2018年8月28日

ブロックチェーンによる「安心安全の見える化」が日本の食文化を変える?私たちの食卓にジビエが並ぶ日がくるまで

現在レストランなどで少しずつ食べられるようになってきた鹿肉・猪肉などの「ジビエ」。実は捕獲されたうちの7%しか食肉として流通しておらず、93%は殺処分されている現状をご存知でしょうか?食材の安全が担保されればもっと流通も増えるはず!様々な角度から施策に取り組む、一般社団法人 日本ジビエ振興協会の皆さんにお話を伺ってきました。


皆さんこんにちは!in.LIVE編集長の田中です。
突然ですが、鹿や猪などの野生鳥獣を食材に使った「ジビエ料理」を食べたことはありますか?ここ最近は少しずつレストランなどでも食べられるところが増えましたが、それでもやっぱり狩猟がさかんな地方を中心に消費されているイメージ。

一方で、鹿や猪などの野生鳥獣といえば、日本で騒がれるのが農業被害。 なんとその被害額は年間170億円にも上っていて、結果として就農意欲の低下や耕作放棄地の増加をもたらしているそう

本来「ジビエ」はフランス料理などでも多く使われている高級食材。そんな食材となる野生鳥獣が一般的に流通していないなんてもったいない!と思いませんか?

そうした課題をITの力を通じて解決しているというニュースを見かけ、一般社団法人 日本ジビエ振興協会の皆さんにお話を伺ってきました。

高級食材の9割が廃棄処分!?日本のジビエが抱える課題

一般社団法人 日本ジビエ振興協会
常務理事・事務局長 鮎澤 廉(あゆざわ・れん)さん

東京都出身。1997年に長野県に移住し、野生獣による農業被害の現実やハンターの営み、地元で親しまれているジビエ料理などを知る。藤木代表理事との出会いから、フランス料理でのジビエの考え方や食材としての野生鳥獣(ジビエ)に触れるようになる。地元ハンターから山の知識を教わり、有害鳥獣捕獲に同行するなど勉強を重ねながら、フリーライターとしてジビエについて誌面を通じて伝える一方、有害鳥獣捕獲されたシカやイノシシを活用するための料理講習などを藤木代表理事と実施。長野県のジビエの衛生ガイドライン策定に関わるのをきっかけに、全国のジビエ利活用の活動に携わる。オーベルジュ・エスポワール広報企画担当。(一社)日本ジビエ振興協会常務理事・事務局長。

本日は宜しくお願いします!
実は私、国内ではジビエ料理を食べたことはまだ一度もないんです…。現状のジビエの捕獲と消費の現場ってどんな感じなんでしょうか?
現状、捕獲した鳥獣のうち、「食材」として流通しているのは7%だけなんです。
え!7%!?ということは残りの93%は…
殺処分されてます。捕獲した100頭のうち7頭しか食べられていないなんて、結構衝撃ですよね。
えええ、せっかく捕獲したものの大半は廃棄処分されていたなんて…!高級、希少、というイメージがあったので驚きです。
そうですよね。一方で、こうした野生鳥獣の農業被害は年間170億円というわけですから、いかに捕獲して地域の資源にしていくか?というのは、今日本の各地で早急に取り組まなければいけない課題になっているんですよ。

一般社団法人 日本ジビエ振興協会
林 由季(はやし・ゆき)さん

神奈川県出身。農家の手伝いをするなど畑に囲まれた地で育ち、鳥獣被害対策に貢献したいという思いで2018年1月より(一社)日本ジビエ振興協会に事務局として入社。 長野県蓼科の本部にて3か月過ごした後、新設の東京事務所に配属。 主にジビエ料理コンテストやジビエ料理セミナー等の広報を担当する。 他にも全国の解体処理場の視察など、実際の現場に足を運び日々勉強している。 美味しいジビエを全国に広め、価値ある食材として命を大切に頂くという文化を伝えていきたいと考えている。

本来、鹿や猪はとても美味しいんですよ。私たち日本ジビエ振興協会では「美味しいジビエを日本の食文化として普及させ地域に貢献する」というのをスローガンに、飲食店向けにジビエ肉の美味しい調理の仕方を教える研修を行ったり、ジビエサミットを開催したり…。 2016年には捕獲した鹿や猪を解体できる特殊な車「ジビエカー」を開発したりしてきました。

実際のジビエカーのイメージ

「ジビエカー」!名前のインパクトがスゴい!
確かに、鶏や豚などの一般的な食肉と比べたら、大きな処理施設があちこちにあるわけではなさそうですもんね。処理施設まで運べないという理由で廃棄処分になってしまう野生鳥獣もいるのかも…。
そうなんです。この「ジビエカー」は、トヨタと3年半かけて共同開発したのですが、かなり大変でしたね。ジビエをしっかり衛生管理しながら解体処理ができる内装になっていながらも、あくまで「車」なので車検に通らなければならなかったり

ただどこへでも移動して解体処理できることもあって、鳥獣被害に悩む地方自治体さんなどから多く問い合わせがありました。一昨年、全国7箇所で実証実験を行って、昨年からは高知県などで実用化も進んでいます。
実際に解体処理された食材は、今どんなふうに流通しているんですか?
実はそこが問題で… まずそもそも日本でジビエに関するガイドラインが出来たのが4年前なんですよ。それまで県ごとにガイドラインはあったものの、全国で共通の認識がなかったんです。

なので、そもそも広域流通に載っていないのが現状です。買い手とマッチングできるプラットフォームがあるわけでもないので、狩猟した猟師さんが自分たちで処理して、自分の家族や知人などの身内でいただくという文化が根付いているんです。

通常の食肉のように流通させられない理由があるのでしょうか?
もともと個人が狩猟して消費していた、という文化的な背景もあって、個体や衛生管理などに関する共通のルールや規定がほとんど整備されていないんです。一般的な家畜と違って「自然の生き物」ですから、例えば寄生虫やウイルスを保有している可能性もあります。

だからこそ、今回実証実験を行ったブロックチェーンを活用した「トレーサビリティ」の必要性がありました

ジビエの「安心安全」をブロックチェーンで見える化!

では今回の実証実験の内容について、詳しく教えていただけますか。具体的にどんな流れになっているのでしょうか?
ちょっと簡単な図解も使って説明していきますね。
まず捕獲した猟師の方が解体処理施設へ持ち込み、捕獲時の情報などをガイドラインに沿ってチェックをしていきます。獲った日や、捕獲時の状況、病気を患っていないか、外観で何か気になるところはないかなど… さらに捕獲者情報や解体者情報を施設の方がタブレットを使って入力していきます。

そこで入力した情報がブロックチェーンに書き込まれて、個体情報が台帳にまとまっていくんです。

一般社団法人 日本ジビエ振興協会 事務局
石毛 俊治(いしげ・としはる)さん

鳥獣害対策ICTの販売を手掛けつつ、2011年より現代表の藤木とともに国産ジビエの普及活動に参画。協会の前身である協議会を発足し現在に至る。協会の中では主にシステムの設計、運用に従事している。

なるほど!こうして個体情報が集まれば、書き込まれた情報を次の施設の人が見て、安全を確認して次の工程に…ということが実現できるわけですね。
そうなんです。今回の実証実験はまず情報を書き込む、というところまででしたが、今後はさらに解体された肉が二次加工施設でミンチ肉にされたり、そのまま買い手とのマッチングシステムに流れて、消費者の元へ届いたり。それぞれのプレイヤーが関与しあうところでトレーサビリティが行われることを目指しています。

<トレーサビリティ イメージ図>

実際に発案から実装まで、どれくらいの期間だったのでしょうか?
早かったですよ。2〜3ヶ月ぐらいかな。
え!そんなに早く!開発に苦労されたことってありましたか?
今回はテックビューロ社が開発したクラウドのブロックチェーンシステム「mijin」を使って開発を行ったのですが、「mijin」の仕様で、使われている言葉が金融に適したかたちになっているんですよね。なのでそれを「鹿肉」とか「猪肉」にどうあてはめていくか?というところは苦労しましたね。

あとは、とにかく誰でも簡単にタブレットで入力できるようなインターフェースにすること。施設で情報を入力するのはITに詳しくない方がほとんどなので。
なるほど〜。確かに、システムを日常で使えないと意味がないわけですもんね。ブロックチェーンを活用するメリットは具体的にどういったところにあったのですか?
ブロックチェーンの最大の特徴である「改ざんが事実上不可能」という点は一つあります。さらに今回大きなメリットになったのは、「運用費用をかなり抑えられる」ということですね。もしこれをデータベースなどでゼロから作り込んでしまうと、その後の運用をするにしても、各施設や処理場にシステム担当などをおかなければならないですから。

たしかに…。でも、そういうお話を聞くと、逆になんでこれまでなかったんだろう?と思ってしまいます。
そうですよね。でも実は「今までそういったシステムがなかった」からこそ、今回ブロックチェーンによる導入がうまくいったとも考えられます。もしすでにデータベースなどで作り込んだシステムがあったとしたら… そのシステムに後付けでブロックチェーンを組み込むのはかなり大変な作業なんですよ。<

たとえばこれを牛・豚・鶏、別の食肉でやろうとすると色々と既存のシステムとの弊害が出てくると思いますよ。なので考え方によっては、何もなかったからこそ「ゼロから構築するだけでよかった」とも言えますね
実際の猟師さんや施設の方の反応などはいかがでしたか?
やっぱりみんな必要性は感じてたので、しっかり取り組んでくれましたね。
今後、国産ジビエの認証制度がしっかりできて「トレーサビリティ出来ているのが当たり前」という文化が根付けば、捕獲する猟師さんの意識ももっと変わって来ると思います。

「安全を確認する」なんて、他の食肉ではごくごく当たり前のことですよね。それがようやくシステムとして出来てきたのが、国産ジビエを取り巻く現状なんです。これから一気に変わってくると思いますよ。
それにしても、これまで紙の資料でアナログに管理していたところからブロックチェーンって、その振り幅がすごいというか…(笑)
今回のシステムを利用している当事者の方たちは、自分たちで「ブロックチェーンを使っている」という感覚はまったくもって無いと思いますけどね(笑)。ただ裏で動いているのが「ブロックチェーンだった」というだけで
そうか〜確かにそうですよね。
でも以前、別の取材で「利用者がブロックチェーンを利用している、という感覚がないことこそが、一番普及する領域」と話しているのを取材したことがあります。その感覚に近いのかも。”利用者がブロックチェーンのことを意識していない” というのは、実はものすごい可能性を秘めているように感じます。

世界の食文化も変える!トレーサビリティシステム

代表理事 理事長
藤木 徳彦(ふじき・のりひこ)さん

東京都出身。1997年長野県蓼科に「オーベルジュ・エスポワール」オープン。オーナーシェフを務める。 オープン当初から地産地消のレストランとして秋から冬はジビエを提供する中、全国に広がる野生獣による農林業への被害に直面。レストランに食材を提供してくれる農家が苦しみ離農していく状況を改善したいという思いと、一方で捕獲してただ捨てられる野生獣は本来尊い命に感謝を捧げ、美味しく調理して人間の命の糧とするべきだという思いから、料理人としてジビエの価値や調理方法を伝道することで、無駄な命をなくそうという活動を開始。 ジビエの健全な流通や安全性を追求する中で、さまざまなルールや制度の策定が必要となり、2012年に「日本ジビエ振興協議会」を設立。農水省や厚労省と連携しながら、全国の自治体や企業などとジビエ振興を進める。2014年に「NPO法人日本ジビエ振興業議会」に、2017年に「(一社)日本ジビエ振興協会」に改組。代表理事を務める。

著書に「フレンチで味わう信州12か月」(信濃毎日出版社)「旨いぞ!シカ肉~捕獲、解体、販売、料理まで~」(農文協)「ぼくが伝えたい 山の幸 里の恵み」(旭屋出版)がある。 松本大学人間健康学部健康栄養学科、松本第一高等学校食物課特別講師。

ちなみにジビエがもっと主流な海外ではどうなんでしょうか?
もともと「ジビエ」という言葉もフランス語ですよね。日本以外の国々ではどんなふうに流通されているのか気になります…
それが、実はフランスのジビエって、その食材のほとんどはニュージーランドやカナダから輸入しているんですよ。
え、そうなんですか!ジビエがたくさん食べられるフランスですら、地元で捕獲されているというわけではないんですね。
一方で、野生鳥獣による農業被害は日本とあまり変わらず200億円と言われています。
え〜!そもそも食べる文化はあるのに、農地を荒らしている鳥獣は捕獲するだけなんですか!わざわざ外国から輸入していたなんて…
そうなんですよ。なので、今回私たちが開発したトレーサビリティのしくみは世界的にもすごく注目されているんです。このシステムごと世界へ提供して、世界の食文化を変える日も来るかもしれません。
ブロックチェーンの「トレーサビリティ」をどういった場面に活用するか?ということは今業界でも騒がれていますが、お話を聞いていると、ジビエほどこの「トレーサビリティ」に向いているものはないんじゃないか?と思えてきました…!

結局、なぜ流通しないか?というと「安心安全」が保証されていないからなんです。そのための手段が今回のブロックチェーンでした。ジビエの骨だって、今は産業廃棄物としてお金を払って処分しているけれど、食肉としてしっかり流通させられるようになれば、ダシをとってスープを作ってジビエラーメンができるかもしれない。

そういう意味でも、ジビエという食文化はいま過渡期にありますね。
なるほどなあ〜。
身近な飲食店で当たり前に食べられるようになれば、同じ味を自宅でも食べたい!と思ってスーパーでジビエ食材を購入したりするかもしれない。

「今日の晩ごはんは猪肉のステーキよ〜!」なんてお母さんが言っている日も近いのかもしれないですね。

ジビエをとりまく食文化は「IT」でもっと変わる!

今回はブロックチェーンを活用して「個体情報を管理する」という実証実験でしたが、ほかにも何かITで取り組みたい課題はありますか?
2つあります。まず1つ目は、捕獲率をアップさせること
いま猟師さんって高齢化していて、担い手である若手が長年の狩猟の技を得るのってすごく難しいんですよね。そうした技をIT技術を使って正しく分析して、確実に捕獲できる罠を仕掛けられるようになる、というのは一つあります。

農業などではそういった分析や調査は進んでいますよね。そうして技術のハードルが下がれば、担い手不足も解消できるのかもしれませんね。
実は最近では、農業被害を防ぐために農家さんが自ら罠を仕掛けることもあるんです。そういったことを考えても、誰でも簡単に捕獲できるという状況になれば、かなり効率化すると考えられます。

それから2つ目は、捕獲した猪や鹿の外観から病変が分かるようなシステムです。実はジビエって、捕獲して皮を剥いで解体してみてからようやく食肉にできるかどうかが判断できるんですよ。
えー!そうなんですか。めちゃくちゃ手間がかかるんですね…
そうなんですよ。でもカメラやX線を通じて、解体する前に打撲や病気が分かれば、今かかっている手間や人件費も削減できます。果物の糖度や土壌の成分も今は技術で分かるようになっていますから、この問題が解決する日も近いんじゃないかなと思いますね。
すごい。まさに改革が始まったばかりのジビエという業界、これからますます変革が起きていくのですね。今日お話を聞けて本当に良かったです。ありがとうございました!

編集後記

ジビエを取り巻く現状から、流通、そしてIT技術を通じた可能性など、かなり幅広いお話を聞くことが出来た本取材。さらに、同じ現場にいらっしゃった一般社団法人・日本フードサービス協会の顧問の加藤一隆さんからもお話を伺うことができました。

加藤さんによれば「ジビエというのはそもそも野生鳥獣で人がつくったものではないから、規格が統一化できない。そうなるとチェーン化している飲食店に食材として提供するには限界がある。だけどその安心・安全の規格が統一化できれば、一気に変わる可能性がある」とのこと。

私たちの外食文化や産業をこれまで広く見てこられた加藤さんだからこそ感じる視線、そして可能性。私たちの食卓で当たり前にジビエが食べられる日が来るのも、そう遠くないのかもしれません。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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この記事を書いた人
田中 伶 アステリア株式会社 コミュニケーション本部・メディアプランナー。 教育系のスタートアップでPRや法人向けの新規事業立ち上げを経験。話題のビジネス書や経営学書を初心者向けにやさしく紹介するオンラインサロンを約5年運営するなど、難しいことをやわらかく、平たく解説するのが得意。台湾情報ウェブメディア編集長も務める。