2024年9月17日

北國銀行が描く新時代の地域経済 ”預金型ステーブルコイン” の可能性に迫る

石川県金沢市に本店を置く北國銀行が発表した、日本初の預金型ステーブルコイン「トチカ」。地域で循環する経済をつくることを目的とした本プロジェクトについて、その裏側や、今後考えている展開についてプロジェクト運営リーダーの今津雄一郎さんに伺いました。


日本国内でも「web3」と呼ばれる考え方や技術が、地方創生に活用される事例が増えてきました。今回取り上げるのは、石川県金沢市に本店を置く北國銀行が発表した、デジタル地域通貨アプリ「トチツーカ」。

独自の通貨で地域を活性化することを目的に「地域通貨」を発行する自治体は多くありますが、本取り組みの中で特に業界を驚かせたのは、裏側のシステムとしてブロックチェーンを活用していること、そして、日本初の預金型ステーブルコインである「トチカ」を発表したこと

■ 日本初、預金型ステーブルコイン「トチカ」のサービス開始について
https://www.hokkokubank.co.jp/other/news/2024/pdf/20240401a.pdf

預金型ステーブルコインというのは、その名のとおり「銀行預金を裏付けとするステーブルコイン」で、北國銀行の普通預金口座を持っている方であれば誰でも発行できるというもの。登録した銀行預金口座からチャージを行うことで、1トチカ=1円として、県内の各加盟店で利用することができます。

驚きのスピード感と積極的な姿勢で新しいテクノロジーに挑む北國銀行に、「トチカ」リリースの経緯や、地方銀行として今後取り組んでいきたいことについてお話を伺いました。

北國銀行 デジタル部 デジタルグループ長 今津 雄一郎(いまづ・ゆういちろう)氏
2006年、株式会社北國銀行に入行。2021年よりデジタル部配属。デザイナーのキャリア採用からのデザインチーム立ち上げ、WEBサイトのリニューアルやクリエイティブの向上を担当。2023年よりデジタル部デジタルグループ長を務める。地域通貨事業とBaaS事業の立ち上げを担当。地域通貨は自治体向けポイントサービスを奥能登の珠洲市と共同で半年でリリースし、預金型ステーブルコイン(デジタルマネー)を1年でリリース。

<聞き手・アステリア株式会社 ブロックチェーンエバンジェリスト 奥達男>

キャッシュレス推進のプロジェクトから誕生した、ステーブルコイン「トチカ」

日本初の預金型ステーブルコインが、まさか大手銀行ではなく地方銀行から発表されるとは……! ちょっと失礼な言い方かも知れませんが、非常に驚きました。改めて、今回発表された預金型ステーブルコイン「トチカ」について、どういうものか教えていただけますか。
はい。北國銀行では2023年10月に、ブロックチェーンを活用したデジタル地域通貨サービスの「トチツーカ」を発表していました。その際に自治体が発行するポイントサービスの「トチポ」に加えて、ゆくゆくは預金型ステーブルコインの「トチカ」をリリースすることを発表していたんです。

預金型ステーブルコインというのは、シンプルに言うと「預金のトークン化」ですね。預金を銀行に移すことで、その分のトークンが、トチカとして発行されるかたちになります。トチカで決済をすると、その分のトチカが店舗側に入るという仕組みです。2024年4月に無事にトチカのリリースができ、現在はトチポとトチカの両方を、一つのアプリ(トチツーカ)から利用することができるようになっています。
北國銀行さんは、ブロックチェーンと金融に強みを持つ Digital Platformer株式会社 と組んでいることもあり、ものすごいスピード感でサービスを展開されていますよね。このプロジェクト、そもそもどういった経緯で始まったんでしょうか。
北國銀行ではもともとキャッシュレス化を積極的に進めていまして、そのための選択肢として、デビットカードの普及に非常に力を入れていました。最近ではデビットカード以外にもQRコード決済などさまざまな決済手段をどんどん導入していったのですが、県内の店舗のなかには「カードやQRコード決済は手数料が高いから導入したくない」と考える人も多くいました。

そこで、手数料を最小限におさえられる決済手段を取り入れようと、2022年頃からブロックチェーンを使ったサービスの検討が始まったんです。

地域のキャッシュレス化を目指していく上では、やはり決済手数料は大きな課題なんですね……。一般的なデータベースで運用しても良さそうですが、あえてブロックチェーンを活用されたということですね。
はい。もちろん従来のデータベースを活用したシステムでも同じような地域通貨を作ることはできるんですが、安心安全に使えるシステムにしようとすると、どうしても高価になるんですよね。そして高価になると、その分、決済時の加盟店の手数料が高くなります。

そういった背景もあって、トチツーカにはブロックチェーン技術が採用されました。実はそれよりもずっと前にブロックチェーンの採用について社内で検討していたことがあるのですが、当時は決済の処理に時間がかかりすぎるため見送りとなっていたんです。

ところが、ブロックチェーンの再検討に入った2022年の段階では、かなり技術も進化していて、決済の処理も格段にスピードが上がっていて。そういったこともあって、2023年頃から石川県の珠洲(すず)市などの地域の皆さんとディスカッションを始め、2023年4月に合同で記者会見を開き、トチツーカを発表しています。
結果的に、トチツーカの加盟店は 0.5%(税込)という手数料で、キャッシュレスを導入することができるようになったんですよね。これは国際的にも最低水準の決済手数料ですからね……! 新しいテクノロジーを活用することで、加盟店側にしっかりとメリットを提供できている点が素晴らしいです。

地域で循環する経済を。銀行が地域通貨を発行するメリットは?

もともとはキャッシュレス化を推進することが狙いだったとのことですが、その手段として「地域通貨」にこだわった理由はどういったところにありますか?
平たく言うと、地域の生産性を上げたいという想いがありました。そしてそのための手段のひとつがキャッシュレス化。だけど手数料がどんどん大手企業に流れてしまうようでは、地域で循環する経済は実現できません。

それよりも地域の全店で流通したり、地域の法人間決済でも使えたり、アカウントtoアカウントでお金を動かせたりする仕組みを作りたいと考えていました。換金の必要もないし、手数料も0.5%で済むのでかなりコストカットできます。さらに今後は自治体も巻き込んで、公共的に発行する地域商品券・振興券のようなものをデジタルに取り込んでいきたいと考えているところです。
なるほど! 地域で使える商品券を、紙で配布するのではなくて、トチツーカ上でポイントとして付与するイメージですね。
はい。県内の皆さんに日頃からトチカを使ってもらえれば、自治体などから付与されるポイントや商品券もアプリを通じて気軽に受け取ることができますし、面倒な手続きも必要なくなると思うんですね。まずはしっかりと加盟店とユーザーを増やして、「地域のインフラ」として使ってもらえるシステムを目指したいという想いです
地域振興券というのは、おそらくほとんどの自治体がやったことのある施策だと思います。現金で配ったり、商品券にしたりと手法はさまざまですが、それを電子化するというのは考え方として非常にわかりやすいですね。
あとはもう一点、デジタルにすることのメリットがありまして、それは「実際に使われているかどうか」の検証がしやすいということです。給付金を現金で配ってしまうと、そのお金がどこで使われているのかは後追いできません。配ったポイントがどんなお店で使われたのか? というのは、別の視点から見ると「自治体として、有効な予算の使い方ができたかどうか」という検証にも役立ちます。

こうした検証をしっかりとして、PDCAを回していければ、自治体のお役にも立てるのではないかと思っています。

たしかに。それにしても、いくら地方銀行とはいえ、自治体と協力して地域通貨を発行するとなると、非常にハードルが高そうに感じるのですが……。実際にプロジェクトを進めるにあたって大変だったことはありますか?
もちろん地域通貨については「ぜひやりたい!」という地域ばかりではありませんが、例えば今回の取り組みを発表した珠洲市や能美市などは、もともと「地域の振興策としてこういったサービスを作りたい」と考えていたそうです。

なのでそういった地域は非常にスムーズにトチポの発行に至りましたね。

今後は別の地域にも展開? プロジェクトのこれから

地方自治体などを含めた、地域の経済圏を狙っていくとのことですが、今後は石川県以外にも進出していく可能性はあるのでしょうか?
もちろん石川県以外にもサービスを広げられたらと思っているのですが、やはりその地域の住民や加盟店、自治体を巻き込むことが効果的なので……。「トチツーカ」としては北陸3県までであれば可能性があるかもしれませんね。

ですが、各地方それぞれにつながりを持っている地方銀行はありますし、私たちとしては仕組みをそのままお渡しして、それぞれでの地方銀行のサービスとして展開していただいて、相互にステーブルコインを交換できるという仕組みを実現したいと考えています。
OEMのような形で、システムごと提供するというイメージですね。そういったビジネスも考えられてるんでしょうか?

そうですね。なので、やはりまずは石川県でしっかり成功させる必要があると思っています。事例を作ることができれば、他のエリアの地方銀行さんでどうぞ、と自信を持って言えますから。
現時点(2024年9月)での利用者数や加盟店数など、手応えはいかがですか?
2024年4月にサービスを開始して、7月からは20%キャッシュバックのキャンペーンを展開したりしていました。現在(2024年9月時点)では、加盟店は石川県全域で約2千店舗、ユーザー数は約5千人に増えています。

加盟店は順調に推移していますが、今年度中に10万ユーザーを目指したいと思っているのですが、そのためにはしばらくキャンペーンの施策は必要そうですね。

10万ユーザー! 大手の決済会社などでは大規模な予算を投じてキャンペーンを展開することはありますが、そこまでやるのは正直厳しいですよね……?
正直なところ、一般的にはまず儲からないだろうと捉えられがちですね(笑)。
ですが冒頭でもお話ししたとおり、北國銀行はもともと「VISAデビットカード」の推進に成功した実績があります。現在では石川県内にカードホルダーは30万人以上いますし、取引額は年間700億円超え。これは非常に大きな成果だと思っています。

そうした実績やキャッシュレスの提供ノウハウが社内にはすでにあるので、今後はそこに地域通貨を載せるだけ。実はそこまでコストをかけずに、住民や加盟店の皆さんに、新たな決済の選択肢を提供できているんですよ。

「このままじゃいられない」北國銀行が仕掛ける挑戦の原点

本日今津さんのお話を伺って、改めて北國銀行さんのスタンスというか、積極的な姿勢に驚かされました。ものすごいスピード感でサービスもローンチされていますし、日本初という新しい領域にも果敢にチャレンジされていますよね。
そうですね。web3やブロックチェーン自体を意識していたわけではないのですが、「銀行は従来のままではいられない」というのは、おそらく北國銀行の社員みんなが共通して持っている認識だと思います。私はもともとは法人営業を15年間やっていたのですが、銀行として、お客さんとのタッチポイントはどんどん変わっている印象です。

最近は「金融包摂」という言葉に注目が集まり、すべての人が平等に金融サービスにアクセスできるようにしようという動きが出てきましたよね。私自身、これは本来ならば、地域に密着した金融機関である我々こそが取り組むべき課題だと考えているんです

特に地方においては、お金を移動させるところで儲ける関所のようなビジネスは成立しなくなってくると思います。そういう意味でも、自律分散型と言われるweb3のテクノロジーは地域経済と相性が良いと思いますね。
北國銀行さんのような地方銀行が増えればいいなと強く感じました。皆さん現状への危機感を持たれていますし、他分野の勉強も熱心にされていますよね。
確かに、勉強はみんなすごくしていますね。基本的に北國銀行は ”オープンイノベーション” 的な考えを大事にしていて、地域や、閉ざされた業界にこもるのではなく、どんどん外に出ていこうと。そして色々な人と常に関わっているからこそ「このままではいけない」「もっと変わらなくては」という気持ちも生まれています。

そのあたりは実は社長の考えが強く反映されているかなと。北國銀行のユニークな考え方や人事制度については、書籍にもなっているので読んでみてください(笑)。 

■『人財のブラッシュアップが企業と地域を元気にする』https://www.amazon.co.jp/dp/B0BC1DXWB5
すぐに読みます!(笑)
ちなみに、今津さんがデジタル部グループ長として、これから取り入れてみたいテクノロジーや、取り組んでみたいテーマはありますか?
すぐに実現するのは難しいかもしれませんが、例えばデジタルマップみたいなものがあって、特定の決済手段で支払いをしたらNFTがもらえるとか、NFTによって人の行動を促せたりしたら面白いですよね。

それから、現在トチカは北國銀行に預金口座を持っていないと発行ができないので、観光で一時的にやってきた外国の方に発行するのは難しい状態です。未来に向けて、トチカがパーミッションレス(※注釈)になったり、パーミッションレスのサービスと繋がったりしていくことができれば良いなと。例えばですが「USDC」を持っている外国の方であれば、日本円に換金しなくても、QRコードをかざせば、トチカを通じて石川県内で買い物ができるとか!

(※注釈)パーミッションレス(permissionless)
ブロックチェーンにおいて管理者の許可(パーミッション)を必要とせずに、誰でもネットワークにアクセスできること


おお。それはすごく面白そう。パーミッションレスまで視野に入れてくださっていることを知って、ちょっと今感動しています(笑)。

そうしてインバウンドのお金が地方にもしっかり落ちる仕組みにつなげていきたい。経済が地域の中で回っているのはもちろん、外からもお金が入ってくるような仕組みができれば理想的ですね。
最後に一点、今回お話に挙がった珠洲市といえば、2023年1月に発生した能登半島地震のことが思い浮かぶのですが……。

こういった災害が起きた際に、北國銀行が進めていたキャッシュレス化が役に立ったと感じるようなことはありましたか?
これは珠洲市の方から聞いたお話なんですが、やっぱり今、地震があると皆さん避難するときに必ず携帯は持っていくそうですね。通帳も財布も持たないけれど、携帯だけはなんとか持って行く。そうすると電波さえ復旧すれば、買い物はできます。

やっぱり避難所とかでも現金をたくさん持っているのってすごく不安なんです。銀行に預金があったとしても金融機関が動かなければ使えないですし。そういった意味で、キャッシュレスを進めておいて助かった、という声は実際に聞きました。
確かに、心理的な安全も関係してくるのかもしれませんね。もちろん災害の規模感にもよりますが。こういった意味でも「キャッシュレス」や「地域通貨」というものが住民の方にとっての重要なインフラになっていくのかもしれませんね。

貴重なお話をありがとうございました!

関連リンク

・北國銀行 公式サイト https://www.hokkokubank.co.jp/
・デジタル地域通貨アプリ「トチツーカ」https://tochituka.com/
・預金型ステーブルコイン「トチカ」商品説明書 https://tochituka.com/about/tochika-pd.pdf

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この記事を書いた人
田中 伶 アステリア株式会社 コミュニケーション本部・メディアプランナー。 教育系のスタートアップでPRや法人向けの新規事業立ち上げを経験。話題のビジネス書や経営学書を初心者向けにやさしく紹介するオンラインサロンを約5年運営するなど、難しいことをやわらかく、平たく解説するのが得意。台湾情報ウェブメディア編集長も務める。