2024年11月15日

国内唯一のガバクラ提供事業者さくらインターネット前田取締役に訊く、同社が広げる壮大な未来地図

IT業界のリーディングカンパニーとして、常に時代の先を行くさくらインターネット。その背景には綿密な計画と先見性、そして日本の企業としての矜持がありました。取締役の前田章博氏に、ガバメントクラウドはもちろん、米・エヌビディアの高性能GPUを用いた生成AI向けクラウドサービス『高火力』シリーズのこと、その需要を見据えて立ち上げた石狩データセンターの取り組みまで、さまざまにお話を伺いました。


ホスティングサーバーサービスの草分け的存在であり、現在はクラウドサービス事業を中心に展開するさくらインターネット株式会社。日本のインターネット草創期からIT業界の発展に貢献し続ける同社は2023年、国産事業者初となる、ガバメントクラウドサービス提供事業者の認定(※)をデジタル庁から受けています。

(※)2025年度末までに技術要件をすべて満たすことを前提とした条件付きの認定

ガバメントクラウドとは、省庁や自治体が利用する共通のクラウド環境のこと。調達基準の一律化を行うことで、安全安心、かつ高品質なクラウドサービスを適正コストで利用するための取り組みです。

今回は同社取締役 前田章博氏をお迎えし、ガバメントクラウドはもちろん、米・エヌビディアの高性能GPUを用いた生成AI向けクラウドサービス『高火力』シリーズのこと、その需要を見据えて立ち上げた石狩データセンターの取り組みまで、さまざまにお話を伺いました。

さくらインターネット株式会社 取締役|前田章博(まえだ・あきひろ)氏
北海道札幌市出身。IT企業を経て2008年に「ITで、こまったを、よかったに。」をミッションとするビットスター株式会社を札幌に創業。現在はビットスター代表取締役、さくらインターネット取締役をはじめ複数のIT企業の役員を兼務。地域活動では札幌のクリエイティブカンファレンスであるNoMaps実行委員会委員として参画。IT×地域で色々な取り組みをしながら現在も札幌に在住しながら活動を続ける。

前田氏に訊く、ガバクラ認定の舞台裏

本日は宜しくお願いいたします!
早速ですが、まずは日本の企業として初めてガバメントクラウドサービス提供事業者に認定された(※)というニュースから始めたいと思います。いまのお気持ちを聞かせてください。

(※)2025年度末までに技術要件をすべて満たすことを前提とした条件付きの認定
ガバメントクラウドに関しては、これまでアマゾンやマイクロソフトをはじめとするアメリカの製品が認定されており、国産企業は一つもない状態でした。そんななか、2023年度にデジタル庁が募集した「ガバメントクラウド整備のためのクラウドサービス」の認定を当社が受けることになりました。ただし、現在は仮認定で、2025年度末までにすべての技術要件を満たすことが前提になっています。

そういう意味で、私たちとしては高い緊張感がありながらも同時に国家プロジェクトの一端を担っているという意識を持っているんです。
本プロジェクトについては、外資のサービスが独占していた領域に御社が切り込んだ格好ですが、認定の決め手は何だったと考えていますか?
ソフトウェアのサービス基盤を提供する日本企業は数多ありますが、当社の場合、海外から仕入れて売るのではなく、ソフトウェアからハードウェアまで全部自作しています。そして何かあったときのために代替性を担保できる体制も整っており、解決に向けて動くことができます。

つまり、価値提供を自ら行えることが強みであり、それが採択の要因だったのかなと理解しています。替えの効かない部分に対応できる仕組みを有することは、サービス基盤を提供する者の責任だと思っています。

政府基準を満たすことで「さくらの安心」を世の中に伝えたい

採択後は株価が急騰するなど影響も大きかったと思いますが、その前後で事業戦略など会社方針を大きく変えた点はありますか?
実はこの方針については4年近く前に決まっていましたが、その後「条件付き認定」をいただいたことで、想定よりも1年早く計画を進めることができました。これは「あなたたちのことを信じているよ」という国からのメッセージとして受け止めています。
社内の様子はいかがですか? 社員の皆さんの雰囲気が変わったりとか……。
やっぱり変わりましたね。背中がピシってなったようなイメージがあります。
加えて、採用にも良い影響があったかなと。これまで外資のIT企業が重宝されていたところから「ついに日本人も立ち上がったのか!」と、業界の皆さんの侍魂に火が付いたようにも感じますし、その結果、多くの実力のある方にエントリーしていただいています。
社内外に新たな熱が生まれていることをうかがえます。
今後の方向性を含めて、将来的にどのように発展させていこうと考えられているのでしょうか?
私たちは政府のお仕事だけがしたくてガバメントクラウドに名乗りを上げたのではなく、政府の基準をしっかり満たすことで、日本の企業各社から“安心して使えるシステム”として認知されることをねらいとしているんです

いままでは民間のお客様に向けた機能開発がテーマでしたが、「本認定を受けるためのハードルを超えます!」と政府と約束したことによって、全社員がワンパーパスで動き実際に達成することが、私たちの短期的なビジョンです。

実際、現在デジタル庁のウェブサイトでは「さくらのクラウド」の開発計画の進捗状況について非常に細かく公開されています。今何をやっているのか、これから何をやるのか……。きちんと約束が果たせるのか、全国民に見守られているような感覚ですね。
こんなに具体的に公開されているんですね! 中長期の目標としてはどうでしょうか。
現在、円安もあって日本のデジタル貿易赤字は数年後には7、8兆円になるとも言われています。これはエネルギーの調達金額と変わらない規模であり、今後ますます大きな課題になると危惧されています。こうしたなか、さくらインターネットがどこかの領域で日本を代表する企業になれないかと考えを巡らせた結果、私たち自体が輸出企業になっていく、という解にたどりつきました

まずは国内で私たちの製品を使っていただくことで貿易赤字額を減らし、さらには海外輸出を行うことで貿易黒字を生み出すことを担っていきたいと思っています。
グローバルに向けた展開も、すでに具体的に描かれているのですか?
そうですね。たとえば、最近では米国のデータセンター事業者であるエクイニクス社の日本法人と業務提供し、アジア進出を企図した基本合意書を締結しています。とはいえ私たちは、単純に海外志向なのではなく、「貿易赤字解消」という大きなテーマに挑みたいこと、グーグルやマイクロソフト、アマゾンだけでない新しい世界観のサービスを世の中に提案したい思いの方が強いです。
なるほど……! 今後は、他の企業と一緒に取り組む可能性もありますか?
「ガバメントクラウドの国産事業者は、私たちだけです」と言えると、当社としては美味しいかもしれません(笑)。しかし、これは一市民として見たらまずいことですよね。

一社で独占するつもりはなく、むしろ数社で切磋琢磨して、「日本の国の基盤ってかなりいいよね」と言われるものをつくり、世界で引く手あまたになるストーリーのほうが、国にとっても私たちにとってもいいんですよね。

ですから、2社目、3社目の企業さんの登場が待ち遠しいです。
そうなったら、一緒に取り組んでいけるといいですよね。

勢いづく日本の生成AI市場をクラウドサービスで力強く支える

次のテーマに移りますが、2024年1月から米・エヌビディア社の高性能GPUを用いた生成AI向けクラウドサービスの提供を始めています。『高火力』シリーズと銘打つこのサービス、どのようなものなのでしょうか?

■さくらインターネット、NVIDIA H100 GPUを搭載した生成AI向けクラウドサービス「高火力」の第一弾を2024年1月31日より提供開始
https://www.sakura.ad.jp/corporate/information/newsreleases/2024/01/24/1968214844/
サービスの成り立ちからお話すると、私たちは従前から「クラウド」と、「専用サーバー」をお貸しするビジネスをしていますが、そのなかでいわゆるGPU(グラフィックス・プロセシング・ユニット)と呼ばれる、画像処理に特化したサーバーが欲しいという声が聞こえるようになりました。

GPUは行列処理が得意なので、同じく行列計算であるAIの計算にも向いているんですね。こうしたニーズがAIの開発が進むにつれ、出てきたのです。

AI自体は2016~17年辺りに一度大きなムーブメントが、そして、一昨年辺りからChatGPTに代表されるLLM(大規模言語モデル)と呼ばれる学習モデル――
これも行列計算の塊ですが、人間のパワーに近いものが発揮されるということで注目が集まり、第二次ムーブメントが来ています。

私たちは第一次のときからサーバーを提供しているのですが、専用サーバーの中でも精度の高いことから、社内では「火力の強い」という言いかたをしています。
なるほど。『高火力』はそこから来ているんですね。
そうなんです。このシリーズとして、今年からエヌビディアさんの『NVIDIA H100 Tensor コア GPU』という、GPUボードが8基搭載されたサーバーの提供を始めています。
それが、『高火力 PHY(ファイ)』ですね。
そして、6月からは『高火力 DOK(ドック)』も提供開始されています。それぞれどのようなサービスですか?
『高火力 PHY』は、恒常的な大規模計算を想定したサービスです。
大企業さんが数十台単位で使われていて、研究や学習モデルエンジンの開発にあたっています。このほか、AI企業と呼ばれる事業者、学術業界、医療業界に属する企業さんにもお使いいただいています。

ただ、ぶっちゃけた話、金額としては高いんですよ。月額320万円での貸し出し、しかも1年以上の契約なので4000万円くらい……。
実験的に使うには、一瞬、たじろく金額かもしれないですね(笑)。
もちろん、朝から晩まで計算するならむしろ安いって気づいていただけるんですが……。
その点、『高火力 DOK』は1秒0.06円の時間課金なので、安心してお使いいただけます。実際、試験的につくられた小さなプロダクトや、「出来上がった学習モデルのチューニングに使いたい」のようなニーズが多いです。

「大規模な計算じゃない」「お試しで使ってみたい」場合は『高火力 DOK』、本格的に大規模計算をするのであれば、『高火力 PHY』がコスト的にも良いと思います。

■高火力DOK提供開始(ニュースリリース)
https://www.sakura.ad.jp/corporate/information/newsreleases/2024/06/27/1968216166/
いずれにしろ、生成AIプロダクトの開発のために、いろいろな会社に便利に安全に使っていただきたい思いがあるということですね。

大規模計算をグリーンエネルギーで。石狩データセンターの取り組み

特にこの『高火力』シリーズについては、北海道石狩市にあるデータセンターが多分に貢献していると伺っています。

環境にも配慮された、さくらインターネットの石狩データセンター

そうですね。大がかりな計算をするにあたり大量に電気を使うことが社会問題化していますが、石狩データセンターは100%再生可能エネルギーで動かしているので、CO2排出ゼロというのもポイントです。
2011年の開設ですが、当時から再エネの利用を視野に入れていたんですか?
いや、当時はエコと省エネしか考えていませんでした。北海道を選んだのは、サーバーを動かすには大量の電気を使い、熱も生み出すので、冷却に外気を使おうと考えたことにあります。気温の低い北海道なら外気をサーバールームに送ればよくエアコン代が浮くだろう、と。

ただ、2011年に東日本大地震が起きたことで、再エネの流れが強まります。特に私たちのセンターの周りは再エネだらけなんですよ。それもあって、これらの電気を利用させていただいています。
そこからいまは、さらに発展させていらっしゃるとか。
そうですね。先端事業なのに環境を考慮しないのはトレンドから外れているよねってこともあって、2021年からはCO2を減らしていこう、という流れも加わっています。
企業の社会的責任に真摯に取り組まれていることが、ひしひしと伝わってきます……! 改めて、クラウド事業者として脱炭素やグリーンエネルギーの導入に向けた思いを聞かせてください。
エネルギーの地産地消を推進していきたいです。北海道は再エネが豊富と言われていますが、北は風力が多かったり、東は地熱や太陽光があったりと、地域によって偏差しています。

ですので、長い目で見たときには風車の真下や真横で事業を行う方がいいんじゃないかとか、エネルギーに合わせてデータの計算処理や電気消費量を変えていくような世界観を築いていかないと、自然と共生しながらビジネスを発展させることはできないと考えています。

■石狩データセンターのCO2排出量ゼロを実現(ニュースリリース)
https://www.sakura.ad.jp/corporate/information/newsreleases/2023/06/14/1968211837/
ガバクラも含め、こうしたお取り組みが、私たちの「さくらインターネットを応援したい」という気持ちをつくっていくのだと思います。
さくらインターネットの描きたい景色は、再エネを使ってCO2ゼロ目指す本質的なものです。石狩データセンターにおいては、「北海道の再エネを使いたい」とお願いし続けて、ようやく調達できるようになりました。

これらをパフォーマンスではなく、実直にやっていきたいですね。
生成AIの影響でデータセンターの稼働量が増えて、ビジネスの基盤としての重要度が高まる反面、グリーンエネルギーの供給源を確保することは、ものすごく大きなテーマですよね……。
そうですね、国を上げて考えなければならないことだと思います。マイクロソフト社が原発を長期リースして電気の供給を始めましたが、それがいまのビッグテックの状況です。サイズ感は異なるものの、私たちも同じような道を通り始めた自覚があります。
最初のほうに「侍魂」という言葉も出ていましたが、本当に会社を上げて「このままじゃまずいぞ」という思いを強く事業に反映されていることを感じました。

最後に、御社の活動が、私たちの日常をどのように豊かにしているのか? 簡単に教えていただけますか。
インターネットは誕生から30年を経て、社会インフラになりました。
誰しもがソフトウェアを介して検索エンジンやフリマアプリ、コード決済を利用されています。これらは大事な社会インフラですが、私たちはそのインフラを支える、いわば水道管事業者のような存在です。その立場から思うのは、ますます品質を上げて、皆さんの生活や企業活動をもっと楽にしていきたいということです。

加えて、これはさくらグループでよく話すことですが、デジタルは東京一極集中を解消できると思っています。実際、私たちの企業群は全国に社員が散っています。デジタルインフラを通して、『デジタル田園都市構想』といわれる世界観を少しでも加速させていく。それが私たちの願いです。
インフラを支える水道管事業者! いかになくてはならないものなのか、ということがよく分かります。本日は貴重なお話を色々と聞かせていただき、ありがとうございました!

取材を終えて

<本インタビューはオンラインで行われました>

ガバメントクラウド、『高火力』シリーズ、そして石狩データセンターと、たくさんの話題に応じてくださった前田さん。いずれも、さくらインターネットさんの先見性の光る事業ばかりでした。

その根底には「日本をますます良くしていこう」「日本を自分たち発信で盛り上げていこう」という共通の信念があることに気付かされます。この先も、私たちを驚かせ、ますます応援したくなる取り組みを展開されていくことでしょう。in.LIVEでも引き続き、ウォッチしていきます!

関連リンク

■さくらインターネット株式会社 https://www.sakura.ad.jp/
■ガバメントクラウド提供事業者に条件付き認定(ニュースリリース) https://www.sakura.ad.jp/corporate/information/newsreleases/2023/11/28/1968214232/
■デジタル庁のウェブサイトにて公開されている「さくらのクラウド」の開発計画の進捗状況 https://www.digital.go.jp/policies/gov_cloud

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この記事を書いた人
香川妙美 山口県生まれ。音楽業界での就業を経て、2005年より自動車関連企業にて広報に従事。2013年、フリーランスに転身。カフェガイドムックの企画・執筆を振り出しに、現在までライターとして活動。学習情報メディア、広告系メディア等で執筆するほか、広報・PRの知見を活かし、各種レポートやプレスリリース、報道基礎資料の作成も手掛ける。IT企業・スタートアップ企業を対象とした、広報アドバイザーとしても活動中。