2023年8月22日

【防災の日・特集記事】目指すは「防災デジタル身分証」。ポケットサイン社が挑む、個人認証のDXとは?

マイナンバーカードを活用した個人認証機能を活用し、災害時の避難所チェックインや管理者向けシステムを提供する『ポケットサイン防災』を開発するスタートアップ企業 ポケットサイン社。同社の代表に、災害現場でどのようにサービスを活用することができるのか? また日常でアプリを活用してもらうための工夫について、お話を伺いました。


毎年9月1日は「防災の日」。この日は関東大震災が発生した日であり、全国的に台風シーズンを迎える時期でもあることから、防災への心構えを準備するという意味で「防災の日」に制定されています。さらに今年は、1923年に発生した関東大震災から100年という節目にあたります。

改めて、私たちが防災について考え、自分を守るため、そして大切な人を守るための具体的なアクションについて学ぶ機会にするために、in.LIVE では、防災に関する最新情報や、防災に関わるサービスを運営する企業にお話を伺っていきます。

本記事でご紹介するのは、マイナンバーカードを活用した応急対応を行うアプリ『ポケットサイン防災』。デジタル庁が公開している「防災DXサービスマップ」にも掲載されているポケットサイン社は、現在宮城県をはじめとする各地の自治体とさまざまな実証実験を行いながら、原子力防災や自然防災に備える実用的なサービスを提供しています。

そんなポケットサイン社、なんと創業からまだ一年足らずとのこと!
災害の現場でどのようにサービスを活用することができるのか? また日常でアプリを活用してもらうための工夫について、ポケットサイン代表の梅本さんにお話を伺いました。

ポケットサイン株式会社 代表取締役|梅本 滉嗣(うめもと・こうじ)さん

ポケットサイン株式会社 代表取締役|梅本 滉嗣(うめもと・こうじ)さん
 滋賀県出身。東京大学法学部を卒業後、京都大学大学院理学研究科で理論物理学を専攻。博士号を取得。在学中に金融系IT企業のダルマ・キャピタル株式会社に入社。同社取締役/Head of Researchを経て、2022年8月にポケットサイン株式会社を共同創業。2023年4月より同社代表取締役CEO/COO。

意外と知られていない!? マイナンバーとマイナンバーカードの違い

田中伶
今日はよろしくお願いします!
ポケットサイン防災は、マイナンバーカードを活用するスマホアプリ『ポケットサイン』に備わる防災アプリ機能として2023年にリリースされたばかりですが、このサービスを説明するにはまず「マイナンバー」と「マイナンバーカード」の違いについて理解する必要がありそうですね。
梅本滉嗣
はい。ここは大事なところなので強調しておきたいのですが、まず「マイナンバー」と「マイナンバーカード」は別物です。

マイナンバーは、日本に住民票があるすべての人に自動的に割り当てられる数字のことで、早く正確な事務処理を行うために使用されます。マイナンバーの利活用範囲は法令で非常に厳しく制限されていて、この範囲を広げる動きもありますが、現時点で行政は社会保障、税、災害対策分野の一部の事務にのみ活用できます。

一方の「マイナンバーカード」ですが、このカードのICチップの中には、マイナンバー以外にも色々な機能が入っています。そのなかには、オンライン上で身分を証明する機能(=いわゆる「電子署名」)が入っており、デジタル空間上で、いわば実印のように使うこともできるようになっています。マイナンバーカードのICチップには、他に印鑑証明書に類似するような電子証明書も保管されていて、公的サービスや民間サービスに幅広く活用できる制度になっています。

僕たちが「ポケットサイン」というアプリで扱っているのは、この「マイナンバーカード」に搭載されている電子署名の機能です。「マイナンバー」とは一切関係ないんです。

梅本滉嗣

田中伶
「マイナンバー」と「マイナンバーカード」は別物! 名前が似ているので混同されがちですが、そもそもの使用目的が異なるので、正しく理解する必要がありますね。

電子署名を防災分野で活用! ポケットサイン防災が生まれるまで

田中伶
マイナンバーカードにもともと備わっていた電子署名の機能をスマホで利活用できるようにしたのが、御社の『ポケットサイン』というサービスなんですね。
梅本滉嗣
はい、そうです。例えば銀行口座に申し込むときなど、自分の身元を離れている相手に証明する本人確認の方法としては、十年くらい前だと、住民票を役所で発行してそれを封筒に入れて送る、というような方法が一般的だったように思います。最近はそこから進歩した結果、より電子的な手段(=eKYC)で本人確認ができるケースが増えています。

例えば画像認証ですね。まずは身分証の写真を撮って、次に本人の顔写真を何枚か撮って、AIや人間の目でチェックして……という方法です。

さらに、いま公的に認められている一番最先端の個人認証の方法が、マイナンバーカードのICチップについている「電子署名」と呼ばれる機能です。

例えば、証券口座を開設する際、証券会社のスマホアプリなどで申込ステップを進んでいって、途中でマイナンバーカードのパスワードを入れます。それを入れた上で、このICチップをNFC対応のスマホにかざすと、電子データに「この書類は私が作ったものです」という署名ができるんです。そうすると銀行側は、これは間違いなく◯◯さんによる口座開設の申請だと、本人確認ができます。実は昔からマイナンバーカードに備わっていた機能ではあるんですけど、ご存知でしたか?
田中伶
知らなかったです…! マイナンバーカードは持っていますが、その機能を使ったことはなかったですね。これって、他人によるなりすまし申請や電子データが通信途中で改ざんされることを防ぐための機能なんですよね。
梅本滉嗣
そうなんです。この仕組み自体は公的個人認証サービスと呼ばれていて、国が全部整備してきたものです。ではその仕組みや機能があったとして、それをどのように利活用するのか? どうやって具体的なサービスにつなげていくのか? ということを、民間企業や自治体に提案しているのが僕たちの事業です。

その利活用の方法の一つとして、僕たちが注目したのが「防災」でした。これは宮城県の方々と話をしていく中で、具体的に明らかになったニーズなんです。
田中伶
具体的に、どのような場面において使われているのでしょうか?
梅本滉嗣
別の事業でご縁のあった宮城県と、DXによって効率的に解決できる課題は何か?というお話をしている中で「原子力災害における避難支援」という話題が挙がりました。

通常の自然災害だと、ご近所の避難所に避難するケースも多いのですが、原子力災害では、車で2時間かかるような非常に遠い市町に避難することになるんです。さらに原子力災害と自然災害が併発することも想定されます。そこで「あなたの避難所の場所はここです」とか「予定されていた避難所が損壊してしまい、別の避難所に変更になりました」という情報をタイムリーに避難者の方に伝えるにはどうすればいいのか? という課題がありました
田中伶
なるほど…! 大変な思いでようやく避難所に着いたら、すでに状況が変わっていたということもあるんですね。ひと口に「避難」と言っても、各災害ごとの特徴的な課題があることに、初めて気が付きました。
梅本滉嗣
現在の運用では「受付ステーション」という中継地点を作って、まずはそこに避難してもらい、そこで改めて各家庭ごとの避難所をお伝えして移動してもらうことになっています。そこで「あなたのお名前なんですか」「住所はどちらですか」と、一人ひとり、スタッフが手作業で確認しながら案内をするので、非効率な時間がかかっていました。

この課題に気づいたのが、大きな転機になりました。
スマホアプリを活用すればスムーズに解決できるだろうということで、住民の方には「ポケットサイン防災」のアプリ上で住民登録をしてもらいました。そうすると各個人の正確な住所情報が分かるので、「この地域の人たちはここに逃げてください」とグループごとに分けた情報を行政から直接届けることができます。さらに「この避難所が倒壊したので、こちらの避難所に変更になりました」といったタイムリーな情報もプッシュ型で届けることができます。

アプリ画面イメージ

田中伶
プッシュ型で届けられるというのが、重要なんですね。アプリにするメリットはここですよね。
梅本滉嗣
まさにそうなんです。そしてここからもう一つ重要なのが、避難所に着いたあとのこと。例えば受付にQRコードを置いて、避難してきた人がアプリでQRコードを読み込んでチェックインをすることで、誰がどこの避難所にいるのかという管理もデジタルで非常にスムーズにできるようになります。

マイナンバーカードを通じて家族の情報をあらかじめ登録しておけば、スマホを持っていない小さなお子さんや高齢者の方も、代表者の方が一度に複数人分のチェックインができるようにもなっています。またアプリを持っていない方にも対応するために、受付システムはマイナカード自体を使ったり、手入力でもチェックインできる仕組みにしています。

また、コロナ禍においては、自治体によっては避難所に入る前に発熱の有無や濃厚接触の有無について問診票に答える必要があったりもします。他に原子力災害時には、安定ヨウ素剤というものを飲むので、ヨウ素アレルギーの有無などについても確認する必要があるのですが、このようなアレルギー情報の聞き取りは避難所での生活上も必要になってきます。

さまざまな状況に置かれた人が集まって一緒に生活をしていくという場面だからこそ、そういった細々したことをアプリ申告できればスムーズになるだろうと。宮城県とはこうした仮説をたくさん立てながら、実証実験を行ってきました。

アプリ画面イメージ

田中伶
避難する際のフローや避難所での生活をイメージすると、膨大な情報管理が必要なことがわかりますね…。非常時の対応とはいえ、今までアナログにやっていたのが不思議なくらいです。
梅本滉嗣
そうですよね。ポケットサインのアプリの中では、各自治体が自由にミニアプリを選んで搭載できるようになっているのですが、例えばアンケート機能は「不足物資の把握」に使えます。避難所にいる人たちに対して、今なにが足りないのか、なにに困っているのかという意見を吸い上げることもできます。他にも家屋の被害状況を申告してもらって、自治体側で状況を管理できるツールも作っています。

ポケットサイン自体はまだリリースして間もないアプリですが、自治体様や実際にアプリを利用した住民の方々からの意見を反映して、機能を増やしているところです。

アプリ画面イメージ

防災用のアプリをいかに日常から使ってもらうか? がカギ

田中伶
せっかく良いアプリであっても、日頃から災害に対する意識がかなり高くないと使われないという一面もありますよね。そのあたりはどのように解決されていますか?
梅本滉嗣
「ポケットサイン防災」自体は、マイナンバーカードを活用したデジタル身分証アプリである「ポケットサイン」というアプリが元になっています。なので、防災に限らずさまざまなサービスを載せられる設計になっているんです。

例えば、今秋、宮城県ではポケットサインを通じて地域ポイントを住民の方に配布する経済喚起策の実証を行います。ここにもマイナンバーカードによる電子署名の機能が活きていて、例えば一人の人が何個もアカウントも作ってポイントを何度も受け取る… ということは絶対にできないようになっています。僕たちの技術の特徴を生かしながら、住民の方に普段使いしていただけるミニアプリを提供していくのが肝だと思っていて、日常用の用途をどんどん入れていきたいなと。
田中伶
日常からアプリに触れる習慣を作ることで、いざというときも想起してもらうということなんですね!
梅本滉嗣
はい。いざというときの命を守るアプリです、と言っても、インストールしてくれる人数には限界が出てきますし、インストールしたとしても、2年後にいざ地震が起きた際に、アプリのことや使い方を覚えているのか? という点は課題ですよね。

防災アプリとしてではなく、お買い物に使えるポイントだったり、市内のイベントに参加予約と受付ができたり、町内会限定のメッセージのやりとりができたり。地域コミュニティに関わるプロジェクトと絡めながら、日常用途でどう使ってもらうか? ということにはかなり主眼を置いています。
田中伶
マイナンバーカードによる認証が入っているということで、他のアプリとは違うサービスが期待できそうですね。現時点では行政での活用がメインだそうですが、民間企業での活用の可能性もありそうです!

田中伶

個人認証をDX化したい! 防災デジタル身分証の実現

田中伶
2023年9月1日「防災の日」に、ポケットサイン防災のトライアル版がリリースされたと聞きました。
梅本滉嗣
はい。自然防災におけるさまざまな機能を搭載したトライアル版を、行政や自治体の職員さま向けに公開します。管理者側のアプリケーションとデモ用のスマホアプリ機能を無料で触っていただけるものを想定しています。試しにプッシュ通知を送ってみたり、受付チェックインしてみたり。実際に触っていただいて、どんな風に活用できるかイメージしていけたらと。

起こりうる災害によって必要な機能が全く異なってきます。僕たちが完成されたパッケージとしてのアプリを提供するのではなくて、色々な関係者ニーズを取り入れながら、継続的にブラッシュアップしていけるようなサービスが理想だなと。SaaS型で自治体の方にご利用いただきながら、全体としてサービスの底上げをしていきたいと考えています。

田中伶
自治体ごとに必要な項目を考えながら、自分たちの手でアプリを作っていく SaaS型となると、自治体のデジタル思考も必要になりそうですね。この時代、防災に取り組む上でもやはりDXは欠かせないものなんでしょうか。
梅本滉嗣
欠かせないと思いますね。緊急時にいかに正確性を保って効率化するか、人手がどんどん少なくなる状況下でどう対応できる体制を作っていくのか。デジタル化することで、より必要な場所に人手をさけるようになります。防災DXって、まさにこういうことに寄与しているんです。

自然災害だらけの日本という国で、防災に関してスタンダードアプリがないのは深刻な課題です。だからこそ、僕たちが防災アプリのスタンダードを目指すのはもちろんですが、やはり「防災」というのは難しいもので、さまざまな要素が絡み合ううえに、防災機能だけを全面に出してもユーザーにインストールしてもらえない。そこで「デジタル身分証アプリ」です。

便利だから日常から使っていたけれど、実はその中に防災という側面もあった。「いつも使っているあのアプリ、実は災害の備えになっていたんだね」と思ってもらえるような流れを狙っているところです。

田中伶
デジタル身分証という側面を生かしながら、実は防災でも使えた! という。逆転の発想ですが、すごく可能性を感じますね。インタビューの最後に、御社が今後目指している世界やビジョンについて、教えてください。
梅本滉嗣
一つは途中で申し上げた通り、防災のスタンダードアプリを作るということ。
個人認証が極めて大事な場面としては、防災・防犯・医療の3つが並ぶと考えているのですが、そういう重要な場面で、きちんと使ってもらえるものを作って普及させたいという強い想いがあります。

もう一つは、防災という視点とは離れるのですが、我々が取り組んでいる「個人認証のDX」という分野においては、まだまだ未来の可能性があると思っています。例えばホテルのチェックイン。今ってネットで申し込んでも、現地で住所や署名などの書類を書かされることって結構あると思うのですが、あれも受付管理の一種なんですね。

目指している世界としては、ホテルの入り口に行って、ピッとスマホや生体デバイスを端末にかざすだけで「誰がどこにチェックインしました」という認証が即座に終わる。持っているデバイスには部屋の鍵がダウンロードされてきて、部屋に入ってテレビを点けるとNetflixにちゃんとログインされている、とか。そういう生活におけるさまざまな「認証」に関わるコストをゼロにしていきたいなという想いがあります。

創業一年目のスタートアップ企業ではありますが、マイナンバーカードの機能を活用したデジタル認証という特性を生かして、新しいインフラを作っていきたいですね。新しいインフラができると、その上に新しいサービスが咲きます。僕たちは、このインフラを整える者であると同時に、その上に生まれるサービスを咲かせる者でありたいんです。

田中伶
素晴らしいお話を聞かせていただき、ありがとうございました!

関連リンク

ポケットサイン株式会社
『ポケットサイン防災』

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この記事を書いた人
田中 伶 アステリア株式会社 コミュニケーション本部・メディアプランナー。 教育系のスタートアップでPRや法人向けの新規事業立ち上げを経験。話題のビジネス書や経営学書を初心者向けにやさしく紹介するオンラインサロンを約5年運営するなど、難しいことをやわらかく、平たく解説するのが得意。台湾情報ウェブメディア編集長も務める。