2026年9月24日

「不便なものを少しでも便利に」社員と育てる、丸兼林業のデジタル活用

紙の日報や手書きの記録が当たり前だった林業の現場で、モバイルアプリ作成ツール「Platio」を活用したDXを進める丸兼林業。三代目として代表を務める酒井陽平さんに、異業種から林業の世界に入ったからこそ見えた課題、デジタルを現場に根づかせるための工夫、そしてデータで描く林業の未来について伺いました。


山林で木を伐採し、搬出し、市場へ届ける —— 自然を相手にする林業の現場では、オフィスとは仕事の環境が大きく異なります。通信環境が限られる山の中で、紙の日報や手書きによる情報管理が長く続いてきた現場も少なくありません。

愛知県豊田市で素材生産を手掛ける丸兼林業有限会社も、かつては作業日報や重機への給油記録を紙で管理していました。 そんな現場を少しずつ変えてきたのが、三代目社長の酒井陽平さんです。

アステリアが提供するノーコードのモバイルアプリ作成ツール「Platio」を導入し、社員一人ひとりがスマートフォンから業務日報を入力する仕組みを構築。免税軽油の管理にも活用を広げ、月次の集計作業を約3時間から30分以下へ短縮しました。さらに現在は、Platioに蓄積されたデータを生成AIで可視化する、新たな取り組みにも挑戦しています。

■ Platio導入事例「社長が自ら作成した「免税軽油管理アプリ」で、使用実績報告工数を80%削減」https://plat.io/ja/case/marukanekikori

しかし酒井さんは、自らの取り組みを「改革」とは表現しません。「不便なものを便利にして、みんなが少しでも働きやすくなれば」—— そのシンプルな思いから始まった丸兼林業の現場DXについて、丸兼林業の代表を務める酒井氏と、Platioの導入をサポートしているアステリアの松浦氏に話を伺いました。

酒井 陽平(さかい・ようへい)氏|丸兼林業有限会社 代表取締役
大学卒業後、自動車ディーラーに勤務。その後、家業である丸兼林業に入り、2024年に代表取締役に就任。自身も山林の現場に立ちながら、通信環境の整備やPlatioを活用した業務のデジタル化など、より働きやすい林業の現場づくりを進めている。

三代目として林業の世界へ。「不便なものを、少しでも便利に」

今日はよろしくお願いします! まず酒井さんは、最初から林業の仕事をしようと考えていたわけではなかったそうですね。
はい。就職活動をしていた頃は、祖父の代から続いてきた会社を継ぐという選択肢は全く考えていませんでした。大学は広島だったのですが、地元に帰りたいとは思っていたので、愛知県の自動車ディーラーに就職しました。

ただそこで社会人として働いているうちに、「自分が三代目なのに、このまま親の代で会社をなくしてしまうのは残念だなあ」と思うようになって。それで、会社を継ぐことを決めました。当時の社長だった父からは「危険な仕事だし、別に儲かる仕事でもないから、やめておけ」と言われましたけど(笑)。
「林業そのものをやりたい」というよりは、「大事に守ってきた会社を残したい」という思いだったんですね。とはいえ実際に入ってみると、これまで働いてきた環境との違いはかなり感じたのではないでしょうか?
それはもう、すごく感じましたね。ディーラーでは、お客様の情報や車両の点検情報をネット上で確認したり登録したりすることが当たり前でした。でも林業の仕事では、日報なども含めて紙ベースのものがすごく多い。

最初は「現場仕事だから仕方ないのかな」と思う部分もありましたけど、不便だな、と感じることはたくさんありました。
もし自分が代表になったら「これは改革するぞ」というような強い気持ちがあったのでしょうか?
「改革」というほど強い気持ちではなくて、ただただ「不便なものを便利にしたい」というだけなんです。私がこの業界に入ったのは2022年頃ですが、林業は外仕事なので、夏は暑いし、冬は寒い。体力的にもきついし、大変だということを目の当たりにしました。だから、少しでも減らせる労力があるなら減らしたい。シンプルにそんな思いでしたね。

その後、2024年に代表取締役に就任しましたが、みんなが働きやすくなればいいな、という気持ちはずっと変わっていないです。

Platioを導入する前から、デジタル化に向けた取り組みはされていたんですよね。
はい。まず山の通信環境を整備したいと思い、Platioを導入する一年ほど前からStarlink(※)を導入していました。それまでは山に入ると、電波がほとんどない場所も多かったんですよ。

通信できる環境をつくったことで、その次に「スマホが使えるようになったから、今度は日報もアプリ化してみよう」という流れができましたね。

注釈※ Starlink(スターリンク)
米SpaceX社が提供する衛星インターネットサービス。地上の通信インフラが届きにくい山間部などでも、衛星を介してインターネット接続が可能。

通信環境を整えることは、単にデジタルツールを使うためだけでなく、働く環境そのものを良くすることにもつながりそうです。
そうですね。若い人からしたら、仕事の休憩時間にYouTubeが見られるなんて当たり前のことじゃないですか。でも、山の中ではこれまでできなかった。 そういう環境をひとつずつ整えていくことが、結果的に若い人の採用だったり、働きやすさにつながればいいなという思いもありますね。

現場に使ってもらうには、現場と一緒につくる

そうした一歩から、Platioを使った日報のデジタル化が始まったんですね。
ただ、これまで手書きで管理してきたものを、突然「今日からアプリで」と言っても、なかなか難しそうです……。
そうなんです。手書きのノートで管理していたので、一番考えたのは「どうしたらすんなり協力してもらえるか」ということでした。

実際に入力するのは社員なので、本人たちが納得してやってくれないと意味がない。そこで導入サポートをしてくれたNBCコンサルタンツの方や、アステリアの担当の松浦さんとも相談して、いきなり完成したアプリを社員のみんなに渡すのではなく、一度みんなで集まって、アプリそのものを触ってみるところから始めました。

そうそう、松浦さんにも、ワークショップの講師として来ていただきましたよね。
そうでしたね。さあ使いましょう! ではなく、「そもそもアプリって何なの?」というところから知ってもらおうと、あまり普段パソコンを使わない社員の皆さんにもパソコンの前に座ってもらって、簡単な日報アプリを実際につくって、動かしてもらいました。

「普段の仕事で困っていることは何ですか?」「それをアプリにするとしたら、どんなものができそうですか?」と考えてもらったりして。

最初はとても緊張されていた様子でしたが、皆さんすごく真面目に取り組んでくださって、ワークショップの中で書いていただいたシートを見ると、現場ならではのアイデアがたくさん出てきたんですよね。
なるほど! そうしたワークショップを通じて、日報だけではなく、ほかにもデジタル化できそうな業務を洗い出していったんですね。
そうですね。そこで出てきたものの一つが、免税軽油の管理でした。実はそれまでは、社用車にノートを置いて、どの機械に何リットル給油したか、何時間稼働したかを示すアワーメーターの数字を書いていました。

でも、現場から車に戻るのは昼休みか仕事終わりくらいです。その頃には数字を忘れてしまったり、書き漏れたり、数字を間違えてしまったりすることもあって……。

でもPlatioなら、その場で入力できますから、正確な数値が記録できます。もともとは日報アプリの作成から始まったプロジェクトでしたが、「ほかにもデータ化できるものはないかな?」とみんなで考えて生まれたものなんです。

もともと車内に置かれたノートに手書きする形で運用されていた、免税軽油の管理

実際、Platioの導入後は、免税軽油の月次集計が約3時間から30分以下になったと聞きました。これはものすごい効果ですよね。またアプリをつくるときには、使い続けてもらうための工夫もされたとか。
はい。とにかく自分で文字を入力するところをなるべく減らして、選択肢から選べるようにしました。どうしたら継続して入力してもらえるかは、すごく考えましたね。このあたりもワークショップでの体験が生かされたと思います。

「今日、どれくらい仕事した?」日報が変えた現場の会話

実際にPlatioを使った運用を始めて、一番大きかった変化は何でしたか?
やはり、数字を意識するようになったことですね。以前の紙の日報では、班長がみんなの分をまとめて書いていました。でも、アプリになってからは一人ひとりが自分で入力します。

そうすると、「今日、自分はどれくらい仕事したんだろう」と考えるようになる。まだ経験が浅い社員が、先輩に「今日の作業量はこのくらいでしたよね?」と確認するような会話も生まれました。そういった職場での変化はすごく良かったなと思っています。

単に「紙がアプリになった」のではなく、自分たちの仕事を数字で見るようになったんです。もちろん以前も数字がなかったわけではないんですけど、班長がまとめていたので。今は一人ひとりが入力することで、より確度の高い数字になりましたし、みんなが数字を意識するようになりました。

アプリの導入当初は「使ってもらえるか」を考えていたのが、今では社員の皆さんからアプリの改善案も出ているそうですね。
はい。「自分が入力したものを、一覧で見やすくしてほしい」とか。こちらが聞かなくても言ってくれることがあります。最初はなんとかお願いして使ってもらっていたのに、向こうから「アプリをこんな風にしてほしい」と言ってくれる。毎日の業務の中で、しっかり考えてくれているんだな、というのは大きな発見で、嬉しい変化でしたね。

一方で、例えば、危なかった出来事を共有する「ヒヤリハット」用のアプリもつくったのですが、これは単独のアプリとして運用するよりも、毎日書く日報の中に項目を入れた方が、みんな報告しやすくなるんじゃない? とか。そういう発見も運用しながら出てきましたよ。

実際に試してみて「違うな」とか「もっとこうしたほうがいい」と思ったらすぐに変えられる。アイディアや意見を反映して気軽に試せるというのも、ノーコードツールの良いところかなと思っています。
最初に完成形を決めてしまうのではなく、現場で使いながら自分たちの手で、使い勝手が良いように変えていくのですね。
そうですね。最近は、新しくレンタルした機械をアプリに登録するのを私が忘れていると、「この機械、アプリに入ってないですよ」と社員がすぐ指摘してくれるんです。

「アプリに見当たらないからまあいいや」と入力しないのではなく、問題に気づいて、「追加してください」とちゃんと言ってくれる。それは、スタッフが日報アプリでの報告の意味と重要性を理解しているからこそだなと。とても助かっています。

Platioの次は生成AI。データで描くこれからの林業

もともと「日報アプリ」から始まったプロジェクトですが、さまざまなデータが蓄積されてきたことで、さらなる取り組みも始まったと聞きました。
はい。今入力してもらっている日報の実績を、例えば1週間ごと、作業ごとに、「今どれくらい進んでいるか」が一目でわかるようにしたいと思っています。松浦さんにもアドバイスをもらいまして、今は生成AIの「Claude」を使ったダッシュボードづくりに取り組んでいるところです。
ものすごい進化ですね! 林業の現場に、生成AIまで活用されているとは。
もともと開発のきっかけは、酒井さんから「社員の皆さんが数字を意識するようになった、その先として、経営の数字を全社員で見られるようにしたい」という話が出たことでしたよね。

とはいえ、一般的なダッシュボードツールを本格的に導入しようとすると、中小企業にはコスト面のハードルもあります。だったら、今まさに活用が進む生成AIを使って、自分たちでつくってみたらどうだろう? と。酒井社長の熱意とリーダーシップ、協力的で活気のあるスタッフが揃う丸兼林業のみなさんならやれると思いました。

Platioを導入して便利になって終わり、ではなく、さらに「蓄積されたデータをどう使うか」というその次の段階にまで進んでいるのが、丸兼林業さんの素晴らしいところだと思います。
最初は「そこまでできるのかな?」という気持ちでしたが、松浦さんに手順書を作ってもらって、それを見ながらClaudeを使って、オリジナルダッシュボードの作成を進めています。最近はClaudeを触る機会も増え、「分からないことや困ったことはClaudeに聞こう」という習慣がついて、日常的に利用するようになりましたね。
お話を伺っていると、丸兼林業さんだけじゃなく、林業に関わるすべての企業で活用できそうなツールですよね。もちろん、データの活用も自社の枠だけには収まらなさそうです。
そうですね。林業の現場では、山から木を出して市場へ持っていき、そこで初めて正式な量が確定するものです。現場で把握している数字は、どうしても僕らの経験から出した推測の部分があって、市場で確定した数字が戻ってくるまでには1カ月くらいかかることもあります。

だから、例えば将来的には、僕らの出荷データを、トラック業者さんや市場とも共有できるようになれば、そのタイムラグをなくせるんじゃないかと思っています。それができたら、林業全体もかなり変わるんじゃないかと思っています。
本当に、自社の働きやすさのために始めた小さな一歩が、林業全体の働き方まで変えていく——。そんな未来を考えるとワクワクしますね。ダッシュボードの完成、楽しみにしています!

編集後記

今回の取材で印象に残ったのは、酒井さんが自らの取り組みを「DX」や「改革」といった大きな言葉では語らなかったことでした。 「不便なものを便利にしたい」「働く人の負担を少しでも減らして生き生きと働きたい」。そんな目の前の課題から、通信環境を整え、社員と一緒にアプリをつくり、使いながら改善する。すると、今度は現場から「もっとこうしたい」という声が上がり始める。

新しいテクノロジーありきではなく、現場の人と会話しながら、一つひとつ「できること」を増やしていく。その積み重ねこそが、テクノロジーを本当の意味で現場に根づかせる秘訣なのかもしれません。

丸兼林業から始まった変化が、これから林業という産業の中でどう広がっていくのか。次の展開も楽しみです。

関連リンク

・丸兼林業有限会社 公式サイト https://marukane-ringyo.co.jp/
・丸兼林業 Instagram https://www.instagram.com/marukanekikori/
・Platio導入事例「社長が自ら作成した「免税軽油管理アプリ」で、使用実績報告工数を80%削減」https://plat.io/ja/case/marukanekikori

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この記事を書いた人
田中 伶 アステリア株式会社 コミュニケーション本部・メディアプランナー。 教育系のスタートアップでPRや法人向けの新規事業立ち上げを経験。話題のビジネス書や経営学書を初心者向けにやさしく紹介するオンラインサロンを約5年運営するなど、難しいことをやわらかく、平たく解説するのが得意。台湾情報ウェブメディア編集長も務める。