2023年8月29日

VRとAIで医療をアップデート。Holoeyes 杉本真樹さんが導く、医療現場の真の改革【前編】

臨床医療、医療教育のためのVRソフトを提供する Holoeyes(ホロアイズ)株式会社。代表の杉本真樹さんは、現役の外科医という立場でありながら、スタートアップの代表として医療業界に変革をもたらしています。サービス立ち上げのきっかけや、VRやAIを活用した医療の可能性について伺いました。


医師が、VRゴーグルを装着しながら手術を行う。
その空間に映し出されているのは、患者の臓器が3DCGでポリゴン化された映像。医師たちはVRゴーグルを通して、今目の前にある人体の奥や裏側にある、臓器や血管などの緻密な情報を見ながら、正確に手術を行う ーーー。

そんな光景を当たり前のものとしているのが、臨床医療、医療教育のためのVRソフトを提供する Holoeyes(ホロアイズ)株式会社 です。人体のCT・MRI検査で得られた3DCGのデータを三次元的に体験することができる「Holoeyes MD」は、2020年に医療機器としての認証を取り、医療行為が行われるさまざまな機関で活用されています。

こちらが、Holoeyesのソフトウェアが搭載されたVRゴーグルの数々。

シースルータイプのVRゴーグルは、手術を行う際など、現実を見ながらの作業が必要とされる場面で重宝されているそう。また、完全に視界がVR映像で覆われるパススルータイプのVRゴーグルは、遠隔でのカンファレンスや、その場にいない人たちと同じ情報を共有する際など、コンテンツに没入したいケースで活用されています。

自身が現役の外科医という立場でありながら、スタートアップの代表として医療業界に変革をもたらしていく。医療イノベーターとして注目される代表の杉本真樹さんに、サービス立ち上げのきっかけや、VRやAIを活用した医療の可能性について伺いました。

杉本 真樹(すぎもと・まき)氏
帝京大学 冲永総合研究所 Innovation Lab 教授
Holoeyes株式会社 代表取締役 CEO(最高経営責任者)、CMO(最高医療責任者)

医師、医学博士。医療画像解析、XR (Extended reality) 仮想現実(VR)/拡張現実(AR)/複合現実(MR)、手術ナビゲーションシステム、 3Dプリンターによる生体質感造形、遠隔医療、オンライン診療、医療医学教育などでの新規的先端技術開発を行っている。 自らも開発に携わった医用画像解析アプリケーション DICOM viewer OsiriXの公認OsiriX Ambassadorである。次世代低侵襲手術や手術支援ロボットなど医療機器や医療システム先端分野の研究を行っている。また、医療・工学分野での先端技術の研究開発、医療機器開発、医工産学連携、医療ビジネスコンサルティング、知的財産戦略支援などを通じ、科学教育、若手人材の育成を行っている。

地方病院で肌で感じた非効率さが、変革のきっかけに

田中伶
VRゴーグルを着用しながらのオペ、というのは、世界的に見てもまだまだ画期的に映るものだと感じます。杉本先生が医師として働きながら、最先端の技術を積極的に取り入れようと感じたきっかけはあるのでしょうか。
杉本真樹
もともとコンピューターが熱狂的に好きな学生ではあったのですが、特に大きなきっかけになったのは、研修医時代を過ごした帝京大学の大学病院から、千葉の市原市にある病院への出向でした。そこで、地域の医療というものを肌身で体験したんです。

2000年代始めはいわゆる「医療崩壊」という言葉がメディアで取り沙汰されている時期で、私も毎日外来で270人以上もの患者を診たり、高齢者の訪問診療をしたりしていました。とにかく漫然と作業するしかない状況に、医師は疲れきっている。いかに非効率かを目の当たりにしたんです。
田中伶
そこで、パソコンや技術の力をもっと活用できると感じたんですね。
杉本真樹
大掛かりな医療設備がなくても、パソコン一台あれば色々できるのに、と常々感じていました。ローコストで最大の効果を得るのがコンピューターだろうと。

特に「医療画像」ですね。当時はレントゲンひとつ管理するのも、重いフィルムを倉庫から取り出して… としていましたから。CTやMRI、超音波の画像を電子化してパソコンで見れるようになるだけで、現場はかなり効率化するだろうと。そう感じていた頃に、僕のターニングポイントでもある「OsiriX(オザイリクス)※1」というサービスとの出会いがありました。

(注釈※1)OsiriX
スイスのジュネーブ大学で開発された、Mac OS X上で動作する医用画像ビューアシステム

田中伶
CI画像を3次元にするソフトウェアですね。
杉本真樹
それまで病院で何百万円もするようなソフトでしか作れなかった3次元画像を、自分のパソコンで作れるなんて、と非常に感動しました。これを手術室で見たらどうだろうって、手術室に持ち込んで手術をしてみたら、なんというか、カーナビが手に入ったような気分でした。手術が効率化できたし、なにより若い人に教えやすくなったんです。

それまで「そこは違う」と言っても伝わらなかったことが、Macのパソコン一台を置くだけで、頭の中で考えていることをみんなでその場で共有できる。これだ! と思いました。2003年の出来事です。

3次元モデルの導入で効率化されたことで、僕の手術の時間は短くなるし、若い人も早く家に帰れるし、徐々に「これはいいね」ってみんなが気付くようになって、医者に活気が戻ったんですよ。モチベーションが上がるというか。
田中伶
効率化の一歩を踏み出して、現場での働き方も変わっていったのでしょうか。
杉本真樹
そうですね。それまでは医師も看護師さんたちも、古い業務しか知らないし改善するという選択肢も全くなかったのですが、ちょうどその頃に、新しく東京から来た研修医が僕らの地方医療のあり方を見て「これはスタンダードですか」とカンファレンスで鋭い質問をしてきたんですよ。

「スタンダードというのは、ローカルなスタンダードと、グローバルなスタンダードがあると思います。今我々が教わっているのは、ローカルスタンダードですか、それともグローバルなスタンダードですか?」と。なかなか鋭い質問だなあと。

思い返せば、僕も赴任してきた頃、うちの病院はこうやってやってますと教わって、「非効率だけどしょうがないな」と思いながらやっていました。若い研修医のその一言に僕らも目が覚めて、その研修医と一緒に業務改革に取り組みました。
田中伶
当時の業務改革の経験が、今の「Holoeyes」に繋がっているのですね。
杉本真樹
医者たちがそういうモチベーションを持たないと、医療は良くならないだろうと。非効率だったことは全部やめようと決めて、患者さんのカルテも電子に変えました。看護師さんたちも、確かにこれは便利だと徐々に気づいてくれて。こういうのはどれだけ言葉で説得してもダメなんですね(笑)。結果を出さないと納得できないものです。

あとは、医療の現場ではどれくらいデジタル化が進んでいるのか、グローバルスタンダードについても調べましたね。海外事例も積極的に導入して、学会や論文などで評価してもらった結果も、病院のニュースでどんどん流すようにしました。

現場が変わっていることは周りでも話題になり、今度は看護師さんや師長さんたちも「これはすごいね」「私たちもやりたい」って逆に声をかけてくれるようになりました。新しいことを始めるにあたっては、結果を出して、味方を作るのが早いって。そうやってスタンダードを作っていくんだなと、田舎の病院で感じましたね。

医療行為において重要な “奥行き” という情報

田中伶
Holoeyesの製品コンセプトに共通している ”臓器の3DCG映像をVRで見る” ということのメリットについて、改めて、教えていただけますか。
杉本真樹
現在は、世の中がみんな平面ディスプレイを標準と考えていますよね。スマホもテレビも、パソコンもタブレットも映画館もそうですね。だけど考えてみたら、周り側に実はデータっていうのはあるはずだし、現実ってそうじゃないですか。あとは、どんなに三次元画像を作ったとしても、それを平面のディスプレイで見ていたら、奥行きというものが感じられません。

立体感がなければ、奥の血管を傷つけてしまうとか、奥にあるがんを取り残してしまって再発してしまうとか…。さまざまな問題があるので、僕らはずっと「奥行き」の情報が欲しかったんです。それをするには人間の2つの目を使って、2個分のデータを見ないといけない。これが立体視と呼ばれるものです。

CTやMRTの画像を、最初は ”赤青メガネ” をかけて見たりしていました。周りから見ると滑稽なんですけど、自分たちは真剣にそうやって研究していましたね。そのうち、カラーとカラーで少しずらせば 3Dに見える、という技術が出てきました。実際にやってみたら、手術中でもすごく分かりやすいし、若手がコツを掴んでベテランになるスピードがかなり早くなったんです。
田中伶
3Dで奥行きも含めた情報を知ることで、医療としてのスキルも身についたということですか…!
杉本真樹
よくパズルで例えるんですが、答えを先に見たほうが、問題って解きやすいですよね。患者さんの内臓などの情報も、VRで立体的に体験してからCT検査の輪切り画像やレントゲンの平面画像を見ると、その画像の立体先、つまり「答え」になるものが分かっているのでより理解しやすくなるんです。

今までの医療教育では「CTの輪切り画像から3Dを想像できるのがベテラン」なんて言われていましたが、それはむしろとても非効率だと気づきました。
田中伶
先に全体像を見てから、細部をCTやレントゲンで確認するんですね。
杉本真樹
はい。自分の手術でそれをやっていたら、周りの医師からが「それいくら?」「どこで買えるの?」なんて聞かれて。これはビジネスになるなと。毎回依頼されるごとにエンジニアと3DCG画像を作っていたのですが、それでは大変なので、自動化できないかと。そこでクラウドサービスにしたのが Holoeyes の最初の一歩でした。

一部の “神の手” と言われるような技術は、その人がいなくなったら技術ごと消えてしまいます。だけど、田舎の研修医でも、最高の技術を最初から使えば、技術全体の底上げにもなるし、ベテランになるスピードも早くなる。教える立場でも、教わる立場でも、効率が上がるんですよ。これが理想のかたちだと信じて、事業に取り組んでいます。

VR機器を使う合理性、Web3と交わる世界

田中伶
ここ最近はVRデバイスの発展も非常に盛り上がっていて、Holoeyesにとってまさに追い風ですよね。デバイスが多様化、技術的にも進化することで、ソフトウェアもより使いやすくなってくると思います。
杉本真樹
そうですね。VRといえばゲーム、と思われていた時代もあると思います。
そもそもVR医療機器というカテゴリはいまだにありませんし、果たしてこれが本当に医療機器として承認されるのか、医療現場で本当に使えるのか、というのはものすごくバッシングもありましたし、受け入れられるまで時間もかかりました。

でも、実はVRデバイスには、ゲームの技術ゆえのメリットがあって。それは安全性が担保されていることなんです。特にアクションゲームなんかは、みんな無茶して使うんですよ。ユーザーが思いっきり振るようになったからリモコンにストラップが付くようになったりとか、安全性に対する配慮はゲームから発達することが多いんです。

田中伶
確かに! 子どもたちや若い人がどんどん使うので、技術革新がすごく早いですよね。普及するスピードも速いし、あらゆるリスクを考えて世に出ているはず…。
杉本真樹
仮にデバイスが医療機器として出されていたら、誰もが安全に使うだろうし、デバイス自体は進化しなかったと思うんですよ。最初はゲームで広がった。だからこそ、素早くユーザーを獲得して、安く作れるようになったし、完成度が非常に高いものになった。そうして完成したVRゴーグルを、我々が医療で使うっていうのは合理的なんです。

”お金のない病院でも最高の技術の恩恵を得られる” というのは、僕が「OsiriX」と出会ったときから変わらないコンセプトですし、それが今の会社の根幹にもなっています。
田中伶
新人でもベテランでも、まずは誰でも使えるようにしないと意味がないということですね。VRゴーグルがなくても、スマホで気軽に利用できる「Holoeyes Edu」を提供されているのもそういった理由なんでしょうか。
杉本真樹
そうですね。「Holoeys Edu」は、VRゴーグルが高くて買えない学生でもスマホで使えること、そして教師による教材コンテンツ作成を同時に叶えるサービスです。この ”教材を自分で作ることができる” というのは、いわゆる「Web3」「分散」といった時代の潮流においても重要だと考えています。

ベテラン医師の手術での手の動きや、ナレーションをクラウド上に記録することで、別の人がそれを追体験できる。「Holoeyes Edu」はVR空間上に時系列で動きを記録するので、空中で動いている記録を、身体で追いかけながら、体験ごと共有できるんです。

田中伶
VS(バーチャルセッション)と呼んでいるオプション機能ですね。
杉本真樹
はい。ユーザーがデータを自分で管理できるようになるし、オリジナルのコンテンツを自分たちで売ったり、シェアしたりと価値付けができる。これはまさに「Web3」だと思っていて、僕らがコンテンツをすべて管理する必要はないんです。

むしろコンシューマーが、僕らが思い描く以上のものを生んでくれるという自律性。これこそがオープンソースであることの醍醐味だと思っています。

ーーー

VRとAIで医療をアップデートする、Holoeyes 杉本氏に迫るインタビューは、後編記事に続きます。ぜひこちらもあわせてご覧ください!

関連リンク

・Holoeyes株式会社 Webサイト https://holoeyes.jp/

この記事がよかったら「いいね!」
この記事を書いた人
田中 伶 アステリア株式会社 コミュニケーション本部・メディアプランナー。 教育系のスタートアップでPRや法人向けの新規事業立ち上げを経験。話題のビジネス書や経営学書を初心者向けにやさしく紹介するオンラインサロンを約5年運営するなど、難しいことをやわらかく、平たく解説するのが得意。台湾情報ウェブメディア編集長も務める。