2020年8月25日

異分野からの起業で、農業を持続可能な産業に。ボタンひとつで収穫できるinahoの野菜収穫ロボット誕生の裏側

ロボットとAI技術を駆使し、野菜収穫ロボットを開発しているinaho株式会社。数多くのピッチコンテストで優勝を果たし、今世界からも注目されているベンチャーにお話を伺いました。


日本の農業就業人口は、人口減少、高齢化に伴い人手不足が深刻な問題となっています。米やじゃがいものような一括収穫できる野菜は機械化が進んでいる一方で、選択収穫といって、人間の目で収穫時期を判断する野菜は技術的に難しく、未だ人の手による収穫作業が一般的。そんな重労働と人手不足が重なる農家さんを救うべく、ロボットとAI技術を駆使するベンチャーがあります。

それが、神奈川県鎌倉市に本社を構えるinaho株式会社。これまで農業に従事していたわけでもなく、ロボットの専門家だったわけでもない、そんな未経験の領域での起業に挑んだ創業者の菱木さん。ボタンひとつで自動収穫できるロボット誕生の裏側や、目指すビジョンについてお伺いしました。

inaho株式会社CEO菱木

inaho株式会社 代表取締役CEO 菱木 豊 さん(ひしき ゆたか)

鎌倉生まれ。大学在学中にサンフランシスコに留学し、帰国後に東京調理師専門学校へ転学し、卒業後に不動産投資コンサルタント会社に入社。4年後に独立。2014年に株式会社omoroを大山(現COO)らと設立。音楽フェスの開催、不動産系Webサービスを開発運営後に売却し、2017年に解散。2014年から人工知能について学び、2015年に地元鎌倉の農家との出会いから、農業AIロボットの開発を着想。全国の農家を回ってニーズ調査を進め、2017年1月にinaho株式会社を設立。

ボタンひとつで自動収穫! ロボットは生産者を単純作業から解放できるか?

inahoの自動野菜収穫ロボットがアスパラガスを採っている様子

御社では、自動野菜収穫ロボットを開発されているんですよね。現在はアスパラガスの収穫に特化されているとのことですが、なぜアスパラガスの収穫に注目されたのでしょうか?
アスパラガスの収穫方法ってご存知ですか? 農家さんがしゃがみながら、はさみの上にある棒で長さを1本1本測って、収穫適期を判断して採っているんですよ。その一連の作業をロボットで代替できるようにしました。
実際、ロボットはどのようにアスパラガスを収穫するんですか?
スマートフォンで「収穫開始ボタン」をタップするとロボットが自動走行を始めて、白いラインに沿って作物と作物以外を識別します。その上で、収穫して良い作物だけをロボットアームで刈り取っていくんです。もちろんハウスからハウスへ移動することも可能です。

今は大体アスパラガス1本あたり12秒のスピードで収穫していて、最大の稼働時間が7時間。夜間に自動収穫させる実験も過去に成功しているので、もっと精度が上がれば、夜中から収穫を始めて、朝農家さんが起きたときには収穫の一部が終わっている、という未来も考えられますよ。
スマホでボタンをタップするだけで収穫が始まるなんて、すごい未来ですね。でもよく考えてみたら、お米やじゃがいものような農産物ってすでに機械化が進んでいますよね? inahoのロボットの新規性ってどこなんでしょうか?

inaho自動野菜収穫ロボットがアスパラガスを取っている様子

僕たちが対象としている作物は、大きさや形を1つずつ確認して収穫適期のものだけを選択収穫する野菜なんです。アスパラガスもそうですが、他にもトマトやイチゴやナス、ピーマン、きゅうりなどは、人間の目で判断をして収穫しているから手間がかかるんですよ。お米やじゃがいもなんかは成長するスピードが同じなので、一括収穫できる機械などの自動化が進んでるんです。
なるほど、生産物の成長スピードによって発生する作業が変わるんですね。ちなみにinahoはロボットを販売するかたちで提供しているのでしょうか?
いえ、ロボットは販売するのではなく、無料で農家さんに貸し出しています。収穫高に応じた利用料金になっていて、【市場の取引価格×重量の15%】を農家さんからいただくという仕組みになっています。農家さんは初期費用ゼロ円でロボットを利用することができるのがポイントです。また、僕らも常に開発を続けているので、一度貸し出したロボットも最新のパーツに交換することでどんどん性能がアップデートされていくんですよ。
実際、ロボットの収穫の成功率ってどれくらいなんですか?
今だと最大75%ぐらいですかね。100%じゃないんだって思われるかもしれないんですけど、例えば、3cm以内の場所にアスパラガスが何本も生えていたら、ロボットは収穫をしない判断をします。無理やり採りにいこうとして、隣にあるアスパラガスをアームで傷つけてしまうと不良品になってしまう可能性があるので、、、。

収穫率75%って、農家さんからするとどういう数字なんですか?
inaho株式会社CEOの菱木さんが喋っている様子
50%でもいいよ、と言う農家さんもいらっしゃいますね。
意外!それだけでも助かるってことなんですね。
そうなんですよ。農作業は、収穫の作業の割合が大きいんですね。アスパラガスで言うと大体6割くらいの時間を収穫に使っているので非常に体に負担がかかっています。高校生でも体が悲鳴をあげるほどなんです! しかもアスパラガスって1日10㎝とか伸びたりするんですよね。伸びすぎると場合によっては販売が出来なくなってきてしまうので、そうなる前に農家さんはもちろん収穫したいんですね。
高校生でも耐えられない重労働! それは年齢を重ねた農家さんにとっては本当に辛い作業になってきますね。
そうなんです。ロボットを使うことで単純作業から農家さんを解放できれば、人間らしい労働に時間を使っていただけるんです。

現在ロボットは、万が一ロボットが故障したときに代替機をすぐに持っていって収穫作業に支障がないようにするため、支店から車で約30分圏内の農家さんにしかロボットの貸出しをしていませんが、すでに全国各地のアスパラガス農家さんから「壊れてメンテナンスに時間がかかってもいいから貸してもらえないか」という声もいただいています。

異分野からのアグリテック参入。ロボット開発の難しさどこに

菱木さんはもともと農業分野とは全く違う分野で活躍されていましたよね。あえて農業という分野で創業しようと思ったきっかけはなんだったのでしょうか?
inahoを創業する前の前身の会社では、不動産系のWebサービスを運営していたんですが、当時AIに関する勉強会の事務局をサポートしていたこともあって、アメリカのレタスを間引くロボットの動画を見ていたんですよね。

翌日たまたま地元である鎌倉の農家さんのところに行って、ロボットの話をしたんです。そしたら「雑草を刈り取るロボットを作れないか?」と相談を受けたんですよ。実際に自分で雑草を刈り取ったら、肉体的な負担があまりに大きかったので、これはチャンスだと感じてアグリテック(農業×テック)に参入することを決意しました。

農家さんにニーズを聞いて回ったところ、福岡のアスパラガス農家さんからアドバイスをいただいて、雑草の刈り取りではなく、アスパラガスの収穫に特化したロボットを作ることにしました。

野菜収穫ロボットinahoの開発裏側

今まで全く経験がない中でロボットを作る、というのはかなり難しい挑戦だと思うのですが、何がそこまで菱木さんを駆り立てたのでしょうか?
ロボットの着想に至る前からAIを使って何か出来ないか?というのは一年ぐらいずっと考えていました。その中でアグリテックは特にポテンシャルがあると感じたし、10年先にロボットが収穫している景色がクリアに想像できたんですよ。10年後にその世界を見たときに、「ね、こうなったでしょ?」と僕が堂々と言える立場でありたい。そうした気持ちから、これは自分で挑戦するしかない! と思えたんですよね。
収穫ロボットは、他のメーカーさんでもなかなか実用化できていないと聞いたのですが、その難しさというのはどこにあるのでしょうか?
一般的な工場で稼働するロボットと圧倒的に違うのが、工場の中は風も吹かないし照明の輝度も湿度も変わらないことに対して、ビニールハウスの中は時間帯や天気によってカメラの見え方違うし、風が吹くと葉っぱが揺れてアスパラガスが見えにくくなったりする。地面が渇いている時もあれば濡れている時もある。1秒たりとも同じ環境がないので、ロボット自体を稼働させることがとても難しいんです。
それは大変だ…予測できない状況もきっとたくさんありますよね。ちなみに、収穫ロボットに対する農家さんの反応ってどうなんでしょうか?新しいものに対してアナログな業界というイメージがあるんですけど…。
農業に限らず色々なところでロボットの話を聞いているので、やっぱりそういう時代なんだね、と比較的受け入れていただいていると思います。やはり収穫作業が大変ので、ロボットが担ってくれるなら今すぐにも導入したいという声をいただくことの方が多いですね。

2035年には農業人口は半減? 農業を持続可能な産業にするために

inahoオフィスでの取材様子

一次産業には多くの課題があるように感じますが、菱木さんが最も解決すべきだと考えていることはなんでしょうか?
一言でいうと、農業を持続可能な産業にすることですね。農業においては人手不足が問題視されることが多いですが、農家さんからすると収穫作業以外の期間って収穫の人手が必要ないんです。ただ働く側からすると、やっぱり季節問わずに同じ場所で働きたいじゃないですか。そこに雇用のギャップが生まれてしまって、結果的になかなか人が集まりづらい現象が起きています。
なるほど、そういう理由があるんですね。 収穫ロボットが人手不足の解消に役立つ理由がよく分かります。
人手不足が解消できれば、農業が持続可能な産業になります。

ロボットが収穫を代替することによって農家さんに時間ができ、本来人がやるべき作業、例えば野菜がより美味しくなるような研究とか、長く農業を続けられるようにしっかり休んでいただくとか、あとは販路開拓のための営業活動などに時間を割くことができます。

まだまだ実現には時間がかかりますが、ロボットが普及することで収穫に関する大量のデータを収集することが出来るので、例えば生産予測もできるようになるかもしれません。流通業者や小売店さんと連携をして、フードロスがなくなるような仕組みを構築できるのでは、と未来を思い描いています。

今後15年で農業人口が半減すると言われています。2030年までに日本の人口は8%減ると言われていますが、農業人口は半減することになるんですよ。食料の供給が追いつかなくなっても不思議じゃない。そうなると野菜の値段が倍になる。それって僕たち一人ひとりが生きるコストが上がることになるわけで、結果ますます人口は減ってしまうし、どんどん悪循環を生みますよね。
生きるコストがあがる…! そう言われるとなんだか急に身近な問題のように思えてきました。inahoは、2019年にサービスを提供されるまで実に5年かかっていますが、その間の苦労された点はどこにありますか。
いろいろありすぎますね〜(笑)資金調達するのにもエンジェル投資家からはたくさん断られたし、とにかくロボットに関しての知見がなかったので、いろんな大学にメールして、10人くらいの教授に話を聞いてもらいました。そこから技術的な話を聞いて、何ができて何ができないのか、という把握からはじめて。

あとは、人を集めるのが難しいですね。そもそもロボットを作っている会社が少ないので、ロボットエンジニアが全然いないんですよ。

ロボットエンジニアがきたからと言って、すぐに理想のロボットにはならない。そのギャップがもどかしいですね。何度も実証実験を重ねて改良していくので…ロボットエンジニアは今も募集中です!
現在はアスパラガスを対象としていますが、これから他の野菜の収穫ロボットにも着手していくのでしょうか?
そうですね。次はトマトを収穫できるロボットを開発しようと思ってます。
あとは、海外への進出ですね。実は、収穫ロボットが進んでないのは日本だけではなくて世界でも同じなんです。なので、まずは農業大国のオランダを考えています。オランダの施設園芸って、技術的にも世界で一番強い国って言われてるんですよ。

だから、そこでちゃんと動いているロボットだったら世界中で通用するものになるはずなんです。農業における人手不足を世界規模で解決するためにも、今はオランダに進出するための準備を着々と進めている段階ですよ。
最後に、inahoが目指すビジョンを教えてください。
アスパラガスの収穫のように、単純作業って、”人がやることによるバリュー” が特に出ていないものが結構あると思うんです。機械化されることで、本当にやるべき、人にしかできないことをやれる時間ができて、仕事への楽しさや喜びも感じられるようになる。いち早くそういう世界を作れるように、僕らが動いていきたいですね。

いつかこうなるんだろうな… という未来が見えたのなら、自分たちの手でその未来を創り出す、ということにこだわり続けたいですね。何もやらずに、「あぁ、僕もそうなると思ってたんだよ」とは言いたくないんです。

編集後記

inaho株式会社オフィスにある奥座敷で会話

AI技術を使ったサービスが次々と誕生している時代ですが、inahoのお話を伺って、まだまだテクノロジーの力でアップデートできる分野があるのだなと考えさせられました。ロボットやAIに仕事を奪われてしまうのではないか、という議論もありますが、「ロボットが介入することで人にしかできない仕事や仕事の楽しさ、喜びを感じることができる」という菱木さんのロボットに対する前向きな言葉に、ロボットと共存共栄していく未来を感じる取材でした。

inohaの自動野菜収穫ロボットが、世界中で使われている未来が楽しみです。最後まで読んでいただき、有難うございました!

関連リンク

inaho株式会社
菱木豊さんのnote

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この記事を書いた人
成瀬夏実 フリーランスのWEBライター。2014年に独立し、観光・店舗記事のほか、人物インタビュー、企業の採用サイトの社員インタビューも執筆。個人の活動では、縁側だけに特化したWEBメディア「縁側なび」を運営。