2024年6月3日

製造業DXは欧州に学べ! 福本勲さんに訊く、EU/ドイツのDXトレンド

製造業の現場でのDXについて、EUやドイツを中心とした最新事例をまとめた書籍『製造業DX: EU/ドイツに学ぶ最新デジタル戦略』。著者の福本勲さんに、日本の製造現場でのDXが遅れている理由やEUやドイツのDXトレンド、さらに日本のものづくり企業におけるこれからの戦い方について伺いました。2024年4月に開催された「ハノーバーメッセ」での所感にも触れています。


さまざまな業界で話題となっている「DX(デジタルトランスフォーメーション)」について、これまでアステリアではさまざまな業種や角度から取材を行ってきました。

2020年には、書籍『デジタルファースト・ソサエティ – 価値を共創するプラットフォーム・エコシステム』(日刊工業新聞社)の著者でもある、福本勲さんに、これからのDXをテーマにお話を伺っていましたが、そんな福本さんが2024年1月に新著を出版されたということで、改めてお話を聞く機会をいただきました。

新著のタイトルは『製造業DX: EU/ドイツに学ぶ最新デジタル戦略』。
現場やIT領域を含めて、ものづくりに関わるすべての方々に読んでほしいということで執筆された新著ですが、特に日本の製造業におけるDXの近況について理解したい方や、EUやドイツを中心とした世界の最新事例について知りたい方に手にとっていただきたい一冊です

今回のインタビューでは著者の福本勲さんに、日本の製造現場でのDXが遅れている理由やEUやドイツのDXトレンド、さらに日本のものづくり企業におけるこれからの戦い方について、伺いました。

合同会社アルファコンパス 代表CEO 福本 勲(ふくもと・いさお)さん

株式会社東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げや、インダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」の立ち上げ・編集長などをつとめる。 2020年にアルファコンパスを設立し、2024年に法人化、企業のデジタル化やマーケティング、プロモーション支援などを行っている。

また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジー、DX推進においてボトルネックとなっている人材の確保・育成に関する課題を解決するための、ボトムアップ型の人材育成(リスキリング)サービスやトップダウン型のCxO人材の提供サービスなどを手掛けるシェアエックス株式会社のアドバイザー、一般社団法人 AI・IoT普及推進協会(AIPA)、一般社団法人 ロボティックス・オートメーション普及推進協会(RAPA)のフェローなども務めている。

主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」(共著:近代科学社)、「デジタルファースト・ソサエティ」(共著:日刊工業新聞社)、「製造業DX – EU/ドイツに学ぶ最新デジタル戦略」(近代科学社Digital)がある。 主なWebコラム連載に、ビジネス+IT/SeizoTrendの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。

聞き手は、2020年の対談でもインタビュアーを務めたアステリア株式会社の松浦真弓です。

日本の製造現場におけるDXが遅れている理由とは?

福本さん、今日はよろしくお願いします。前回(2020年)の対談でも「日本の製造業の現場におけるDXは遅れている」というお話がありましたが、それは4年経ったいまも変わらず、という感覚でしょうか。
はい、遅れていると思います。それにはいくつか理由があるのですが、1990年代にサプライチェーンのデジタル化が世界的に流行した際、 グローバルの製造業ではいち早く取り入れていたのですが、日本は取り入れなかったんですよね。

なぜかというと、日本の現場で働く方々の多くは、グローバルの工場に今どれくらい在庫があるのか? ということを頭の中で理解をしてこられたんです。逆にグローバル企業では、デジタルに頼らないとそれが把握できなかった。日本は「人が優秀なので解決できていた」時代があったんですよ
その時はそれで良かったものの、現場の少子高齢化が進んだ今、グローバルよりも遅れて、ようやくデジタルに頼らざるを得ない状態になっていると。
そうです。またもう一つ欠かせないのは、サプライチェーンやエンジニアリングチェーンと呼ばれるものを “デジタルでつないでいく” こと

例えば日本の製造業では、設計までは3Dでやっているんですが、発注や調達の際にわざわざ2Dの図面に打ち替えて業者に渡すこともあります。発注する相手が3Dに対応していなかったり、FAXで送ることが前提になっていたりするためです。それってすごく非効率ですよね。

また、日本の企業がDXを進めていくときに、トップの方が現場やマネージャーに投げて任せていることが多いことも問題です。現場の方がデジタルで何をすべきかと考えると、やっぱりどうしても自分たちが関わっている範囲内でどう効率化するか?という話に行き着いてしまう。

デジタルツールを使って何ができるのか、とか、AのツールとBのツールを比べてどうだ、とか。それは本来のDXとはかけ離れた話です。本書では「現場以上に経営者が変わる必要がある」という話を強調して書きました。たとえトップがデジタルに明るくなかったとしても、そもそも自分の会社の将来をどうしていくべきか?というテーマを、経営目線で考えていかなくてはいけません。

この数年、生成AIなどテクノロジーにおいてめざましい進歩がありますが、製造業の現場では、相変わらず石橋を叩き続けて前に進まないということが起きているのかもしれませんね。
生成AIなどの新しいテクノロジーに関しては、日本は先行して成功した事例がないとなかなか手を出さない雰囲気がありますよね。だけど欧米やヨーロッパでは、とにかくまず使ってみて、どんなことに使えるかを考えようという風潮です。規制についても、出てきたときにあとから考えればいい。

とにかく新しいテクノロジーにどんどん食いついて、経営にどういうインパクトがあるかやってみようという風潮です。これは現場よりも経営者のスタンスの違いなのではないでしょうか。

次なるキーワードは「サーキュラーエコノミー」と「カーボンニュートラル」

本書のテーマとして挙げられていた「サーキュラーエコノミー」と「カーボンニュートラル」についても、ぜひ改めて教えていただけますか。
「サーキュラーエコノミー」を一言で説明すると、ものを使ったあとに、そのまま捨てずにできるだけ次の人に使ってもらうことによって廃棄率を減らすための取り組みです。

高度成長期の頃は、大量にモノを作って消費して、いらなくなったらまるごと捨てるようなやり方でしたが、それでは地球がもちません。これからやっていくべきことは、作ったものはできるだけ長く使いましょう、不要になったら別の用途で使いましょう、それでも難しければ、ばらして一部だけ使いましょう、という循環。こうすることでゴミも減るし、新たに資源を使う必要もなくなります。ものを循環させる経済として、サーキュラーエコノミーが注目されているんです。

「カーボンニュートラル」に関しては、もう日本でもだいぶ馴染みがありますね。CO2をできるだけ削減する努力をしながら、どうしても排出される温室効果ガスを吸収・除去していくことによって、実質的に排出量をゼロにするという取り組みです。
特にサーキュラーエコノミーについては、これから取り組む企業が多いと思うのですが、具体的にどういったところから手を付ければいいのでしょうか。
まずは、自分たちの製品にどんな材料が使われて、その製品はどうやって作られていて、お客さんに渡ったあとはどんな風に使われて、いつどんなふうに部品交換がされているのか? … こうした情報を時系列で把握する必要がありますね。もちろんそれらの情報をデジタルできちんと記録しておくことも重要です。

いまEUでは、このサーキュラーエコノミーを循環させていくために、さまざまな面で法制化が進んでいます。
「DPP(デジタルプロダクトパスポート)」と呼ばれているものですね。
分散ネットワーク型の取り組みとか、データ集計の話とか… 興味深いなと思いながら、書籍を拝見していました。

EUでは、製品の設計も3Dでデジタル化されていますし、製品や部品がどうやって使われているのかも、デジタルで情報が取れるような仕組みができているようです。日本ではこういった取り組みはないんでしょうか?

今は経産省が中心になって「Ouranos Ecosystem(ウラノス・エコシステム)」と呼ばれるプロジェクトが立ち上がっています。企業や業界、国境をまたいで横断的にデータを共有したり、システムを連携させていこうという取り組みです。ドイツの自動車業界などで盛り上がっている「Catena-X(カテナ-エックス)」と呼ばれる取り組みに相当するようなものですね。

ただ、基本的にはこれからグローバルのサプライチェーンにつながっていかないといけないという状況なので、日本独自の、日本国内に閉じた仕組みになっていては意味がありません。
そうですよね。いわゆるスマホのガラパゴス化みたいなことにならないためにも、EUを含めた全世界の標準化を見据えたような日本独自の動きを考えていかないといけませんね。

最終的には誰のため? を考える。EUとドイツのDXのトレンド

EUやドイツのDXのトレンドとして、福本さんが注目しているものはありますか?
やはり注目すべきなのは、エンジニアリングチェーンをつないだ「デジタルツイン」が普及していることではないでしょうか。冒頭にもお話ししたように、企画や設計、製造、調達などの一連の流れをきちんとデジタルでつなぐような仕組みづくりが進んでいます。

これまで2Dの図面であれば「このパソコンの幅を1cm伸ばしたい」というのもゼロから設計しなおす必要があるので大変です。だけど3D CADであれば、CAD上でちょっと伸ばすだけ。さらにその後の工程にも自動で反映されるようになったりします。

もともと機械は歯車などハードで制御していたわけですが、最近は自動車のテスラのように自動運転のソフトウェアが車の制御をするような仕組みが一般的になってきました。こうした電気制御が普及している今、2Dに基づいた設計をしているようでは回りません。

本の中でも東芝エレベータさんの事例がありましたね。ソフトウェアによって制御しようという考え方や仕組みを指す「ソフトウェア・デファインド(Software Defined)」は、ものづくりの常識も変えているように感じます。
そうですね。東芝エレベーターの事例でいうと、今までエレベーターのちょっとした調整をするにはエレベーターを休止させて作業しないといけなかった。だけど、音声案内の内容を変えるとか、サービスロボットと連携するとか、そういったことは機械を止めずにやろうと。制御をソフトウェア化することで、必ずしもエレベータを休止させる必要はなくなりました。
それは結局何のためかっていうと、やっぱりお客さまのためなんですよね。今までの不便がなくなり、利用する方に迷惑がかからなくなるわけですから。

つまり企業が ”何のためにそれをやるのか” というところは、今後もキーになるんじゃないかと感じました。規制によってなにかを標準化していくことも、お客さまのためなのか、もしくは仕事の仕方が変わることで私たち自身が楽になるのか? そういう視点は大事ですよね。

そうなんです。例えば、Amazonが運営している無人店舗「Amazon Go」ってあるじゃないですか。販売店側の人が減るから企業がコストダウンできて良いと思っている人がいるかもしれないけど、あれってむしろ、利用者の視点。普通スーパーのレジに並ぶのは面倒だけど、そのまま持ち帰ったら泥棒になっちゃうから仕方なく並んでいるだけですよ(笑)。並ばずに出ていけるのはすごいメリットなわけで、これは利用者の快適化から生まれたシステムです。

もしすべてのシステムがハードウェア制御だったら、仮にテスラの自動運転機能が強化されたとしても、マイナーチェンジされた車に買い替えないと恩恵が受けられませんよね。ソフトウェア・デファインドが進めば、自分が買ったものが買ったあとに勝手に進化するようになっていきます。そうするとお客さんはそのまま長くモノが使えるようになるから、結局はカーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーにも貢献するんですよ。

匠の技の継承や人手不足を解決する “メタバース” !?

本の中でも日本の製造業の課題として、デジタルが目的になっていることや、人手不足などについて挙げられていましたよね。打破するためには何をしたら良いのでしょう。
今まで「匠の技」としていた知見について、形式知化できるものはどんどん形式知化をして、デジタルに移管していくことが重要です。日本だと20〜30年前の機械がいまだに工場で使われているようなケースは多いんですが、欧米の人たちは「原価償却が終わったらもうそれは使えない旧世代のもの」っていう認識が強いんですよ。

そういった考えがあるので、どんどん新しい機械を回して、より効率的で汎用性の高い方法、デジタルに対応したものに順応していくことになります。
なるほど。でもそうなると「大企業ならできるけど、うちは人もお金もないからできない」と感じられる中小企業も多いんじゃないかと思います。
期待できるのは ”インダストリアル・メタバース” などのテクノロジーかもしれませんね。 日本は「現場」「現物」「現実」の三現主義がすごく重要視されてきました。もちろん悪いことではないんですが、これにこだわりすぎているとどこでも人手不足に陥ります。離れた場所にいる皆さんが、仮想空間でアバターになって設計やものづくりについて議論して、インダストリアル・メタバースで三現主義を実現していくような時代も遠からず訪れるのではないでしょうか

アバターの中には工場の機械の調子を言語化してくれるAIアバターがいたりして、「ちょっとここの調子が悪いんだよね」とか言ってくれたりね。実はマイクロソフトがデモを発表しています。まだ発展途上ですが、人手不足の対策としては非常に有用な技術だと思いますよ。

なるほどなあ。メタバース… なかなかものづくりとはかけ離れた話なのかな? と思っていましたが、”現場主義” の製造業だからこそ生かせるテクノロジーなのかもしれませんね。勉強になりました!

編集後記|「ハノーバーメッセ 2024」の所感

本インタビューは2024年4月初頭に行われましたが、ちょうどその月の後半(2024年4月22日)から、世界最大級の製造業のための国際展示会「ハノーバーメッセ(HANNOVER MESSE) 2024」がドイツで開催されていました。

本展示会にも参加していたという福本氏。最新テクノロジー活用の動きや、改めて感じた欧州と日本との違いについて、後日少しだけお話を伺いました。

ー 「ハノーバーメッセ(HANNOVER MESSE) 2024」で印象に残った最先端のテクノロジーがあれば教えてください

今年最も多かったのは生成AIの展示だったと思います。
昨年までに比べ、より実際の提供サービスはプロダクトに近いショーケース展示が多かったのも今年の特徴と言えると思います。 例えば、マイクロソフトがシーメンスと連携したコネクタ設計のショーケースでは、要求仕様を自然言語で入力すると過去資産を参照し、新たなデザインをCopilotが提示してくれる流れが実演されていました。そのデザインにした理由説明などもCopilotが行ってくれ、BOM、3D情報などの生成も行ってくれるというものでした。こういったテクノロジーの活用のためには、3Dの設計情報で一貫して設計から導入までを管理できていることが必要であり3D設計情報と過去の出荷製品が紐づいていることが必要なので、デジタルツインの重要性はますます高まっていくと思います。

ー 改めて感じた、欧州と日本の製造業の違いがあれば教えてください

生成AIやインダストリアル・メタバースの様な最新テクノロジー活用に対する受け答えを現地で見ていると、日本人は、「あれができないから使えない、これができないから使えない」という人が多く、欧米人や中国人は「あれができる、これができる、だからあれやこれに使える」という人が多いような気がします。
 つながるデータを用い、記録やトレーサビリティデータは生成AIが自動生成し、システムの変更なども要求に基づき生成AIが行ってくれる時代になる中、人はルーチン業務や記憶の必要性などから解放されることになっていくと思います。
人は本当に人でなければできない仕事に特化することで、人の生産性は確実に向上すると思います。
少子高齢化時代にはこの考え方がますます大事になり、人がやるべき仕事とはなんなのかを真剣に考えることが重要になるのではないでしょうか。

福本勲さん、インタビューへのご協力ありがとうございました!

現場の課題やIT領域の新技術を含めて、ものづくりに関して幅広く最新事例をまとめた福本さんの新著『製造業DX: EU/ドイツに学ぶ最新デジタル戦略』。興味のある方はぜひチェックしてみてくださいね! 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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この記事を書いた人
松浦真弓 アステリア株式会社 社長付 地域共創エバンジェリスト。 半導体商社でのフィールドエンジニアを経て、IT企業にて、製品企画、マーケティング、ビジネスコミュティ構築などに携わる。2018年9月よりアステリア株式会社に入社し、マーケティングに従事。現在は、社長付 地域共創エバンジェリストとして、DX、ノーコード、モバイル・クラウド活用、地域創生、働き方改革などの分野で、各地での講演活動を行っている。