2021年9月13日

日本の金融市場に風穴をあける日本円ステーブルコイン「JPYC」。立ち上げの背景から展望まで、CEOに聞きました【前編】

2021年1月に誕生し、瞬く間に話題となった前払式支払手段型日本円ステーブルコイン「JPYC」。CEOの岡部典孝氏に、その立ち上げ背景やJPYCの仕組み、会社の体制、今後のビジョンを聞きました。


2021年1月に誕生し、瞬く間に話題となった前払式支払手段型日本円ステーブルコイン「JPYC」。CEOの岡部典孝氏が紆余曲折を経て発表したJPYCはどのようにして生まれたのか、その立ち上げ背景からJPYCの仕組み、会社の体制、今後のビジョンまで。気になる疑問をぶつけました。前後編でお送りします。

JPYC株式会社CEO|岡部 典孝(おかべ・のりたか)氏
2001年、一橋大学在学中に有限会社(現株式会社)リアルアンリアルを創業し、代表取締役、取締役CTO等を務める。2017年、リアルワールドゲームス株式会社を共同創業。取締役CTO/CFOを経て、取締役ARUK(暗号資産)担当。2019年JPYC株式会社を創業し、CEOを務める。

聞き手・アステリア株式会社 ブロックチェーンエバンジェリスト 奥達男

オンラインゲームにハマる日々を過ごした岡部氏が、JPYC株式会社を創業するまで

早速ですが、岡部さんの学生時代からJPYCを起業するまでの経緯を伺えますか?
ブロックチェーン技術が出てくる前の話になりますが、1997年頃に大学に入学して、すぐに「Ultima Online(ウルティマ オンライン)(※)」というネットゲームにハマりました。今でいうとメタバースの中で生活しているようなゲームで、ほぼ一日中ゲームをプレイしているという生活をしていました。その頃に、ゲームの世界で稼いだお金で物が買える時代がいずれ来ると確信しました。

※ 編集部注釈:
「Ultima Online」は1997年にサービスを開始し20年以上運営が続く、多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム(MMORPG)。元祖ネットワークRPGの一つ。ゲーム内通貨は戦闘やアイテムの売買等で稼ぐことができました。通貨でゲーム内の土地を購入したり、城を建てたりもできる。プレイヤー間でゲーム内通貨の送受金やアイテムの交換ができたため、かつてはリアルマネートレーディング(RMT)が可能なゲームで、外部サイトで、法定通貨でゲーム内通貨を売買することができた。

ただ当時のゲームには課題があって、ゲーム内で稼いだお金は持っているとどんどんインフレしていき、価値が減っていくんですね。なので、ゲーム内のお金が今でいうステーブルコインのようにドルや円のような法定通貨ベースの安定したものに代わるといいなと思っていました。

当時は、私はリスクヘッジするためにゲームで稼いだお金をいちいち現金に換えていました。しかし、手数料はかかるし、交換詐欺のような問題が起きるしと、今の暗号資産(仮想通貨)と同じようなことが起こっていたんです

そこで、私は自分でゲームのお金をドルのステーブル的なコインに替えることを始めたんですね。おそらく1999年か2000年頃だったと思いますが、当時はデジタルコインと呼んでいました。
ビットコインが稼働したのは、2009年から。その前からも暗号資産のような考えのものは登場しておりましたが、さまざまな理由からうまく動きませんでしたし、あまり世の中に浸透しなかったですよね。ステーブルコインもここ最近ようやく浸透し始めた印象ですが、それを2000年頃から行われていたとは、着眼点が鋭いですね。
そのデジタルコインを始められたのはまだ学生時代ということですか?
はい、学生時代です。大学に行く代わりに、ゲームの中の経済を研究していたような学生でした。当時は地域通貨が流行っていたので、その流れでゲームの地域通貨というのもありだよねという着想から、2001年に事業として始めました。その通貨でTシャツや公式ゲームのアシストツールなどが買えるようなサービスをやっていたんですが、正直、ちょっと早すぎましたね。あまりうまくいきませんでした。ほかにはネットゲームを作ったり、ポイントサイトや懸賞応募サイトを作ったりしていました。

その後、ネットゲームのサーバーサイドのプログラムを書き、その課程で課金用の石や宝石といった、いうなればプリペイドの仕組みの実装を行っていました。ブロックチェーン技術に出会う前に、ある意味仮想通貨に近いことをやっていたんです。
なるほど。そこからビットコインなどのブームに乗っていったのでしょうか?
いえ、残念ながら…。ブロックチェーンの登場、ビットコインの誕生という波には少し乗り遅れました。ちょうどその頃は、位置情報ゲーム「Ingress(イングレス)」(「ポケモン GO」のベースになったゲーム)が世界的にブームになっていて、私自身もゲームにハマっていました。ですので、当時は位置情報ゲームを作っていました。

2017年にリアルワールドゲームスという会社のCTOに就任したのですが、そこでアルクコイン(ARUK)という、歩いたらもらえる仮想通貨を作り、みんなを歩かせて健康にしようという文脈で、仮想通貨的な分野に戻ってきたんです。
やはり岡部さんご自身も、仮想空間という新たな経済圏に強い関心があったんですね。
そうですね。そこから2019年11月に今の会社を作ることになりました。アルクコインを作ったときに、ユーザーは歩いてコインがもらえることに喜んではくれたのですが、本当に求めていたのは、そのコインでお茶が飲めたり、スニーカーが買えるようになったりといった世界でした。

しかし、実際にそれは難しいんですよね。やはりそれは2000年頃の問題と同じように、仮想通貨の価値が法定通貨のように安定していなので買い物等には使いにくいという理由からです。

そのときに、ステーブルコインのようなもの、特に日本円と連動するステーブルコインがあれば良いなと。ブロックチェーン推進協会(BCCC)独自の「Zen」はありましたが、世の中一般的にはまだあまりなかったので、誰かがコミットして開発してくれないかなと思っていました。そのうち、これはもしかしたら自分がやるのが一番良いのでは? と感じるようになり、起業することを決意したんです。
 
ゲーム事業に携わっていたからこそ、ステーブルコインの必要性を実感されたんですね。とはいえ、コインを一から作るのは相当時間がかかるし大変なように感じますが…。
そうですね。なので、まずはイーサリアム等の様々なコインで物を売ったり買ったりするようなサービスから始めることにしました。それで2020年に、実験も兼ねて企業向けにJPYCの前身となるICHIBAというコインを出しました。

業務用のコインとしてうまくいったので、この実証実験の成功を踏まえて、2021年の1月に一般向けに出したのがJPYCです。これが思っていた以上のスピード感で市場に受け入れられることになったんですね。
確かに、海外では「USDT」や「USDC」、「DAI」などのステーブルコインが浸透し始めていましたが、日本で同じ形のステーブルコインを発行するにしても法的にどのような扱いになるのか明確に決まっていないこともあり、日本企業は二の足を踏むような状況が続いていましたよね。そこに風穴をあけるかごとく登場したJPYCに驚かされました。

仮想通貨には早くから取り組まれていた岡部さんですが、ブロックチェーンという技術には、いつどんな流れでいつ出会ったんですか?
出会ったのは2013年です。ふたつ前の会社で新規事業を検討していたときに、ビットコインのマイニングをやろうと思ったんですよ。私がサーバーエンジニアでもあったので、そのあたりは自分でできるなと思いました。しかし、当時は位置情報ゲームの「Ingress」が流行っていて、まだ出てはいませんでしたが、これからは「ポケモン GO」のようなゲームが流行るという予測もありました。会社の方針としては、仮想通貨事業か位置情報ゲーム事業かで迷い、結果、我々は位置情報ゲームを選びました。

その当時にビットコインにベットしていれば儲かっていたでしょうね。結果、大金持ちになり損ねました(笑)。
2013年といえば、ビットコインがまだ13ドルくらいの時期。この時期からマイニングをやろうとする発想も先進的ですね(笑)。ちなみに、先ほど “2017年に仮想通貨に戻った” という表現をされましたが、これはどういう意味でしょうか。
我々は位置情報ゲームを開発してきましたが、ゲーム内のスポットとなる位置情報を集めるのにコストがかかるのが明らかだったんですね。「Ingress」でいうポータルとか、「ポケモン GO」でいうポケストップのような、ゲームの重要なポイントとなるリアル社会での名所やランドマークの位置情報ですね。

そういう情報は、ユーザーにインセンティブを与えないとなかなか集められないという状況に直面しました。世界中の何百万件もの情報を集めるのは難しかったんですね。すべてにインセンティブを払って情報を集めていたら会社が破産してしまいます……。

そこで情報を集めるには、仮想通貨的な方法でインセンティブを払うのがよいのではないかという仮説を立てました。ビットコインのプルーフ・オブ・ワーク(PoW)をもじって、アルクコインでは “プルーフ・オブ・ウォーク” とし、多く歩いた人にインセンティブを払うという方法で情報を集めればうまくいくのではないかという結論に至りました。ここで再び、仮想通貨に戻ってきたという意味ですね。
ビットコインはプルーフ・オブ・ワーク(PoW)という考え方により、マイニングという計算処理の対価としてビットコインがもらえますが、アルクコインは “プルーフ・オブ・ウォーク” により、歩くという行為の対価としてコインがもらえるんですよね。これは当時、業界でも話題になっていたのを覚えています!

日本の仮想通貨市場に風穴を開けた「JPYC」とは

こうした経験を経て、ステーブルコイン「JPYC」に行き着いたのですね。 ここで改めて、JPYCとはなにか詳しく教えていただけますか?
はい。JPYCは、日本で初めて「ERC20」規格でイーサリアムのメインネット上で発行された日本円と同等の価値を持ったステーブルコインです。また改正資金決済法における仮想通貨ではなく、「前払式支払手段」というプリペイドの規制で発行されているのがJPYCの大きな特徴です。そのおかげで、簡単にみなさんが購入できるし、使えるものになっているんです。
「ERC20」とは、イーサリアムというブロックチェーン上で発行するためのルールみたいなものですよね。このルールに即したコインを発行すると、他企業が出しているウォレットアプリなどでも扱えるようになります。ERC20でコインを発行する事例は海外だとたくさんありますが、暗号資産(仮想通貨)ではなく、「前払式支払手段」として発行しているところが注目ポイントですよね。

JPYCが、この前払式支払手段を選んだのはなぜですか?
単純に、自家型(※)の前払式支払手段は制約が少ないからです。仮想通貨のように「取引所じゃないと購入できない」とか「KYC(本人確認)しないと買えない」というようなものだと一般的には普及しないと思ったんです。プリペイドで図書券のようなものなら誰でもすぐに買えますから。

自家型の前払式支払手段は届け出だけで作れるんですね。書類を提出し形式を満たしていればOKです。それに対して、今私たちが準備をしている第三者型の前払式支払手段は、金融庁への登録が必要になります。発行者に対するさまざまな条件と審査がありますのでより難しくなります。

※ 編集部注釈
前払式支払手段には自家型と第三者型の二種類がある。発行者に対してのみ利用が可能なものを自家型と呼び、それ以外の第三者に対して利用ができるものを第三者型と呼ぶ。 詳細はこちらから。

JPYCを発行するのが、JPYC株式会社の業務でしょうか?
はい。私たちJPYC株式会社は、銀行振り込み等でお金をお支払いいただいたら、お支払いいただいた金額分のJPYCをお渡しするというJPYCの発行業務を行っています。また逆に、JPYCの使い道を増やすことも積極的に取り組んでいます。直近では、JPYCをVisaのプリペイドカードである「Vプリカギフト」に換えられるサービスを提供しはじめました。

JPYCを換えることができる出口を用意して、JPYCの使いみちを増やし、交換する業務を行っています。
JPYCについては、Twitter上などで大きな話題になっていたのが印象的でした。なぜここまで反響を呼んだか、岡部さんはどのように考えていますか?
そうですね。JPYCは発行する直前に出したリリースの反響が大きく、その時点で「早く出してくれ」「絶対に使う」というようなコメントを沢山いただきましたし、きっとうまくいくだろうという確信はありました。ただ、JPYCがいろいろな使われ方をするようになったのは、私たちが思ったよりもずっと早かったですね。JPYCの流動性が今の10倍、100倍になればこういう使われ方をするだろう、と想定していたことが今すでに起きているような状況です。

投げ銭やクラウドファンディングのような使われ方は想定していましたが、JPYCの発行を一番喜んでくれたのは、起業家の方ではないかなと思います。私自身、ゲーム事業を手掛ける中で「日本円のステーブルコインのようなものがあったらサービスの中で使いたい」と思っていたので。JPYCがあれば、さまざまな事業に関わるエンジニアの方がゼロから作る必要もなくなり、自分たちの作りたいものに集中できるようになりますよね。
会社としては、NFTに関するコンサルティングなどもされていると聞きましたが、社内にはNFTに詳しい方も多いのでしょうか?
そうですね。ゲームやNFT、その関連の法律に詳しいメンバーが多いです。仮想通貨の使い道としてもどういうNFTが購入できるか? ということが大事な時代になっていますので、それらを絡めた考え方をする人が社内には多いですね。
そうなんですね。NFT市場は今まさに急成長中で、日本も大手企業が続々と参入しています。JPYCとNFTを絡めるというのは必然的だと感じます。

〜 インタビュー後編記事では、JPYCが実際にどのように使われているのか、さらに収益モデルや、社員向けのTwitter手当てなど企業としてのユニークな取り組みにも迫ります。どうぞお楽しみに!

日本の金融市場に風穴をあける日本円ステーブルコイン「JPYC」。立ち上げの背景から展望まで、CEOに聞きました【後編】 はこちらからお読みいただけます。

https://www.asteria.com/jp/inlive/finance/4876/

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この記事を書いた人
高橋ピョン太 ゲーム開発者から、アスキー(現・アスキードワンゴ)のパソコンゲーム総合雑誌『LOGiN(ログイン)』編集者・ライターに転向。『ログイン』6代目編集長を経て、ネットワークコンテンツ事業を立ち上げ、以来、PC、コンシューマ向けのネットワークコンテンツ開発、運営に携わる。ドワンゴに転職後、モバイル中心のコミュニケーションサービス、Webメデイア事業に従事。現在は、フリーライターとして、ゲーム、VR、IT系分野、近年は暗号資産メディアを中心にブロックチェーン・仮想通貨関連のライターとして執筆活動中。