2023年11月13日

生成系AIが作ったイラストや文章に著作権はあるの? 専門家に聞いてみた、デジタル時代の著作権の在り方【後編】

キーワードを打ち込むだけで、誰でも簡単にイラストや文章が作成できる生成系(ジェネレーティブ)AI が作ったものに著作権はあるのか? インタビュー後編では、クリエイターの視点に立ち、作品と創作意欲を守るための方法について尋ねました。クリエイターとAIが安心して共存できる未来はあるのでしょうか? 教えて、永沼先生!


2023年も、先端技術やサービスの話題に事欠きません。AIツールやメタバースの世界も「未来を感じる存在」から「身近なモノ」に日々近づいています。私たちの生活を豊かにも便利にもしてくれるこれらの技術ですが、「メリットの裏に潜む問題点やリスクのことも知っておく必要があります」と警鐘を鳴らすのは、in.LIVE ではすっかりおなじみ、弁理士・知的財産アナリストの永沼よう子先生です。

前後編でお送りする「デジタル時代の著作権の在り方」。
後編では、クリエイターの視点に立ち、作品と創作意欲を守るための方法について尋ねました。クリエイターとAIが、安心して共存できる未来はあるのでしょうか?

▷ インタビュー【前編】はこちら


教えてくれたのは……
永沼 よう子 先生|弁理士/知的財産アナリスト

世界最大手ストックフォト企業でデジタルコンテンツのコンサルテーションに従事。国内、外資など様々な企業や法律事務所で現場に即した著作権や肖像権・種々の知的財産権の知見を幅広く蓄積し、2016年に現・弁理士法人iRify国際特許事務所に参画。ビジネス経験と商標・著作権関係の専門知識を活かし、現在、同事務所の代表パートナー弁理士として企業の知的財産戦略をサポートしている。TV番組、講演活動などで「知的財産権についてわかりやすく伝える」ことに定評がある。

膨張し続ける機械学習データ 収縮し続けるクリエイターの創作意欲

前編のインタビューを伺ってきて思ったのですが、AI生成物の著作権を巡る問題について、運営会社が負うべき責任はないのでしょうか?

例えば『※このイラストは AI が生成しました』と、片隅に注記されるような。こうした企業努力によって問題をクリアできる余地もありそうですが……。
多くの企業が現在この課題に取り組んでいるように見えますが、そういった限定的な表記をしたがらない運営元も多いのが現状だとは思います。ユーザーの使い勝手が悪くなると利用数も伸びないでしょうし。

まだまだユーザーの多くが、AIを “チート技”として使いたいはずなので、「生成者がAIなのか人間なのかは曖昧にしておきたい」というのが、企業、そしてユーザーの現時点での本音ではないでしょうか? もちろんこれについては各社異なる取り組みをしているので、何とも言えませんね…。

これまでWebサービスにおけるコンテンツの著作権に関する取り決めは、通常、エンドユーザーの使用許諾契約書に基づいて実施されてきました。しかし、AIによる生成コンテンツの場合、この取り決めは著作権法との絡みでさらに複雑になる可能性があります。
状況も条件も複雑すぎて、一つのルールで運用するのは難しそうですね。
例えば、大手ストックフォト会社などによる、AI生成物の投稿を禁じる動きなどもありました。人間のクリエイティブ活動の阻害になるという声もありますし、現在の法律を基準に考えると権利関係が不明確であり、何か問題が発生してから投稿者を問い詰めても責任を取ってもらえないでしょうから。課題も多いのかなと思います。

一方で「著作権が問題となるコンテンツはAIの訓練データに含めない」と宣言する、新たな生成AIを発表する企業も登場してきました。こうやって、現時点で不明瞭な法律の解釈に対して、現場では安全策を講じながら新サービスを展開しているわけです。
なるほど…。クリエイターの話が出ましたが、そもそもAI生成物の元となる作品を生み出しているクリエイターにとっては、本当に “けしからん案件” だと思わずにはいられないのですが。
それはそのとおりですよね。まさにAI生成系サービスが急増した際に、実際にクリエイターから多く聞かれた意見です。「汗水たらしてつくった創作物が、AI 生成のためのデータトレーニングに利用されるなんて道徳的に考えて許せない」と。
生成系AIを活用するプラットフォーム自体、モノをつくらない人の発想ではないかという厳しい意見も数多くありました。
そうですね。現在の無法地帯においては、当然に出てくる感想だと思います。
文章や絵の才能がないと感じている人にとっては、AIツールを使うことでクリエイターと同じようにモノがつくれるようになるし、自分の名義で発表できる喜びや自尊心が得られます。

しかし一方で、ゼロから創作する能力のある人にとってみれば、不快な感情を抱くのも当然です。自分たちが礎になり築いてきた領域で、ラクに作品を作る方法を支援することへの疑問も理解できます。他者を引き上げてばかりいては、できる側の特別性は失われてしまいますし……。

兎にも角にも、 “つくりて” とはいったい何を指すのか? 利益を受け取るべき立場にあるのはいったい誰なのか? ひいては権利者は誰なのか…。生成AIツールがさらに進化することにより、創作者の権利、つまり、所有権や著作権に関連する問題もますます深まっていくでしょう。
クリエイターの端くれとして、先生がそういう気持ちでいてくださって安心しました。 素朴な疑問ですが、クリエイターとして自分の作品をAIに学習させないようにするための対策ってあるんでしょうか?
正直、それはなかなか難しい問題です。日本では情報解析について明文の規定があり、AIを学習させるためにデータを読み込むことは広範囲に認められています。すなわち「合法」とされているんです
クリエイター側は学習されるのも拒めない、ということなんですかね。
実は、日本は世界中で “AIに機械学習させるのに最適な国” と言われているぐらい、極端な言い方をすると、AIに餌を与えるための法律が緩いんです。

だから「機械学習は許さない」という意思表示は抑止力程度の効力しかありません。おそらく技術的にも禁止することは難しいですね。絵画や文章をネットに載せた途端、学習データとして利用されることはやむをえない状態です。
クリエイターは、ともすれば自分の作品を発表する機会すら奪われてしまいかねないじゃないかと心配です……。
本当にその通りで、クリエイターの萎縮は一番の懸念点です。
AIは今、世の中に既に出ているコンテンツから学習し、それを元により良い作品を生成しようとしています。しかしこのプロセスがクリエイターたちのやる気を低下させ、創造力を枯渇させてしまうなら、そこから先、人間の新しい発想は出てこなくなる恐れがあります。

生成AIはまったく何もないところから自動的にコンテンツを生成しているわけではありません。現在は主に人間によるアウトプットを学習した結果、高度な応用が行われています。将来的にはAIにプロンプトを与えなくても自発的に創作を始める可能性があると言われていますが、どうなのでしょうね。あくまで持論ですが、単調で予測可能なAI作品が増え続ける可能性がある一方、AI独自の表現方法が誕生し、洗練された作品が生まれるのかもしれません。

AI開発に関わる技術は日進月歩で発展していて、その成果物を保護しなくても良いのかという議論もあります。いずれにせよ、AIによる創作と人間の創造力は、法的な面でもバランスを取ることが重要だと思います。
このあたりも、今後は法律でカバーできるようになると良いですよね。
そうですね。クリエイターたちが創作に対するモチベーションを保つためには、AI の生成物と人間の創作物をどこかで線引きするルールメイクが必要だと考えています。あるいは、クリエイターたちが効果的にAIを使いこなす世界線が必要です。AI をツールと割り切り、作品創作のプロセスの一部とする、といったことでしょうか。とはいえ、クリエイターとAIが共存するには、やはり人間の気持ちとして「自分の作品が脅かされない安心感」が不可欠だと思っています

明るいニュースとしては、先ほどもお話しした「著作権の問題がない作品のみを読み込ませた生成AI」が登場するなど、クリエイターサイドに配慮した動きが以前よりも増しているのを感じます。
少し安心しました。そのような動きが広まるといいです。

待たれる法整備 日本の AI 法はどこへと向かうのか

インタビュー前編では、AI生成物の著作権に関して、アメリカの事例を教えていただきました。世界各国ではAIをどのような位置付けで見ているのでしょうか
敵なのか、味方なのか…? 国によって異なった解釈の検討がされたりしているのでしょうか?

なかなか面白い視点ですね。
興味深いのは、歴史的にみると国や文化によってAIやロボットに対する根本的な向き合い方が異なるということです。たとえば、アメリカではAIを使用人とみなす傾向が強い一方、日本ではAIを人間の友達のような存在として受け入れる場面が多くあります

「ドラえもん」や「AIBO」のようなロボットは、使用人や道具としてではなく友達、家族のような存在であり、人間同士のような感情的な結びつきも感じます。
まさに感情的な結びつきを得ることを目的としたロボットも、日本にはたくさんありますよね。

ところがこれを海外から見た場合、AI やロボットに対する考え方について、日本は特異な文化であると感じられることもあるようです。

「友だちとして扱うの? 信じられない」「人間同等の権利を与えるなんてありえない」と。そういった風潮が強い国では、AI の生成物に著作権を認めることのハードルはより高いとも言われていますが、実際はどうなのでしょうね。

これらの背景が、AI に権利を認めるかどうかに関する葛藤を生んでいる可能性がわずかでもあるとすれば、非常に面白いテーマだなと思います。
国によって捉え方が違うと、ますます面倒なことが起こりそうですね。
日本人が AI で生成した作品に対し、海外アーティストが「自分の作品だ」と主張したり……。
そうですね。機械学習をどこの国でするのか、サーバの所在地はどこでサービスをどこの国で展開するのか…。Web上で公開されることで利用行為地における国境が曖昧になるという問題もあります。

各国で足並みの揃った解決策が見つかっていないのが現状ですから、AIアプリを利用する前に、まずは運営会社の利用規約を読んでおくに越したことはありません。使いたい気持ちが先行してしまいがちですが、争いに巻き込まれないためにも、事前にルールを理解しておいてほしいです。

実は海外では『Stable Diffusion』や『Midjourney』などの画像生成AIが、著作権で保護されている画像を無断で使用したことを理由に、集団訴訟も起こされています。『ChatGPT』も同様で、学習データの透明性に関する問題から、著作権だけではなくプライバシーの侵害で集団訴訟の対象となっています。
日本の法整備については、方向性はもう見えているのでしょうか?
法整備を急ぐ国と比較すると、日本はやや慎重な姿勢を取っているようです。
一方で日本政府は、企業がAIを活用する際に必要な原理原則やガイドラインなどを公表しています。あくまでガイドラインなので、法的な拘束力はありませんが、会社や個人がどのような取り組みをすべきかを自主的に考える指針にはなると思います。

また、直近では内閣府が著作権法改正を求める団体にヒアリングを行うなど、現時点では法改正に向けたさまざまな意見について検討段階であると見られます。
海外での法整備はどうなのでしょうか?
たとえば EUでは「AI規制法」の発効が検討されており、最短で 2025年中に施行される見通しです。現時点では合意交渉が難航していて今年の年末まで協議継続の見通しがあるようですが、仮にこのAI規制が進めば、日本企業も無関係ではありません。日本国内でもさらに規制と法整備に関する議論が進展していくきっかけにもなるでしょう。

世界中の人々は、AIという便利なテクノロジーにすでに触れてしまいましたから、いきなり厳しい規制を受け入れろと言われても、心理的には一筋縄ではいかないかもしれませんね。第4次AI革命と言われる時代の分岐点、著作物とは何か、人間の創作とは何か、根幹に関わる議論の真っ只なので、整備や理解には時間がかかるのかもしれません。
先生、難しい話題を丁寧に解説していただき、本当に有難うございました!。

編集後記

今年最もホットなトピックといっても過言ではないほど、世界に大きな革新をもたらした生成系AI。しかし、特定の法令が無いことや機械学習に関する規制の緩さがさまざまな問題をもたらしています。現状起きているさまざまな問題、そしてそれを規制することの難しさーー。永沼先生から、議論のポイントとなる点を沢山教えていただきました。

技術の進歩に法整備が追い付いていないからこそ、AI ではなく人間だからこそ持ち得る「良心」「道徳心」に沿って、健全な利用に努めたいものです。

永沼先生には、今後も「メタバース」や「コンテンツの二次流通」など、テクノロジーによって変わる法改正の動きにもお答えいただく予定です。シリーズ記事をどうぞお見逃しなく…! 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

※本インタビューは、2023年2月、11月に行われた取材内容をもとに構成しております。
最新の動向や法的な観点については、各専門家に相談の上、適切にご判断ください。

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この記事を書いた人
香川妙美 山口県生まれ。音楽業界での就業を経て、2005年より自動車関連企業にて広報に従事。2013年、フリーランスに転身。カフェガイドムックの企画・執筆を振り出しに、現在までライターとして活動。学習情報メディア、広告系メディア等で執筆するほか、広報・PRの知見を活かし、各種レポートやプレスリリース、報道基礎資料の作成も手掛ける。IT企業・スタートアップ企業を対象とした、広報アドバイザーとしても活動中。