2022年8月25日

カーボンニュートラルは「見える化とカイゼン」で推進。老舗自動車部品メーカー 旭鉄工発のIoT活用方法とは【前編】

IoTを活用したカイゼン活動で、年間4億円もの労務費削減を実現した旭鉄工株式会社。2021年11月からは、一連の活動にカーボンニュートラルの取り組みを加えながら事業を推進しています。現場の社員を巻き込んだ具体的な施策について、アステリアの松浦が話を伺いました。


「2050年カーボンニュートラル」という目標が世界的に掲げられているのをご存知でしょうか。これは、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、ということであり、国単位、企業単位、そして個人単位での取り組みが求められています。

こうしたなか、製造業における先進事例として注目されているのが、自動車部品の製造を手掛ける 旭鉄工株式会社 です。

△ 旭鉄工の社屋

今回は、厳しい経営環境に負けない強い企業づくりを目指し、数々の社内改革を断行してきた同社が、そのノウハウを用いながら進めるカーボンニュートラルの取り組みに迫ります。

アステリア株式会社の松浦真弓が、旭鉄工 代表取締役社長 兼 i Smart Technologies 代表取締役社長 木村哲也氏にお話を伺いました。

木村哲也(きむら・てつや)氏| 旭鉄工株式会社 代表取締役社長
1992年東京大学大学院工学系修士修了、トヨタ自動車に21年勤務。主に車両運動性能の開発に従事後、生産調査室でトヨタ生産方式を学び2013年旭鉄工に転籍。製造現場はもちろん、経理、営業でもIoTデータを活用する体制を構築し労務費だけで年4億円節減。「IoTは入れただけでは意味が無い」とIoTモニタリング、データ分析、カイゼン指導までトータルで生産性向上を実現するKaaS(Kaizen as a Service)を全国展開中。これまで数百回の講演、100社以上のカイゼン指導実績あり。著書に「Small Factory 4.0」がある。

(聞き手・アステリア株式会社 ノーコード変革推進室副室長兼エバンジェリスト 松浦真弓)

経営を取り巻く環境に適合した、強い会社づくりに着手

松浦真弓
木村さんは、2013年にトヨタ自動車から旭鉄工にご入社以来、数々の改革を実行されたことで知られています。カーボンニュートラルの取り組みについて伺う前に、まずはその手前で行ってきた現場の改革について聞かせてください。
木村哲也
自動車部品業界は非常に厳しい状況にあります。先代までは当社の主要取引先であるトヨタ自動車の意向に沿った仕事を着実に行っていたのですが、この先、それだけではいけません。

私が入社したとき、会社は赤字体質でしたし、大手サプライヤーの破綻、仕入れ先の廃業など厳しい現実も目の当たりにしてきました。さらには、私の入社以降、当社は従業員が60人自然減少しているのですが、そのぶんを新規採用で補充したくてもできないのが現状です。CASEの進展や国内需要の減少により環境はこれからより厳しくなります。「これをカバーするには生産性と収益性の向上を実現するしかない」という危機感のもと、生き残るために、現場でのあらゆる作業の改革を試みました。
松浦真弓
とはいえ、創業80年の歴史ある会社です。改革の大変さは容易に想像がつくのですが、まず何から着手されたのでしょうか。
木村哲也
3匹のサルを退治することです。
これは我々がよく言っていることなのですが、「カイゼンの進まない会社にはサルが3匹いる」と。3匹のサルとは、「問題が見えていない(見ザル)」「ノウハウや情報が共有されない(言わザル)」、ツールや数値を「活用できない(使わザル)」のことを指します。我々は、会社のカイゼンを阻んでいる、この“3ザル”を徹底的にあぶり出してきました。

アイデアを出してノウハウを貯めないと会社は良くならない

松浦真弓
“3ザル退治”の具体的な取り組みを聞かせてください。
木村哲也
まず、「見ザル」ですが、問題の見える化を徹底して行いました。
その一つが製造ラインです。製造ラインは、思っている以上によく止まっています。加えて、部品を一つつくるのにかかるサイクルタイムにも結構ゆらぎがあります。たとえば、一つの製造ラインだけを考えてもラインの止まる時間が全操業時間の10%増えると年間200万円の損失に、サイクルタイムの遅れが10%、つまり10秒が11秒になっただけでも年間110万円の損失になるんです。

多くの会社は自社の製造ラインがどのくらい止まっているか正確に把握してないし、サイクルタイムが遅れていることに気づいておらず、知らず知らずのうちに損しているんですよね。
松浦真弓
サイクルタイムなんて、ストップウォッチで計らない限り分からないですもんね。
木村哲也
また「残業を2時間減らすと年間200万円のインパクトになる」ということも分かったので、ここに取り組まないという選択肢はありません。

例えばこれまでは1時間に100個つくっていた部品を、1時間に120個つくることができるようにすることで残業をなくす、といったカイゼン活動を徹底しました。
松浦真弓
これを実現するには、ラインの停止回数を減らすか、部品をつくるサイクルタイムを短くするかしかないですよね。
木村哲也
そうなんです。
そのために必要なのが、現場のみんなでアイデア出すこと。そして、ノウハウを貯めることです。そうすれば、別のラインに展開するときも「あそこでやったこれが使えるね」というように楽に始められます。

IoTを使って数値を見える化しても、事実に基づいたアクションに繋げられなければ何も効果がありません。
松浦真弓
このアイデアとノウハウの仕組みをシステムとしてパッケージングされたのが、IoTによる製造ラインモニタリングシステム「iXacs(アイザックス)」ですね。

旭鉄工の成功ノウハウとIoTシステムを展開する関連会社として、i Smart Technologies 株式会社も設立されていますが、製品の詳細を教えてください。
木村哲也
はい。iXacsがやっていることはシンプルです。
「生産個数」「サイクルタイム」「停止時間」といった労務費削減に直結するデータを設備に取り付けたセンサーで測定してクラウドに飛ばし、分析した結果を端末から見られるようにしています。単なる数字の羅列ではなく、使う人が簡単に問題点を把握できるようグラフで表示しています。

△ 旭鉄工の工場では、生産状況のデータを取るためのセンサーが機械に取り付けられており、稼働状況のデータを作業者がリアルタイムで確認できるようになっている

松浦真弓
「生産個数」「サイクルタイム」「停止時間」などのデータをグラフにすることで、どのような傾向がつかめるのでしょうか?
木村哲也
たとえばよくある現場のカイゼンで、機械の『ドカ停(*製造ラインが60分以上にわたりドカンと停止すること)』をなくしたいから、予知保全のソリューションを導入したいと考えてしまいがちなのですが、それを導入したからといって業績が良くなるとは限りません。

それはなぜかと言うと、『ドカ停』のほうが『チョコ停』より目立つから目にとまりやすいのでそうなりがちです。ですが、実は『ドカ停』が起こることって少ないんです。それよりも、ラインが数分の間だけチョコっと停止する『チョコ停』のほうが頻繁に起こります。

仮に『チョコ停』が毎日100回起きていれば、それだけで1日数時間のロスになり、生産に大きく影響します。こういったことが明らかになれば、「だったら、生産にインパクトを与える『チョコ停』が起こらないようにするにはどうすれば良いのか」という発想になるはずです。
松浦真弓
たしかに、その通りですね。
木村哲也
当社でも実際に、サイクルタイムの遅れや、チョコ停のせいで1日2~3時間損しているということはいくらでもあります。データを見れば、何をカイゼンするべきか? というのは一目瞭然なのですが、経営者にとっては『チョコ停がどの程度大きな問題なのか』というのはなかなかわからないんですよね。

半日もの間ラインを止めてしまったとなると報告をあげるような決まりはあったとしても、現場監督者の多くは「ラインは当たり前のようにチョコ停するもの。だから、その都度報告する必要はない」という考えがちです。なので、経営者は自社の製造ラインの停止にあまり気づかなかったりします。
松浦真弓
なるほど。多くの会社が実はここで損しているんですね。ちなみに機械を停止させてしまった理由もiXacsで分かるんですか?

木村哲也
はい。製造ラインが停止したときは、現場にある停止理由のボタンを押すことで記録される仕組みになっています。だから、何が理由で、何回停止したのかもグラフに表示されます。

たとえば「刃具の交換が5回あって、合計1時間止まっている」といった具合です。すると、「だったら、スムーズに交換できるようにしよう」「交換回数を減らすために刃具の寿命を伸ばそう」といった発想が生まれます。対策内容は人間が考え実行しなければならないのですが、その手前まではシステムが整理してすぐに検討にかかれるようにする、という感じですね。

作業員の作業時間のばらつきも見えます。ばらつくということは、作業がやりにくいということだと我々は考えます。カイゼンにより作業をやりやすくすれば、サイクルタイムも向上します。例えば4.3秒かかっていたのが3.6秒にカイゼンされた例があります。

たかが0.7秒と思うかもしれませんが、数値にして6分の1の短縮です。1時間に換算すると、2割近く部品をつくる個数が増えるんですよ。

△ 現場に設置されている停止理由を記録するボタンの例。製造ラインが停止したら、その停止理由のボタンを押す仕組み。

松浦真弓
そう考えると、小さなカイゼンもおろそかにできないですね。
木村哲也
まさに、小さなカイゼンを積み重ねるのが大事です。
製造ラインによっては、0.01秒単位のカイゼン案を積み上げることすらあります。ここまでくると人間がストップウオッチで測ることも不可能です。iXacsを使った現場のカイゼンは、旭鉄工において大きな効果を収めました。

現在はこのソリューションを、様々な企業に向けてコンサルティングとして提供しています。工場における現状把握と問題点の発見は必須ですが、現場に張り付いて測定したり、情報を手書きで集めたりするのは従業員に負担が掛かりますし時間もかかります。iXacsを使うことで、検討と実行がすぐにできるので、カイゼンが加速されるんです。
松浦真弓
しかも、数値と一緒にノウハウが溜まることで、結果も早く出るようになりますよね。これが、データを「使わザル」退治の一つになっているわけですね。
木村哲也
そうですね。ただ、これを現場任せにするのはよくありません。会社がそれを促進するような仕組みが必要です。その点、当社はカイゼンの進捗度を毎月の会議体でチェックしています。

「先月はこの施策をやって労務費がいくら下がっているはずだけど、結果はどうか」「今月はこれを実行して労務費を下げよう」といった具合です。そうすることで、「効果の出るカイゼンをしよう」という気持ちになるわけです。実はこの会議、月次決算の数値を確認してフォローするのが目的です。

こういった月次決算とカイゼンの進捗を同時にチェックする会社は少ないんじゃないでしょうか。

旭鉄工の現場では、カイゼン活動の進捗を示す情報が壁面に張り出されている。木村社長はもちろん、現場のメンバーがいつでも参照できる仕組みになっている。社長へのカイゼン報告会もここで行われる。

松浦真弓
見えていないからカイゼンがなされないという会社がほとんどかと思いますが、それはとてももったいないことですよね。

カイゼン活動や人財育成は、会社の仕組みを変えれば推進できる

松浦真弓
二つ目のサル「言わザル(情報共有の不足)」の取り組みはいかがですか。
木村哲也
これは会社風土の改革にもなりますが、当社の場合はまずSlackを導入しました。 Slack内に『安全』というチャンネルがあるのですが、ある日、製造部門の社員が「路面がひび割れていて危ない。直してほしい」と、このチャンネルに写真付きでコメントしたら、その3時間後には総務のスタッフが「補修したので確認してください」と写真付きで返信するやりとりがありました。

いままでの報告フローでは、まずひび割れている現場の写真を社員が撮影し、ワードファイルに貼り付け、文章を書いて印刷して、課長と部長のハンコをもらって社内便で総務に送り、ようやく総務のスタッフが補修を行う… といった手間がかかっていたわけです。このスピード感がどれだけ重要か。現場の安全上の問題を示す写真が日々アップロードされるようになりました。これだけで会社が良いほうに代わります。
松浦真弓
ツールを変えて情報経路を刷新し、使うことを仕組み化することで風土を変えた、ということですね。
木村哲也
情報共有の方法も変えました。移動にかかる時間がもったいないので普段の会議はリモートで参加するようにしているのですが、これは言い方を変えると「価値があるなら現場に行く」ということです。

私が現場に行く価値があると考えているその一つが、工場でのカイゼン報告会です。
3か月単位でカイゼン活動を行い、目標を達成できたチームのもとに私が足を運び、現場で説明を聞くというものなのですが、カイゼンを行ったチームは、私と一緒にその場で写真を撮って「こういうカイゼン報告をしました」と、Slackで全社報告します。

そこに私が「こういうところが良かった」「次はこうしてくれるともっと嬉しい」とコメントすると、そのチームのカイゼンの内容が社内に周知されるのに加えて、「社長はこういうことを望んでいるんだな」と、私の方針が社内に共有されるわけです。すると今度は、他のチームからまた新しいカイゼン活動が生まれる、良いサイクルが回り出します。
松浦真弓
先ほど工場を見せていただきましたが、現場の方が木村さんに褒められることを大きなモチベーションにしていることをひしひしと感じました。木村さんから、「『すばらしい』スタンプをもらえることがすごく嬉しい」とお話しされていたことが印象的です。

△ 工場内に貼られているカイゼン報告。カイゼン前と後で実現した工数などについて数値で明記され、その横には社長からの「すばらしい!」スタンプが。

木村哲也
うちのチーフコンサルタントに言わせると、以前、カイゼンは罰ゲームだったそうです(笑)。「順番が回ってきたから、メインの仕事以外にしょうがなくやらされるんだけど、報告したらケチをつけられて全然楽しくない」と。

でも、いまは、そんなことはありません。自分でやって結果が出るとカイゼンは面白いんです。結果が出ることは現場が良くなることを意味します。当社は、この良いサイクルがグルグル回っているので、どんどん良くなっていますね。
松浦真弓
そうやって会社全体の雰囲気を変えていったわけですね。
木村哲也
そうですね。カイゼン活動や人財育成は、会社の仕組み自体を変えることで進められますし、カイゼンスピードのアップも図れます。

カイゼンのプロジェクトの数も、2013年は2つでしたが、2020年は52個に増えています。ちなみにこのプロジェクトというのは、製造ラインの生産性が40-50%上がるといったレベルのものであって、5%アップとかいうケチなものではありません。これはノウハウを貯め続けた結果であり、カイゼンできる人財を、時間をかけて育成してきた結果でもあります。
松浦真弓
早く始めてノウハウを貯めて、人財も育成しつつそれを展開していくという地道な努力が必要ということですね。実行すればずっと残っていくわけですから、なおさら早く始めたほうがいいですね。
木村哲也
その通りです。多くの会社は完璧なIoTのことばかり考えるのですが、それよりもその後の活用の方法と人財育成とノウハウ蓄積の方がずっと大事だし大変なので早く始めたほうが良いですね。

製造現場で生まれた価値を金額換算して経営に活用 4億円の労務費削減を実現

松浦真弓
iXacsの画期的な特徴の一つは、生産管理ツールを超えて経営ツールとしても非常に有用であることです。旭鉄工さんでは具体的にどのように活用されているのでしょうか。
木村哲也
いま、当社の国内200のラインで、iXacsによるモニタリングをしているのですが、これだけのボリュームになると、パッと見では調子がよいのかどうかがわかりません。ですので、経営ダッシュボードを用意して、工場全体を俯瞰して判断できるようにしています。

端的にいうと、IoTで見ている製造品番の全工程に、各工程で生み出される付加価値を金額で表示しています。これを積分すると、生産金額が算出されるほか、ロス金額、機会損失も計算されます。これらは1時間ごとに全社集計しているので、日次や月次で推移を把握できます。

さらには、問題になるラインだけが自動抽出されるので、「ロス金額が大きい」「付加価値が低い」、あるいは「製造ラインの停止が多い」といった課題を即座に把握して、優先的にカイゼンできます。IoTを現場のカイゼン活動に使うだけでなく、経営判断に使おうということです。
松浦真弓
部品が何個というところからお金に換算するまでにはたくさんのステップあるので、金額が自動表示されると経営判断がしやすくなりますね。
木村哲也
こうした工夫で、労務費を年々下げることにつなげられました。
2019年と2020年を比べても月に800万円減少、取り組みをスタートした2013年比では年間4億円(31億円→27億円)の削減を実現しています。
松浦真弓
億単位となると、相当なインパクトですよね。
木村哲也
そうですね。そして労務費がこれだけ削減できているのなら、ひょっとして電気料金も安くなっているんじゃないか、と思って去年の秋に調べたところやはりそうでした。そこからさらにカイゼンを進めたことで、2013年と比較して2022年は電力消費量が22%削減できています。
松浦真弓
これが、カーボンニュートラルの取り組みへとつながっていくんですよね。大掛かりな設備投資や再生エネルギーを購入しなくとも、カーボンニュートラルは推進できると気づかれたという点について、記事の後半で伺っていきたいと思います。

後編はこちら

カーボンニュートラルは「見える化とカイゼン」で推進。老舗自動車部品メーカー 旭鉄工発のIoT活用方法とは【後編】
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この記事を書いた人
松浦真弓 アステリア株式会社 社長付 地域共創エバンジェリスト。 半導体商社でのフィールドエンジニアを経て、IT企業にて、製品企画、マーケティング、ビジネスコミュティ構築などに携わる。2018年9月よりアステリア株式会社に入社し、マーケティングに従事。現在は、社長付 地域共創エバンジェリストとして、DX、ノーコード、モバイル・クラウド活用、地域創生、働き方改革などの分野で、各地での講演活動を行っている。