2017年8月28日

データにもとづく「精密農業」が日本の農業を変える、e-kakashi 代表に聞いた農業×IoTの真の価値

私たちの食卓を支える日本の農業にもIT技術が活かされているのをご存知でしょうか?今回は”農業のカーナビ”として知られる「e-kakashi」を開発するお二人に、農業IoTに現状と未来について聞いてみました。


こんにちは!in.LIVE編集長の田中です。

ここ最近、教育や医療など様々な業界にITの技術を活かした「○○×テクノロジー」という分野が注目されていますが、私たちの毎日にとっても身近な「農業」にも、今多くのイノベーションが起こっています。

そんな中、農業を取り巻く様々な課題解決に貢献しているのが ”農業のカーナビ” として知られる「e-kakashi」。今回はこうした農業IoTの現状や未来について知るべく、「e-kakashi」立ち上げメンバーでもあるPSソリューションズ株式会社の山口典男さんと戸上崇さんにお話を伺いました。

山口典男(やまぐち・のりお)博士(システム情報科学)
PSソリューションズ株式会社 フェロー

KDD研究所で人工知能の応用研究に従事後、HPでリードアーキテクトを経て、ソフトバンクでディズニーモバイル事業の立ち上げに携わる。その後、農業IoT「e-kakashi」を発案、研究開発を行い、ソフトバンクグループ新規事業提案制度「ソフトバンクイノベンチャー」で一位通過を以って事業化を果たす。

戸上崇(とがみ・たかし)博士(学術)
PSソリューションズ株式会社 CPS事業本部
グリーンイノベーション研究開発部 部長

オーストラリアのチャールズ・スチュアート大学にて応用科学(環境科学)の学士号を取得後、三重大学大学院生物資源学研究科に進学し、農業センサーネットワークの研究に取り組み、同大学にて博士号(学術)を取得。ソフトバンクに入社以降、「e-kakashi」の開発に従事。

人にも環境にもやさしい”精密農業”とは?


本日はどうぞよろしくお願いします!まず御社で開発されている「e-kakashi」は、具体的にどういったことができるのでしょうか?
「e-kakashi」を簡単に説明すると、精密農業の手助けをするための製品です。精密農業とはデータの裏付けや科学的根拠をもとに行う、地球にも人にも優しい農業のことで、「e-kakashi」はこれまで生産者の方の経験やカンをもとに行っていた農業を様々な計測にもとづいて数値化する支援をしています。

計測したデータから、こういう環境ではこういうものを与えた方が良いといったことを導き出したり、病気などを未然に防いだりすることができるんです。

北海道の長芋畑で「e-kakashi」が利用されている様子


なるほど。e-kakashiが ”農業のカーナビ” と呼ばれるのはそうした機能からなんですね。
そうですね。ほかの農業システムとの一番の違いは、ただデータを集めるだけではなく、集めたデータをもとに最適な栽培方法を導き出し具体的に提案をしてくれるところです。
農家としての長年の経験がなくても、「e-kakashi」で提案される栽培方法を実践することで、リスクを減らした確実な生産ができるんですよ。

IT技術と植物科学の二人三脚、真の課題を解決する農業IoTが生まれるまで


山口さんは、もともと農業システムに従事されていたのでしょうか?
いえ、私は長年ネットワーク監視についての研究を行っていました。
その中で、同じ技術を農業分野にも使えるのではないかと思い立ち、ソフトバンクの事業提案制度「ソフトバンクイノベンチャー」にエントリーをしたんです。そこで優勝し、社内ベンチャーとして立ち上がったのがプロジェクトの始まりでした。
もともとはネットワーク監視の研究!
でも、農業の領域の課題を解決するには、専門の知識が必要なのではないでしょうか? サービス提供に至るまでには、やはり苦労されましたか?
ITと農業という両方の視点からアプローチする必要がありますから、その点はかなり苦労しましたね。単純にシステムを動かすだけでは全くダメで、IT技術だけではなく、植物科学や農業情報工学と呼ばれる分野を深く理解している必要がありました。

ある程度の勉強は自分でもしていましたが、やはりその道の研究者の方には敵わない。体温計の精度をいくら上げても、風邪は治らないのと同じですよね(笑)。

そう言われてみると確かに…!
そういった背景でジョインされたのが、戸上さんだったのですね。
e-kakashiは、ただ製品を販売して終わりではなく、それを使って、どういうデータをどんな課題解決のために取るのか?活用するのか?というところまで踏み込んで支援をしているので、栽培の管理方法などについては専門的な知識が必須なんです。

私は大学院からずっと農業の課題をIT技術を使ってどう解決するか?ということを研究していたので、こうした知識やノウハウを現場で役立てようと旧ソフトバンクモバイル(現ソフトバンク)に入社し、「e-kakashi」のチームに加わりました。そして、現在はPSソリューションズで進めています。

まさにプロジェクトチームに欠かせないピースでもあったわけですね!
振り返ってみれば「e-kakashi」を提供するまでに一番苦労したのはチームづくりかもしれません。彼がジョインしてからは、一気に本質的な課題に取り組めるようになりましたね。
実際、農業の現場にITシステムを導入するということについては、現場の生産者の方々はどんな反応なのでしょうか?
これまでアナログにやってきたことを数値化できるというので若い人が最初に食いつくのですが、面白いことに、実際にデモンストレーションなどを行うとベテランの方のほうが驚いてくださるんです。

これまで経験や勘でやっていたことがデータで裏付けられることの凄さは、経験年数が長いほど実感しやすいのかも知れません。実際、自分たちの知識や技術をいかにその地域に継承していくのか?という課題への危機感は、ベテランの方のほうが強いんですよ。

屋外に設置することを想定して開発された、衝撃にも強いハード


若い方以上に、経験の長いベテランの方が評価!それは興味深い反応ですね。
e-kakashiが農業の現場で、特に経験の長いプロの方に受け入れられているのを見ると、類似したシステムがあったけど使われていなかった、というのではなく、e-kakashiのような機能を持ったシステムがなかったから使われていなかったということを実感します。

他方で、実際に「e-kakashi」を導入されたプロの農家の方の話を聴くと、科学的な視点からは見えないアイデアもどんどん出てくるんですよ。どこを見ているのか?どういうデータを計測すれば、どういったことができるのか?ということは、プロの生産者の方から学ぶことがとても多いんです。現在もそうした意見を聴きながら、日々システムをアップデートさせています。

計測することは目的ではない!農業×IoTにおける課題とは?


農業分野にもIoTという考え方が広まりつつありますが、実際に現場で感じる課題などはありますか?
IoTはいずれ主流になると思っていますが、問題は「IoTを使って何をやるか?」ということですね。私たちは農業とITの中間地点に切り込むために、世界中のあらゆる環境で確実に動くタフなハードを開発したわけですが、それでも私たちの価値はこのハードではなく、その先の支援にあると思っています。

カーナビだって、画面の大きさや声の大きさよりも、本当に大事なのは最適なルートを導き出してくれることですよね。

傾向としてありがちなのは、いつの間にかデータを取得するのが目的になってしまうパターンです。でも、生産者の方が本当に必要としているのは「植物と対話するためのツール」であり、計測はあくまで手段です。「データを集めること=IoT」ではないということは強調したいですね。
なるほど… 一方で、素朴な疑問なんですが、そうした計測による数値化が進むことで、いわゆる”ブランド生産物”みたいなものが誰にでも作れるようになってしまわないのでしょうか?
理論上は可能です。でもやはりその地域にしかない気候や環境がありますから、そう簡単にコピーはできないでしょうね。
そうか、たしかに…。
有名なものをコピーしようとする前に大事なのは、商品戦略なんです。 消費者のこういうニーズがあるからこういうものを作ろう、そのためにはこの生産方法でいこう、と農業におけるビジネス上の戦略が重要です。

なるほど… ただ与えられた環境の中で生産するだけではダメなんですね…。
日本の農業は、法律の改正などの背景も含めて、過渡期を迎えています。
新規就農者の参入も含めて、変わりつつある農業をどう支援するのか?というのは、日本全体での課題なんです。

私たちの提供する「e-kakashi」は一つからでも導入できるので、小規模な農家の方でも規模の大きな農業法人でも使うことができるのですが、こんな風に多様化する農業のシーンに応えられるようにすることも、農業IoTを開発する上で重要なことだと思いますね。

e-kakashiが実現する未来、農業IoTが当たり前になる世界とは?


今は農業という分野で製品を提供されていますが、同じ技術を他の産業にも応用させることはできるのでしょうか?
どういう目的でどんなデータを取るか?というだけのことなので、漁業や畜産などでも応用できると思います。計測するデータの対象物が植物から動物や魚になるだけなので可能性も感じていますし、すでに一部では結果も出始めているんですよ。
すごい!!
農業という領域で出た成果を通じて、これから私たちの「食」に関わる裏側もどんどん変わっていきそうですね。

日本の一次産業の技術は、世界的に見ても非常にレベルが高いんですよ。だからこそ、農業に限らず、すごい生産者の方がやっていることを数値化して、データからエッセンスとして抽出することでより再現可能なものになっていくんです。

これまでは”達人の技”といわれてきたものを継承できるかたちで表現することも、「精密農業」のメリットですよね。
なるほど… 精密農業という考え方が、私たちの今の食卓だけではなく、「未来」の食卓も変えることになるんですね。
未来という観点でいうと、「e-kakashi」では集めたデータを必要な相手に共有することもできるので、現在導入している京都府与謝野町では、溜めたデータやノウハウを地域内で共有しているんですよ。そのメリットって何だと思いますか?
うーん、その地域でしかできない生産ノウハウをシェアして、町全体として農業を盛り上げるとか…?

それもひとつですが、実はノウハウをシェアすることで、継承者や新規就農者が増え、結果的に与謝野町への移住者をも増やす、良いサイクルが生まれているんですよ。
農業ノウハウをシェアすることで移住者も増える!そんな相乗効果があるとは…。農業を核として、社会問題も解決しているんですね。一方、私たち消費者の暮らしという観点では、どういう変化がありそうでしょうか?
純粋に、良い品質のものが手に取りやすい値段で購入できるようになる、という変化ですかね。技術の介入があることで良い品質のものができて、それが通常よりも高い値段で「贅沢品」として市場に出回るというのは、私たちが「e-kakashi」で実現したいことではないんです。

それよりも、主婦の人がいつもの買い物で手に取る野菜をより高い品質で安く提供できるようにすることが農業の課題を解決することに繋がるのではないでしょうか。それこそが私たちの考える「農業IoT」の使命ですね。
なるほど〜。IT技術を通じて、今ある「当たり前の生活」を継続可能なものにし、そしてさらに誰にとっても身近なものにしていく。農業IoTが向き合うべき課題がよく分かりました。とっても貴重なお話、ありがとうございました!

農業IoTの現状や未来について聞いてきた!まとめ

以上、いかがでしたか? 今回は「e-kakashi」という製品を通じて、農業界にイノベーションを起こしているPSソリューションズ株式会社の皆さまにお話を伺いました。


農業の現場が抱えている課題に向き合うため、AIや機械学習などの非常に高いレベルでのIT技術と、植物科学をベースとした専門知識をもって開発された「e-kakashi」。

プロジェクトメンバーの皆さんのとにかく妥協しない開発姿勢と、生産者の方へ寄り添うシステムのあり方を見て、日本が抱える課題は、こうした強い想いと覚悟を持ってこそ解決できるのだということも感じさせられました。

「e-kakashi」は、現在国内の約300拠点で稼働しており、最近では海外での導入事例も増えているそうです。日本発の農業IoTが世界の抱える課題を解決する日も近いはず。今後の成長も見逃せません。最後まで読んでいただき、有難うございました!


◎関連リンク

・e-kakashi 製品サイト https://www.e-kakashi.com/
・PSソリューションズ株式会社 コーポレートサイト https://www.pssol.co.jp/

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この記事を書いた人
田中 伶 アステリア株式会社 コミュニケーション本部・メディアプランナー。 教育系のスタートアップでPRや法人向けの新規事業立ち上げを経験。話題のビジネス書や経営学書を初心者向けにやさしく紹介するオンラインサロンを約5年運営するなど、難しいことをやわらかく、平たく解説するのが得意。台湾情報ウェブメディア編集長も務める。