2020年9月28日

ビジネスモデル変革の第一歩は見る視点を変えること。『デジタルファースト・ソサエティ』著者の福本勲さんに訊く、これからのDX(前篇)

さまざまな業界で話題となっている「DX(デジタルトランスフォーメーション)」によるビジネスモデルの変革や新型コロナウイルスが与えた影響などについて、株式会社東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンターの福本勲さんにお話を伺いました。

『デジタルファースト・ソサエティ』著者の福本勲さんに訊く、これからのDX(前篇)

IT業界だけではなく、さまざまな業界で最近よく聞かれる「DX(デジタルトランスフォーメーション)」。これまで in.LIVE でもDXについて、その用語の解説から実現方法までさまざまな角度からの解説記事を公開してきました。

DXをはじめよう 話題のDXを現場主導ではじめよう! ノーコードで作成できるモバイルアプリ活用のすゝめ https://www.asteria.com/jp/inlive/working/4263/

本記事では「DXって何?」というところから更に一歩踏み込んで、”これからのDX” について紐解いていきます。お話を伺ったのは、書籍『デジタルファースト・ソサエティ – 価値を共創するプラットフォーム・エコシステム』(日刊工業新聞社)の著者でもある、株式会社東芝の福本勲さんです。

デジタルファースト・ソサエティ – 価値を共創するプラットフォーム・エコシステム

デジタル化が語られるようになった背景やDXによるビジネスモデルの変革、さらに新型コロナウイルスがDXに与えた影響など、デジタル化を取り巻く最新の話題についてお話しいただきました。

株式会社東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンター チーフエバンジェリスト 福本 勲(ふくもと・いさお)さん

株式会社東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンター チーフエバンジェリスト
福本 勲(ふくもと・いさお)さん

株式会社東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンター チーフエバンジェリスト。中小企業診断士、PMP(Project Management Professional)。1990年3月早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。
1990年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げやマーケティングに携わり、現在はインダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともにオウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」の編集長をつとめる。2015年より一般社団法人インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(IVI)正会員となり、エバンジェリストなどをつとめる。その他、複数の団体で委員などをつとめている。

主な著書に『デジタル・プラットフォーム解体新書』(共著:近代科学社)、『デジタルファースト・ソサエティ』(共著:日刊工業新聞社)がある。主なWebコラム連載に、ビジネス+IT(SBクリエイティブ)の『第4次産業革命のビジネス実務論』、Arm Treasure Data PLAZMAの『福本 勲の「プラットフォーム・エコシステム」見聞録』がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。

昨今よく聞かれる「DX」とは何か? ということを改めて理解したい方や、DXの先にある社会やエコシステムのあり方まで深く学びたい方におすすめの記事です。インタビューの聞き手は、アステリア株式会社にてエバンジェリストを務める松浦真弓です。

「DX」とは企業がビジネスモデルを変革し続けていくこと

本日はよろしくお願いいたします。
ご著書『デジタルファースト・ソサエティ – 価値を共創するプラットフォーム・エコシステム』も読ませていただきました。福本さんのこれまでのキャリアで扱われてきた課題やその解決策が一冊に詰まっていましたね。
そうですね。私は1990年に社会人になってから、さまざまな製造業のお客様向けのソリューションビジネスに携わってきました。キャリアの中でも一番長かったのは「CRM(Customer Relationship Management)」と呼ばれる、顧客関係管理ソリューションの従事期間です。

”顧客管理” というと営業支援(SFA:Sales Force Automation)をイメージされる方が多いと思うですが、私は何十年も製品寿命が続くような製品を提供している製造業のお客様などを対象としたアフターサービス(アフターマーケット)のソリューションに主に関わっていました。長寿命製品を扱っている製造業にとっては製品を販売したあとにお客様との接点をどう維持していくかが重要です。

製造業のアフターサービスの担当者はお客様の設置現場まで入ることができるため、「あそこにあった備品がA社からB社に変わってるな…」などの色々な変化が分かります。そういった情報をお客様軸で整理し、共有することが、お客様との接点情報強化をおこなうためのカギになります。こういったプロジェクト経験などを通じて、ソリューション提案やマーケティングデータを活用したコンサルティングの知見も溜まっていきました。
多くの製造業の現場を見られてきた福本さんが考える「DX」という言葉の解釈について、改めて教えていただけますか?
一言でいうと、企業がデータやデジタルテクノロジーを使って、ビジネスモデルを変革し続けていくことですね。デジタル技術の活用は手段であって、それによって価値の提供方法やビジネスそのものを根本的に変え、ビジネスに関わるすべてを好循環してより良くしていくということでしょうか。ビジネスモデルを変革し続け、競争優位を築くこととも言えるかと思います。

『デジタルファースト・ソサエティ』著者の福本勲さん

福本さんは製造業に長く携わって来られたと思いますが、日本と海外においてDXについて捉え方の違いみたいなものはあるのでしょうか?
日本の製造業で特徴的なのは、高度熟練技術者、いわゆる匠(たくみ)と呼ばれる人たちが製造現場を支えてきたことですね。欧米の製造業との違いは、企画から設計、製造までが「エンジニアリングチェーン」としてすべてデジタルで繋がっているかどうかだと思います。 日本の場合はそれぞれが分断されている上に、モノづくりの匠たちの能力が高いので、設計で詳細に作り込まなくても、現場でより精度の高いものを作ることができてしまう。

ただ、今の日本では匠の技を継承する人材が不足している問題もあるので、やはり欧米のような「エンジニアリングチェーン」の重要性は問われています。すべての技術を人に継承する必要はなく、デジタルに継承できるものはデジタルに継承するという取り組みは進みつつあります。
なるほど。日本の企業はほとんどが中小企業ですが、大手と中小とで取り組みの違いはあるのでしょうか? 「うちは小さい会社だからデジタル化なんてできないよ」という声もありそうですが…。
中小企業は比較的、モノづくりにおけるイノベーションに取り組んでいる事例が多いですね。ただ最近では、IoTやAIなどのデジタルテクノロジーを活用して、既存の製品やサービスの提供方法を変革する動きも出ています。

しかし、中小企業と大手企業の違いはなんといっても、IT技術者の数です。 GDPの約8割を製造業が稼ぎ出すといわれるドイツも同じです。ドイツの中小製造業も、マイスター(日本における匠)と呼ばれる製造技術者がほとんどで、ITを担当できる人材が社内にいないため自力ではスマートファクトリー化できないという側面があります。

ドイツが政府主導でモノづくり関連の主要な業界団体を巻き込んでインダストリー4.0を進めるのは、自社でソフトウェアを開発する力のない中小企業が、このテクノロジーの恩恵を受けられるようにするという側面を持ちます。
日本では ”ひとり情シス” みたいなこともよく聞きますよね。
DXにおいては ”モノづくりよりもコトづくり” ということが重要だとご著書でも書かれていましたが、その ”コト” って、今いる人材でアイデアを出したり、作り出したりできるものなのでしょうか。

アステリア株式会社 松浦真弓

企業の規模に関わらず、これまでモノだけを作ってきた企業が、モノからコトへ簡単に移行ができるかといえばそうではないと思います。だけどそれは、モノづくり以外のことをやっていた会社とつながることで提供できるようになると考えています。

例えば、自動車がこの先、高度な自動運転をするのが当たり前になったとき、ユーザーにとって大事なのは走行技術よりも「目的地につくまでに何をする?」という ”コト” に移行するはずです。そうした移動時間を楽しむためのソリューションを提供できるのは今の自動車メーカーではないですよね。
確かにそうですね。餅は餅屋、ということなんでしょうか。過去取り組んできた事業だけにとどまらず、沢山のパートナーたちとつながっていくことが新しいビジネスを生み出すのですね。

日本の製造業における、DXの実践を阻むものは?

DXの実践というテーマでは、ご著書の中で日本企業の「ROI(Return On Investment:投資額に対してどれだけ利益を生み出せるか)主義」に対して警鐘を鳴らしていらっしゃいましたよね。
そうですね。日本企業の多くが、これまでIT化・デジタル化を「コスト」だと認識していたと思います。経営層が「自分たちはITが得意じゃない」と思っていたり、ビジネスモデルの検討を現場だけにやらせたりするのは、日本の製造業におけるDX化の壁のように感じます。正直、先例がないことにチャレンジする意思決定ができる人材は現場にはいません。現場から意見を押し上げることはできても「やりましょう」と意思決定ができるのは経営層なんです。新しいチャレンジを歓迎する風土は、今の経営側にも必要だと思います。

『デジタルファースト・ソサエティ』著者の福本勲さん

先例がないことは取り組めないという風潮は、私も日々、お客様と接する中で感じることがあります。企業に提案したときに「事例はある?」と聞かれることも多いですから。
そうそう。それで、事例を持っていっても「他の企業がやってないことをもってきて」なんて言われることもありますよね(笑)。この課題に対しては、効果がありそうなビジネスやサービスの検討を重ねて、小さな成功事例を多くつくるしかないですね。
考え方という点では、システム思考やデザイン思考についても触れられていましたよね。
はい。システム思考というのは、いかに俯瞰的に物事を観るか? ということです。抽象度を高めると言っても良いかもしれません。分断された「系統」として考えると、全体の中では見えなかったことが色々な観点から見えるようになりますが、逆に関係性を見失うこともあります。分断しながら関係性を見て、最後はもとの全体像に統合し、俯瞰的なものの見方をする… という考え方です。

一方で、デザイン思考は「人間思考」とも言えるかなと思っています。「顧客にどのように使われる可能性があるか?」ということを考え、ユーザーとの対話を大事にするということ。そんなふうに、全体を捉える力と、使う人、関わる人たちの視点でものを考えることの両方がDXを進める企業には求められています。

『デジタルファースト・ソサエティ』著者の福本勲さん

さらにDXの実践フェーズになると、日本企業では「トップと現場の間にギャップがある」ということも課題としてよく耳にします。日本はボトムアップ型ですが、欧米はトップダウン型の取り組みが多いということで、そのあたりもDXを阻む原因になっているのでしょうか?
そうですね。ただ、日本企業が突然ボトムアップ型からトップダウン型の経営に変わるのは難しいだろうな、というのが私の見解です。これはどちらが良いかという話ではなく文化の違いで、むしろいまの日本企業においては、いきなり経営からトップダウンで指示をするよりも、現場から意見を押し上げて経営側に判断をさせる、というやり方が、マッチしているのではないかと思うんです。
ボトムアップ型の良さを生かしつつトップが最終決断して推し進める手法ならば、現場の反発も少なく、結果的にDXをスピーディに推進することにつながりそうですね。
過去の日本企業の事例を見ていると、決めるまではすごく時間がかかるんですが決めてからは意外とすごく速かったりするんですよ。それに、トップが新しいことをやりたがらないというのは、もう何十年も前からあった問題で、DXやデジタル化において新たに出てきた話ではありません。

そういうことを踏まえると、トップと現場のギャップを「DXを阻む原因」と考えるのではなく、そうした思考の違いを受け入れた上で、日本企業なりのDXのあり方や新しい価値を生み出す方法を考えていければいいのではないかと思います。

ビジネスモデル変革の第一歩は見る視点を変えること。『デジタルファースト・ソサエティ』著者の福本勲さんに訊く、これからのDX(後篇)】 に続きます

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この記事を書いた人
田中 伶 アステリア株式会社 コミュニケーション本部・メディアプランナー。 教育系のスタートアップでPRや法人向けの新規事業立ち上げを経験。話題のビジネス書や経営学書を初心者向けにやさしく紹介するオンラインサロンを約5年運営するなど、難しいことをやわらかく、平たく解説するのが得意。台湾情報ウェブメディア編集長も務める。