2024年6月17日

「ローチケNFT」誕生裏話 ー web3×エンターテイメントで切り拓くライブチケットの新たな可能性

ローソンエンタテインメント社が、業界に先駆けて発表したNFTサービス「ローチケNFT」。配付したNFTの数はすでに2万枚を超え、アーティストのファンたちにこれまでなかった新しい体験を提供しています。本記事では、プロジェクトが誕生した経緯や、実際の販売実績、またエンターテイメント業界におけるweb3の可能性について伺いました。


さまざまなビジネスチャンスが見込まれ、世界的にも大きなトレンドになっているNFT。今や業界のブームとしてではなく、国内でも大手企業による参入が相次いでいます。コピーが当たり前だったデジタル空間において ”コピーできない唯一無二の存在” となるNFTは画期的な発明で、特に音楽やキャラクター、映画などのエンターテイメント業界との親和性の高さは早くから見込まれていました。

そうした中、2022年3月より ローソンエンタテインメント社 がチケット購入者に向けたNFTサービス「ローチケNFT」を発表。大手企業によるNFT参入のニュースは業界でも大きな話題となり、その後、同社は約一年間で150件以上ものライブイベントにてユーザーにNFTを発行してきました。

今回は、そんなローチケNFTにおける陰の立役者であるローソンエンタテインメント社 新規事業開発部 部長の鈴木崇さんに単独インタビューを実施。プロジェクトが誕生した経緯や、実際の販売実績、またweb3におけるエンターテイメントの可能性について伺いました。

鈴木崇(すずき・たかし)さん
株式会社ローソンエンタテインメント ライブエンタメグループ
マーケティング本部 マーケティング事業部 新規事業開発部 部長

2003年にモバイル向けサービス企画・運営の会社を設立し、2007年に株式会社ゼイヴェルに入社。コンテンツDivディレクターとして多数のモバイルサイトを展開。その後、Web/アプリサービスのディレクションを担当する会社に移り、2013年にローソンエンタテインメントに入社。音楽配信や有料会員サービス、広告ビジネス、ライブ配信、NFTサービス等の新規事業を手がけ、現在に至る。

<聞き手・アステリア株式会社 ブロックチェーンエバンジェリスト 奥達男>

★ NFTに関する基本的な説明は、in.LIVEの記事「今話題の「NFT」ってなに? 超初心者のための徹底解説!」や「NFTはなぜ売れる? 一歩踏み込んで知りたいNFTの最新トレンド」をご一読ください。

購入率は全体の約35%! コロナ禍の画策で生まれた、席番のNFT付きチケット

そもそもNFT付きのチケット(ローチケNFT)の販売に至った最初のきっかけって何だったんですか?
2020年のコロナ禍が大きな起点でした。当社が行っているビジネスの1つにチケット事業「ローソンチケット(ローチケ)」があります。ローチケではイベントのチケットを販売しますが、コロナでリアルイベントが開催できない状況になり、その結果、当社で販売するチケットも無くなっていきました。ピンチはチャンスとよく言いわれますが、まさに当社もオンラインでのライブ配信やバーチャルイベントのようなデジタルを活用した新しいエンタメは今までも取り扱いはあったのですが、より注力するようになったんですね。

その後、長く続いたコロナも少し収束の兆しが見えてきて、やっぱりイベント主催者様からはリアルでライブをやりたいという声が出始めました。リアル会場でのイベントが復活する中においても、何かお客様に対して「デジタル×エンタメ」という切り口で、なにか新しいサービスを提供できないかと
コロナ禍で制限があったからこそ、デジタルの可能性を探るに至ったんですね。
はい。今までもやってはいたのですが、より注力したという感じでしょうか。ちょうどその頃は「NFT」が日本国内でも話題になり始めていました。
自分でNFTのことを調べれば調べるほどエンタメ業界との相性の良さを感じて、一度相談させてもらおうとNFTサービスを提供している SBINFT株式会社 に問い合わせをしたのが最初のアクションです。
ブロックチェーンやNFT業界の人たちからすると「アーティスト×NFT」というのはすごく親和性の高いところですよね。実際に販売されたのはどんなチケットだったんですか?
通常のコンサートのチケットに加えて、アーティストの写真にお客様の席番が記載されたNFTを特典としてつけたチケットを販売しました。NFT特典付きのチケットを購入した方には、後日メールでNFTを受け取るためのURLが案内されるような仕組みです。価格は、通常のチケット価格よりも1000〜1500円ぐらい高いイメージです。
推しに関するグッズであればなんでも欲しい! とか、自分の体験を永久に残しておきたい! というファンの気持ちをうまく汲み取ったサービスですよね。
そうですね。やっぱりファンの方たちには、思い入れのあるイベントのチケットは大切に保管しておきたいというニーズがあるのですが、最近は電子チケットが主流なので、物理的に思い出を保管する方法はなかったんですよ。だけど、NFTというデジタル技術を使えば、自分が座った席番を、チケットホルダーに入れて飾るようにずっと残しておける

アーティストのファンの方たちに対して、これまでになかった新しい体験が提供できたと感じています。

ちなみに、同じアーティストでNFT付き/なしのチケットを同時に販売した場合、NFT付きのチケットを購入される方は全体の何割ぐらいなんですか?
もちろんイベントによって割合は変わるんですが、最近コンサートを開催した某アーティストの場合だと、チケット購入者全体のうち、約35%の方がNFT付きチケットを購入されていました。もちろんそのイベントだけではなく、他のアーティストのイベントに関しても、ざっくりそれぐらいの反響がありましたね。
35%!? それってかなり大きい数字じゃないですか?

そうですね。NFT自体はまだ一般的には浸透していない中、NFT付きチケットの購入率が、私が想定したより高かったというのは、正直とても嬉しい驚きでした!
人気アーティストなら、そもそも販売するチケットの全体数も多いでしょうし、そのうちの35%というのは本当に大きいですよね。イベント主催者にとっても、新たなビジネスチャンスになったのだと思います。

社内よりも大きかった社外からの反響

そんな驚くような成果を出したNFT付きチケットですが、実施までの道のりは相当大変だったのではないでしょうか。スタートアップ企業ならまだしも、御社のような大企業だと全社の理解が得られないことも十分あるかと思います。
正直なところ、当時、私が「NFTには可能性があります!」ということを社内でプレゼンしても、「そもそもNFTって何?」という反応が多かったですね。なんとなくニュースで聞いたことはあるけれど… という感じで。

そこでなんとかNFTの可能性を理解してもらおうと、社内で勉強会を開いたり、法的な問題がないことを説明して回ったりしました。当社はチケットをお預かりして販売する立場であり、チケットを実際に販売するのはイベント主催者様なので、社内の営業メンバーだけでなく、社外のチケット事業に関わる方々への説明会も実施しました。
それはなかなか根気のいる作業ですね…。僕もさまざまな業界でNFTやweb3に関するコンサルティングをしていますが、「経営層に理解してもらえない」「現場の承認が得られない」という声は最も多く耳にする話かもしれません。

これは仕方がないことだとは思いますが、やっぱり関心がある人とない人の差は大きいですし、どれだけ説明しても「NFTってただの画像でしょ?」「価値がいまいち分からない」というような声はありましたね。

当社はローチケだけではなく、HMV&BOOKSやローソントラベル、ローソン・ユナイテッドシネマなんかもあるので、グループを横断して行脚しながらNFTの将来性を周知しましたが、NFTの専門的な説明については、SBINFTの方に来てもらったこともありました。
社内全体の理解を得るのはなかなか一筋縄ではいかなさそうです。最終的にはどのように突破口を見つけたのでしょうか?
NFT業界の人たちと話すうちに、これは社内からではなく社外からアプローチしたほうが価値が伝わるなと感じたんです。そこで「ローソンエンタテインメントがNFTチケットを販売します」と、大々的にプレスリリースを打ち、社外の人や業界の方々に周知することにしました。

そうすることで「ローチケってNFT始めたの?」「ちょっと話を聞かせて!」という世間からの反響の大きさが社内にも伝わるかなと。それで2022年に先行して発表したのがこのプレスリリースです。

【ローソンチケット】2022年春より、チケット購入者に向けたNFTサービス「LAWSON TICKET NFT」の提供を開始 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000278.000034304.html


このプレスリリースはかなり話題になりましたよね。私もこのニュースをみて、web3とエンタメの可能性が広がったと感じたことを覚えています。
そうですね。実際、想像以上の反響でした。web3業界の方々からも「大手企業がNFTに参入してくれたのが嬉しい」と歓迎するような声もありましたし、業界的にも前例のない先進的な取り組みを行うことに関して非常に興味を持っていただきました。

当初の思惑通り、イベントの主催者様から「NFT付きチケットに関して詳しく教えてほしい」という問い合わせがいくつも入ったんです。営業部のメンバーから「鈴木さん、NFTの相談が来たので打ち合わせに同席してくれませんか?」と声が掛かり、良いスタートが切れたと手応えを感じましたね。

社内のメンバーたちもその反響の大きさに驚きながらも、徐々に可能性に気づいてくれたんですね。
はい。NFT付きチケットを販売した主催者様が、また次の公演でも同じようにNFT付きチケットを販売してくれることも多いです。

あとは実際に購入した方からも「ファンの気持ちを分かってくれて嬉しい。これからはローチケでしかチケットは買いません!」というような声がありました。これは一番うれしかったですね。NFT自体にはさほど興味はなくても、やっぱり自分の好きなライブイベントを記念に残せるというのは、お客様にとっても嬉しい試みだったんだと思います。

NFTの販売から運用には「Metamask」を活用

NFTの発行や配布については、SBINFTさんが担当されているんでしょうか。
はい。SBINFTさんが発行から配布までを一連のサービスとして提供しているので、それを使わせていただいています。
NFT付きチケットの販売をする際、購入時に、受け取るためのウォレットのアドレスを入力してもらう運用を考えていました。ただ、アーティストのチケットを買うときって、ご存じのように人気のチケットであればあるほど、とにかく時間との勝負ですよね 笑。そんな状況のなか、購入のタイミングでいきなり42桁のウォレットアドレスを入力してもらうのは厳しいなということで改善を加えました。

まずは通常のチケットと同様に購入してもらい、その後、チケットを受け取るときに初めてウォレットのアドレスを用意してもらうというフローです。
対応ウォレットは「MetaMask」ですよね。
はい。国内でも複数ウォレットが提供されているので判断には困ったんですが、まずは世界中で広く使われているものを採用しようと。
実際にNFTを受け取るフローについては、お客様から問い合わせが殺到するようなことはありませんでしたか?

それは正直たくさんありました(笑)。ただ、Metamaskをインストールしていただいてウォレットを作るところまでは、サイトでも丁寧に説明をしていたので比較的スムーズだったと思います。

「海外のウォレットだと日本のお客様には難しいのでは」という社内の声もありましたが、今後のサービスの展開を考えて、まずはグローバルなウォレットを選びました。とはいえ私たちもMetamaskに固執しているわけではないので、今後は、ニーズに合わせてウォレットを選べるように実装できたら理想的だなと思っています。
すでにサービスを発表して一年ほどですが、配布数はどれくらいあったんでしょうか?
主催者さまからの問い合わせがあったのは 200件以上、その中で実施したイベント数は150〜160件、配付したNFTの数は2万枚以上です。
2万枚以上! すごいですね。
正直比較対象がないので、この数字が多いのか少ないのかは分からないのですが、無料のキャンペーンで配布したわけではなく「有料販売も含めたチケットの数」と考えると、決して少なくはないと感じています。

エンターテインメント×web3 これからの可能性

鈴木さんが思うエンターテイメント×web3の可能性や、今後取り組んでみたいことはありますか?
そうですね。NFTに限ってお話しすると「入場チケットそのものをNFTにする」というのはすでに他社さんもトライされているので、私たちとしても可能性があるのかなと思っています。既存の電子チケットとの連携などを考えるとシステム面やコスト面なども考えなければならず、すぐに実装というわけにはいかなさそうですが…。

入場を紙チケットにするか、電子チケットにするか、NFTにするか、というのは、当社は主催者様からチケットをお預かりして販売しているという立場ですので、最終的にはイベント主催者様に判断いただくことになります。私たちが推進していくというよりは、NFTに関心がある主催者様や、NFTチケットを使いたいという主催者様がいるのであれば、私たちはそれに対応できるように機能として備えておこう、というのが本質ですね。

なるほど。紙チケットから電子チケットに移行していったように、これからテクノロジーの進化にあわせて新たな選択肢が当たり前になってくることも考えられますね。
そうですね。我々も今までのチケット販売で培ってきたノウハウなど既存の武器を生かしながら、このライブ・エンタメ市場を盛り上げていけたらと思っています。
NFTだけではなく、メタバースや生成AIなどの技術も、新たな強みになっていくかもしれませんね。
話題の生成AIも大いに可能性がある分野ですね。今日本には外国人観光客がたくさんいますが、そういった海外からのお客様が日本のライブイベントのチケットを気軽に購入できるようにしようという動きがあります。最近ローチケでは、すべてのページを自動で英語、韓国語、中国語に対応させています。細かいですが、そういった点も着々と進めているデジタル化のひとつと言えるかと思います。

我々としては、まずは主催者様の新しい収益の獲得ができること、そしてお客様に対してもこれまでない新しい価値を提供できること。その2点を大切にしながら事例を増やして、取り組みとしても広げていけたらと思っています。新しい技術についても苦手意識を持たずに、どんどんチャレンジしていきたいですね。
日本の大手企業によるweb3の取り組みは、さまざまな業界に影響を与えるのではないでしょうか。個人的にも心から期待していますし応援しています。お話を聞かせていただきありがとうございました!

関連リンク

・株式会社ローソンエンタテインメント https://www.ent.lawson.co.jp/
・ローチケNFT https://l-tike.com/lawsonticket-nft/

この記事がよかったら「いいね!」
この記事を書いた人
田中 伶 アステリア株式会社 コミュニケーション本部・メディアプランナー。 教育系のスタートアップでPRや法人向けの新規事業立ち上げを経験。話題のビジネス書や経営学書を初心者向けにやさしく紹介するオンラインサロンを約5年運営するなど、難しいことをやわらかく、平たく解説するのが得意。台湾情報ウェブメディア編集長も務める。