2023年9月7日

VRとAIで医療をアップデート。Holoeyes 杉本真樹さんが導く、医療現場の真の改革【後編】

臨床医療、医療教育のためのVRソフトを提供する Holoeyes 代表の杉本真樹さんに、これからのビジョンやVRやAIを活用した医療の可能性、さらにアステリアとの親和性についても伺いました。


自身が現役の外科医という立場でありながら、スタートアップの代表として医療業界に変革をもたらしていく。医療イノベーターとして注目される代表の杉本真樹さんに、サービス立ち上げのきっかけや、VRやAIを活用した医療の可能性について伺いました。

前編記事は こちら よりご覧ください。

杉本 真樹(すぎもと・まき)氏
帝京大学 冲永総合研究所 Innovation Lab 教授
Holoeyes株式会社 代表取締役 CEO(最高経営責任者)、CMO(最高医療責任者)

医師、医学博士。医療画像解析、XR (Extended reality) 仮想現実(VR)/拡張現実(AR)/複合現実(MR)、手術ナビゲーションシステム、 3Dプリンターによる生体質感造形、遠隔医療、オンライン診療、医療医学教育などでの新規的先端技術開発を行っている。 自らも開発に携わった医用画像解析アプリケーション DICOM viewer OsiriXの公認OsiriX Ambassadorである。次世代低侵襲手術や手術支援ロボットなど医療機器や医療システム先端分野の研究を行っている。また、医療・工学分野での先端技術の研究開発、医療機器開発、医工産学連携、医療ビジネスコンサルティング、知的財産戦略支援などを通じ、科学教育、若手人材育成を行っている。

ポリゴン化した臓器をデータベース化!? 医療×AIに見る、無限の可能性

田中伶
インタビュー前編では、創業のきっかけやVRを活用した医療の可能性についてお話を伺いました。Holoeyesを通じた次なる挑戦として、杉本さんが目指していることはありますか?
杉本真樹
VRやAIを活用した業界の変革として、いま目指しているのは、患者の3DCGデータをすべて匿名にした上で、データベース化するということです。
田中伶
患者データのデータベース化! それは医療の現場において、おそらく最も期待されている改革になるのでは…。でもそんなことが可能なんですか? それに近いものって、すでにあったりするんでしょうか。
杉本真樹
現在、医療におけるデータベースというのは存在しません。
電子カルテのデータはあっても、レントゲンのデータはバラバラに取られていますし、均一化されている情報はないですね。また昔から言われていることですが、患者の医療情報、特にがんになった人の経過というのは非常に貴重なデータではあるものの、 レントゲンやCT画像は、個人を特定できる情報が沢山入っているので一般に流通することはありません。
田中伶
それをHoloeyesがデータベース化できる理由って、、、。
杉本真樹
鍵になるのが、臓器をポリゴン化したデータにすることです。
ポリゴンに変換したあとのデータしかサーバーに上げられないようにすれば、単体の臓器のデータから個人を特定することはできないんです。

ただ、この臓器の持ち主は、40代の男性で膵臓(すいぞう)がんで手術をした人である、というような情報は、医師のメモとともに残すことができます。人物の特定はできなくとも、臨床データとしては非常に有効なデータです。患者さんの同意があれば、いくらでも利用・流通ができ、商用利用も可能なんです。

田中伶
商用利用もできるんですか…!
杉本真樹
過去の膨大な天気データベースを分析して予測する天気予報と同様に、同じような症状を持つ患者さんのポリゴンデータを、医者のコメントとあわせて見れば、手術をするときにここまで切ったら安全とか、それ以上切ったら出血するというような予想もできてくると思います。

これは、いま日本でも「プレシジョン・メディシン(精密医療)」として注目されている分野です。患者さんの医療から得られた情報、特にゲノムの情報は、別の患者の予測に利用できるようになっています。AI医療機器の認証もどんどん進んでいるんです。
田中伶
なるほど。そうなると、AIや、話題のジェネレーティブAIの医療展開も可能性がありそうですね。
杉本真樹
それが Holoeyes の次なる展開、ですね。もともとは「医者を助けたい」という考えから創業しましたが、「Holoeyes MD」という製品で医療機器の認証を取って以来、「医療そのものを助けられるのではないか」ということに気づきました。
田中伶
杉本さんのお話を聞いていると、そう遠くない未来に運用できそうな気もしますが…。
杉本真樹
僕らもまだスタートしたばかりなので、具体的なスケジュールというのは分からないですね。ただ、こういうものは世の中の進歩と同時に優位性が見えてくると思っていて、非常に可能性を感じています。

必要なのは「アウェアネス」。医療 × VR・AI で、私たちの日常はどう変化する?

田中伶
医療現場でVRを使うことに対して、現場の反応は変わりつつありますか?
杉本真樹
VR を使うこと自体は徐々にスタンダードになりつつあると思っています。
2~3年くらい前までは、そもそも「そのゴーグルなに?」という状況でしたし、実際に使ってみても「VRって凄いね! 面白いね!」という感想で終了、となっていました。

最近になってようやく、患者にとってなぜVRがいいのか? ということが具体的になってきました。コンシューマー側も「肝臓の手術の門脈のがんとの境を知るには、後ろから見ると良いんですよ」みたいに、具体的な臨床での活用法が言えるようになっています。

VRを使っていない医師からも、「がんの裏側は見えますか?」「血管の分岐も描画できますか?」といった、臨床で活用する前提での具体的な質問が増えてきました。フェーズは数年前とは随分変わっていて、手応えを感じていますね。

田中伶
素朴な疑問なのですが…。一患者という立場からすると、VRやAIが当たり前になるメリットって、病気の発見が早くなるということなんでしょうか。先生の立場から見て、一般的な人たちの日常はどんなふうに変わると思いますか?
杉本真樹
意外と気づかれていない大きな変化は、”自分の医療データを人に見せられるようになる” ってことじゃないでしょうか。
田中伶
自分の医療データ!? 人に見せたくなるものなんですかね…?
杉本真樹
そもそも今まで、皆さんが病院で得た情報とか検査のデータって、人に見せることはあまりないし、たとえ見せたとしてもよく分からなかったんですね。それが VRゴーグルやスマホで誰でも3DCGで見られるとなると、なぜか人に見せたくなるんです。健康な人はそうは思わないんですけど、病気になった人とかね。

僕も、過去に唇のがんになってオペをされたんです。そうすると、こんながんになるから危ないよって周りの人に見せることができる。これを克服したんだ、と経験も語れる。するとどうなるか。見た人が、ビビるんですよ。
田中伶
たしかにものすごいリアリティがありますね…。数値のデータを見てもピンとこないけど、実際の身体の中身が目の前にあったら、、、。
杉本真樹
この ”ビビる” という体験は、病気を予防する上ではとても重要なんです。たばこを吸って肺がんになって亡くなった友人がいたら、自分はたばこやめようと思いますよね。医療においては「アウェアネス」とも呼ばれています。

以前、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を啓発する「アイス・バケツ・チャレンジ」ってありましたよね。氷水をかぶるやつ。あれはまさに、アウェアネス、気付かせる、認識させるという意味ですごく価値があったんですよ。有名な人が氷水をかぶって、みんながそれを見て、なんでやってるんだ? って調べたら、病名にたどり着く。じゃあ募金をしてみようかって。実際に多額の募金が集まって、ひとつ遺伝子が解析されたという結果も出ています。

田中伶
気をつけよう、予防しよう、と自分ごとにすることが重要なんですね。
杉本真樹
がんになった人が自分のがんをみんなに見せるようになったり、家族の間で呼びかけたり。病気の啓発は予防に直結します。みんな、病気になるのを待っちゃいけないんです。早期発見と呼ばれる時点で、もう病気になっているってことですから。

先に察知できたり、ならないように生活習慣を変えられたり。健康で、病気にならない身体を作っていくのが究極の医療です。一般の人が「Holoeyes」のような製品を手にするようになることで、自立して、誰もが健康を意識して管理できるようになる。そうなると、将来的には医者がいらなくなりますよね。

僕らの医者の知識や経験を、一般の人にも経験してもらいたいし、それこそ自宅にロボットがあったら、自宅で手術ができるようになるのかもしれない。それくらい身近な単位で医療が完結したらいいな、と。病院に行かなくてもいい、医者に相談しなくてもいい、というような世界を夢見ています。

医者のいない世界は、すでにメタバースにある

田中伶
医者のいらない世界…! 究極のゴールですね。
杉本真樹
そういえば、少し前に 一般社団法人 Metaverse Japan という団体で対談をしたのですが、慶應義塾大学医学部教授の宮田裕章さんと「メタバースには病気をしない世界がある」という話で盛り上がりました。

元の体がどうあれ、メタバース空間では身体も好きなように作り替えられるし、手が何本でも目が何個でも。いくらでもできちゃう。医者のいらない世界って、もうメタバースにはあるじゃん! と。
田中伶
言われてみれば確かに。アバターは病気にはならないですもんね。
杉本真樹
健常者でも、障害を持っている方でも、メタバース空間で同じように活躍できるし、身体の障害も、心の障害も、メタバースではハンディキャップを意識しない世界がある。それってつまり、もう病気を克服している世界になっているんじゃないかと思うんです

医者のいらない世界の一部は既にメタバースで始まっていますし、すでに皆さんの手で作られているんじゃないかなと思います。

田中伶
確かに、、、。
そういう発想でメタバースを見たことはなかったです。面白いですね。
杉本真樹
Holoeyes という会社は、そういう世界を目指したいなって思っているんです。社員はもちろん、Holoeyesを使ったユーザー、医者、それによって恩恵を受ける患者さんたち、健康な人たち…。Holoeyesを取り巻くエコシステムの中で、みんなが新しい世界を描き、病気のない世界、健康を増進できるような世界を作っていくことができる。そんな会社を目指したいと思っています。
田中伶
ありがとうございます。最後に、今回、アステリアとの出資関係もあり、これからアステリアとの親和性として、期待されているようなことがあれば教えていただけますか。
杉本真樹
はい。AIの部分は非常に大きいと思っているし、データベースのプラットフォームやグローバルな展開など、アステリアとは非常に親和性が高いと期待しています。今後のこのデータベース活用、クラウドの海外展開、もしかしたらWeb3に及ぶことも。まだ我々がやっていない未来の部分で、さまざまな連携ができたらなと。

僕たちが扱っているのは医療情報とはいえ、画像だったり、意外と扱いやすいものなんです。すごく価値のある情報なのに、うまく生かされていない。この状況に対して、僕らの強みと、アステリアの強みがうまく融合されるようなことがあればいいなと強く感じています。
田中伶
これからが楽しみです!
本日は非常に濃いお話を伺わせていただき、有難うございました!

アステリアの投資専門子会社「Asteria Vision Fund」Managing Director 吉田晋司と

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この記事を書いた人
田中 伶 アステリア株式会社 コミュニケーション本部・メディアプランナー。 教育系のスタートアップでPRや法人向けの新規事業立ち上げを経験。話題のビジネス書や経営学書を初心者向けにやさしく紹介するオンラインサロンを約5年運営するなど、難しいことをやわらかく、平たく解説するのが得意。台湾情報ウェブメディア編集長も務める。