですが、それも少数派。「ちょっと待たせるけど呼んだら来てね」という荷主さんからの無理な注文に答えるためには、路上駐車するしかありません。これが世間が知らない、トラックドライバーが路駐している理由です。警察に注意されて切符を切られるのはトラックドライバーなのに…。理不尽ですよね。
よく路駐しているトラックのドライバーさんを見かけますが、そういう理由があったんですね。知らなかったです…。
世間のほとんどの人が知らない事実ですよね。実際、路駐しているドライバーを見た住民の方から「マナーが悪い」というクレームが運送会社に入ることもあります。トラックってご丁寧に、車体に会社名も電話番号も書いてありますから…。

荷主さんがドライバーを長時間待たせるのも困るけれど、仮に待たせるんであれば、せめて待機所ぐらいは作ってほしい。それができなくても、まずは最低限、待機時間を把握すること。その上で、具体的なアクションを起こしてほしいと思いますね!

「送料無料」はウソ!? 改善すべきは労働時間ではなく「商慣習」

そもそも労働時間を短縮するというのはドライバーさんの労働環境を見直すための働き方改革なわけですが、橋本さんから見て法改正のメリットってあるんでしょうか?
難しいですね。なぜかというと、今の運送業界を現場で支えている50代前後のドライバーさんたちは長時間労働をそこまで嫌がらないんですね。それは賃金が下がるからというのもあるんですけど、長時間運転をソロキャンプみたいな感覚で楽しんでいる人たちも多いんです。一方で、特に若いドライバーは効率性を重視します。できるだけ労働時間を短くしてプライベートを大事にしたいと感じている層もいるので、今後は労働時間だけにフォーカスするのではなく、労働手段を多様化していく必要があると思います

どちらにしても強調しておきたいのは、長時間労働を短くすれば、ドライバーの労働環境が良くなると思ったら大間違いだっていうこと。改善すべきは、労働時間ではなく「商慣習」です。たとえば昔からあるような ”顧客至上主義” という考えを捨てなければ、現場は変わりません。

”顧客至上主義” ですか。
よく具体例として挙げるのが、段ボールの傷。そもそも段ボールは中身を守るための梱包材なのに、運送中に少しでも段ボールに傷がついたら全部返品になったり、ドライバーが買い取りまでさせられたりするケースもあります。
たまにECサイトのレビューなどでもそういったコメントを見かけますね…。ECサイトといえば、橋本さんは前々から「送料無料」という言葉についても苦言を呈していらっしゃいますよね。

トラックドライバーさんが「送料無料」の言葉を見るとまるで存在を消されているような気分になる、と書籍で書かれてたのを見て、はっとさせられました…。
「送料無料」、この言葉は絶対に良くない。これはもうかなり前からラジオやテレビでも話してきたことです。経済界からの反発などもあってなかなか改善されないですけど、そもそも “送料が無料” なんていうのはウソですからね

言い方を変えて「送料込み」や「送料弊社負担」でも良いはず。こんなに疲弊しながら働いている現場のドライバーが『無料』なんて言われたら、そりゃ士気が下がりますよ。
言い方一つ、書き方一つで受け止め方も変わってきますし。そういう一歩が大事なんでしょうね。
企業にとって消費者がいちばん大事なのは分かりますが、日本の運送業界のサービスは「過剰サービス」といってもおかしくないです。送料は無料、何回再配達をしても無料なんておかしいんです。販売促進のためだと頭では理解していても、プライドだって傷つけられます。

現場で本当に求められているのは、そういった点も含めた「ドライバーの働く環境改善」です。ただ働く時間を短くするだけじゃなにも解決していないですよ。

進まない物流現場でのDX、「AI」や「自動運転」の可能性は?

いま工場などさまざまな現場で「DX」が人手不足の解消や課題解決につながっていますけど、物流業界ではどうでしょうか?
たとえば、トラックが待機所に着いた時点で、到着したことを荷主さんに通知するシステムは出てきていますね。あと、消費財化学メーカーの花王では、トラックが自社の敷地内に入ったら、その車が運ぶ予定の荷物をロボットが運んできて、トラックが到着するタイミングでスムーズに荷物の積み入れができる仕組みもできています。倉庫の中にはほとんど人がおらず、ロボットがメインで動いているような現場です。

とはいえ、DXで一番大きい課題はやっぱり資金。そもそも運送業界って9割以上が中小企業なんです。大手企業ができることも、中小企業では難しい。その結果、デジタル的なものにはすごく遅れています。

自動運転なんかも注目されていますが、あまり現実的な話ではないのでしょうか。
いま日本には約6万2000の運送会社がありますが、そのうち9割が中小企業です。普通のトラックの数倍の価格がする自動運転トラックを、中小企業が買えるのか? っていう…。やっぱりマンパワーに頼るしかないという発想ですね。

いまだにほぼ100%の現場でFAXが使われているような業界ですし、デジタル化には抵抗のある高齢の方が多いというのも大きな要因です。60代のドライバーが「スマホが出てきたときに本当に使い方が分からなかった」と嘆いているぐらいで、各社ごとに違うアプリを使うようなことになると余計に混乱しちゃいます。

取り引きしている荷主の数が多かったり、中には ”スポット” と言って、単発でその日だけ運ぶようなケースもあります。ドライバーのためのシステムやアプリがあっても、会社ごとに統一されていなければ使いこなせないんですね
最近は物流業界を変革するスタートアップも増えていますが、企業間輸送におけるサービスはある意味ブルーオーシャンかもしれませんね。
イノベーションの余地がかなりあると思いますよ。現場が使いやすいのは大前提で、その上で、各企業が作っているシステムがつながる未来が理想ですね。

いち消費者としてできることは「正しい知識を持つ」ということ

最後に教えていただきたいんですが、いち消費者として物流業界の課題解決に寄与できることはありますか?
まずは正しい知識を知ってほしいですね。ドライバーが置かれた環境や、私たちの生活がいかに物流に支えられているかということ。それから、自宅に物を届ける宅配においては「再配達」ですね。置き配や宅配ボックスのおかげで便利になった一方で、”人を介している” という感覚が薄まっているのが現状です。もう人はいらない、と思っている利用者もいるかもしれません。

だけど、今皆さんの目に映るものすべて、きっと一度は企業間輸送でトラックに乗ったことがあるはずです。そうした企業間輸送を支えているドライバーがいることを忘れずにいてほしいですね。

今の過剰なサービスに慣れてしまうのも危険ですね…。利用者としてはドライバーの方への感謝の気持ちを忘れず、できるだけ配送便をまとめたり、再配達を避けられるようにできることからやっていきたいです。
いまは、法改正まであと1ヶ月! と期限を掲げて頑張っているわけですが、個人的にはその見せ方もあまり好きではなくて。それは、2024年4月1日がみんなのゴールになってしまうからなんです。その日までに頑張ろうとしているけれど、本来は4月1日がスタート。なにも4月1日にいきなり全部運べなくなるわけじゃありません。おそらくこの日スーパーへ行っても、きっといつも通りマヨネーズが並んでいるだろうし、消費者の方も「あれ全然平気じゃん」と思うかもしれません。

だけど、この問題はじわじわとボディーブローのように効いてくるはずです。2030年には35%の荷物が運べなくなるということも言われています。今すぐ何かが起きるというわけじゃないからこそ、長くこの問題について意識してほしいですね。

個人的には、”物流の2024年問題” は ”物流崩壊元年” と言っても言い過ぎではないと思っているんです
なるほど。お話を聞いていて、この法改正がどんな影響をもたらすのか継続的に見ていかなければいけないなと感じました。
運送業界のドライバー不足、唯一の救世主になるのは「運賃引き上げ」と「労働環境の改善」、この二つだけなんです。荷物を運んでもらう人も企業も一体となって、現実的な解決法を見出していってほしいですね。
ぜひ in.LIVE でも引き続き、ウォッチしていきたいと思います。 本日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました!

編集後記

今回は、元工場経営者/トラックドライバーとして、業界の抱えるさまざまな問題に警鐘を鳴らしている橋本愛喜さんにお話を伺いました。橋本さんの著書『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)、『やさぐれトラックドライバーの一本道迷路 現場知らずのルールに振り回され今日も荷物を運びます』(KADOKAWA)では、現場が抱えるさまざまな問題やトラックドライバーの生の声を、橋本さんの実体験を絡めたエッセイとしてまとめています。

物流業界での課題は私たちの生活とも非常に密接に関わっていることを感じた今回の取材。物が届く/物を届ける裏側には、それを運ぶ人がいるということを忘れず、生活の中でできる工夫も考えながら付き合っていきたいですよね。

また、橋本さんのお話を聞いて、昨今メディアを賑わせている「◯◯の2024年問題」という言葉の危うさについても知ることになりました。
ぜひ読者の皆さんも、いまこの瞬間だけを切り取るのではなく、今後長い目線で問題を捉え、どのような変化が起きているのか? そしてどのような方法で課題を解決できるのか? と一緒に考えていただければ幸いです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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この記事を書いた人
田中 伶 アステリア株式会社 コミュニケーション本部・メディアプランナー。 教育系のスタートアップでPRや法人向けの新規事業立ち上げを経験。話題のビジネス書や経営学書を初心者向けにやさしく紹介するオンラインサロンを約5年運営するなど、難しいことをやわらかく、平たく解説するのが得意。台湾情報ウェブメディア編集長も務める。