2023年4月12日

必要なのは “宇宙人視点”。日本発の小型月面探査ローバー「YAOKI」が導く、私たちの未来と宇宙ビジネス

NASAの「アルテミス計画」を筆頭に、いま世界中で積極的な投資が行われている宇宙ビジネス。その中で注目を集めているのが日本発の超軽量の小型月面探査ローバー「YAOKI」です。本記事では、YAOKIを開発する株式会社ダイモン取締役COOの三宅さんに、YAOKIについて、そして日本の宇宙ビジネス最前線についてお話を伺いました。


人類が月面に初めて到達してから、およそ54年ーー。
この50年でさまざまな技術が進歩してきましたが、月についてはまだ多くのことが謎に包まれています。私たち地球人にとっては最も身近で、最もミステリアスな存在とも言えるかもしれません。

そんな中、アメリカでは2025年に再び人類を月面に送り込む「アルテミス計画」が進行中。人類と宇宙を取り巻く歴史は、まさに今、大きく動こうとしているのです。

この計画の中で、全世界の期待を背負うプロジェクトが日本から誕生しているのをご存知でしょうか。それが、超軽量の小型月面探査ローバー「YAOKI

“七転び八起き” という日本語から名付けられたこの製品は、たった498gという軽量ながらハイパワーな機能を持ち、1kgあたり1億円以上かかるといわれる月への輸送の在り方を変え、月の資源を活用した月面工場による「月産月消」の実現に大きく貢献しようとしています

月面の探査が進めば、私たち人類の未来の生活も変わるかもしれない。
そんな壮大なプロジェクトに宇宙最先端で関わる、株式会社ダイモンの取締役COOを務める三宅さんに、月面探査ローバー(※注釈1)YAOKIや、日本の宇宙ビジネス最前線について、たっぷりとお話を伺いました。

(※注釈1)ローバー:惑星や衛星などで使われる探査車のこと

三宅 創太(みやけ そうた)さん|株式会社ダイモン 取締役COO

事業開発・運営全般を掌握し、自らも国家戦略特区の事業立案、ロボット産業団体アドバイザーなどの事業創造の知見に基づき、当社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を図る。 2000年4月三協フロンテア株式会社 入社、2014年3月 合同会社ツクル設立、 2020年11月 株式会社ダイモンの取締役に就任。

月面探査ってなぜ必要? YAOKI誕生のきっかけ

インタビュアー田中伶
本日はよろしくお願いします! 早速ですが、YAOKIのプロジェクトが立ち上がったきっかけについて、教えてください。
三宅創太
YAOKIの始まりは、3.11の東日本大震災までさかのぼります。
代表のCEO兼CTOの中島紳一郎はもともと自動車のギアの開発者であり、ベルギー赴任時代に発明したギアが世界最強と言われるAudiのクアトロに採用されました。当時から頭の中には、さらにハイパワーなギアの構想があったのですが、自動車としてはそこまで求められていない。発明者として全力を尽くせないというもどかしい日々が続いていく中で、3.11が発生しました。

ちょうどその日、中島は大田区で開催されていたエンジニア向けのオープンイノベーションイベントに参加しており、埼玉の自宅まで一日以上かけて歩く道すがら「これは自動車作ってる場合じゃない」と。会社を辞める決意をして、次は何をやろうか? と考える中で、地上で一番いい駆動、悪路走破性の高い駆動体は発明できたから、今度は地球を越えて宇宙、月という発想に至ったそうです。
インタビュアー田中伶
地上での役目は果たしたから、次は、月! スケールの大きな話ですよね。でも、3.11をきっかけに使命を感じたというか、世の中の役に立ちたいという考えが浮かんだのですね。
三宅創太
そうですね。彼がちょうど独立したタイミングで「ispace(※注釈2)」の前身となる組織、ホワイトレーベルスペース・ジャパンプロジェクトにプロボノのエンジニアとして関わったことも、YAOKI開発の直接的なきっかけにはなりました。

(※注釈2)ispace(アイスペース)
日本の航空宇宙企業。民間による月面探査を目指して、月面無人探査レース「Google Lunar XPRIZE」などにも挑戦している

インタビュアー田中伶
なるほど。でも、私のような一般人からすると、そもそもなぜ月面探査が必要なのか? ということから話をスタートしなければいけないかもしれません。将来的に地球に住めなくなるかも、ということはなんとなく分かっているのですが、業界の方にとっての月面探査の必要性って、どういうところなんでしょうか?
三宅創太
その質問は、どの視点で答えるかによって回答が変わります。
例えば「国防・国策の観点」、それから「資本資源の観点」、それから「科学的ミッションの観点」に分けてお答えしましょうか。

まず、「国防・国策の観点」について
1969年アポロ11号が月面に上陸したことは有名ですが、これはアメリカが国策上、お金をかけてやってきたことです。でも、莫大な費用に対する経済的な成果はそれほど大きくなく、それ以降、アメリカをはじめ、世界中で月に関する予算が削減されるようになっていました。

そうしているうちに、2010年頃から、中国の月面開発事業が台頭してきます。アメリカ月面開発予算を超える金額を投資しています。こうした動きもあり、アメリカがもう一度、月の開発については国際的な連携に基づいてやっていきましょう、とコミットメントを発表したのが2017年。これがかの有名な「アルテミス計画」です。今世界的な宇宙ブームになっていることの背景としては、こうした国防・国策としての観点があります。

次に「資本資源という視点」について
かつてのアポロ計画では「月に水はありませんでした」と語られていたけれど、実際、月に水はあります。月の北極や南極はずっとマイナス150℃ぐらいなので、固体(=氷)としては存在するということです。ただ人間はまだそこに行っていないので、まずは水を見つけましょう、というミッション。

水があれば人間も住むことができる。さらに、水(H2O)をHとOに分けて、水素を作れば、その水素エンジンを使って、月からさらに火星に行けますね、ということで月での資源を活用できます。そのほかにも材料系では、鉄、チタン、マグネシウム、シリコンなどもあり、これらの加工する月面工場が建設されれば、月でのモノづくりが可能になります。興行素材として活用することができるのです。

また、月にはヘリウム3があります。
ヘリウム3は、核融合エネルギーを出せるのが特徴です。核分裂によるエネルギーではなく、核融合によるエネルギーです。このエネルギーを人類が使えるようになると、ほぼ石油は関係なくなるという夢のエネルギーなので、それを取りましょうということも叫ばれています。

最後に「科学的ミッションの観点」です。
現状、月周回軌道上からの衛星観測による月天体の探査はこれまでも行われており、日本では2007年9月に打ち上げられ、2009年6月まで観測を続けた「かぐや」(SELENE)が、世界トップクラスの高精度な観測を行いました。その結果、月に直径50m~100mの巨大な縦孔を世界で初めて発見しました。この世紀の大発見をしたJAXAの春山純一先生は、「縦孔の壁や溶岩チューブの床の溶岩の中からは月惑星、火山活動の歴史、内部の進化の過程を紐解く情報を得られる可能性があります。

また利用の観点としては、溶岩チューブの中は放射線や隕石衝突から人や機材が守られ、温度もほぼ一定なので将来人類の活動拠点として利用するのに非常に最適な環境だと考えられています」とコメントしています。
出所:https://www.isas.jaxa.jp/home/research-portal/people/2022/1221/
しかし、月に着陸して詳細を探査するプロジェクトが進んでいません。せっかく日本のプロジェクトが発見した縦孔ですので、YAOKIが縦孔内部を撮影して、科学的ミッション分析に寄与できればと考えています。
インタビュアー田中伶
月面探査の必要性を具体的に理解することができました。
世界各国が宇宙に向けて大きく動いていたことにも納得です。

小さくて軽いのに、高強度と走行性を実現。月面探査ローバー「YAOKI」

インタビュアー田中伶
次に御社が開発されている「YAOKI」について、詳しく教えてください。一番メインの特徴は、小型で、軽量で、強度があって、走行性が高いという4つですよね。
三宅創太
はい、そうです。そもそも「小さくて軽い」と「高強度と走行性」というのは、普通は相反するものなんです。強くすれば重くなるし、走行性を高めようとすると大きくなります。

世の中一般的なローバーは大型でいくと500kg。小型でも50kg。ispaceは5kgのローバーを開発しようとしていますが、YAOKIはさらに十分の一の500gを目指しています。宇宙までの輸送費は、ざっくり1kgあたり1億円と言われています。100g減るだけで一千万円の節約ですから、軽いに越したことはないですよね。

インタビュアー田中伶
1kgあたり1億円…! そうした制約がある中で、各社が走行性を競っている現状なんですね。月面探査のために、YAOKIに搭載されている機能はどんなものですか。
三宅創太
まずは、カメラです。最初の頃のミッションは、カメラで映像を撮ることでしたが、温度や放射線量、振動なども必要な情報になってきます。そこでカメラをセンサーに改良しました。

複数機能を一台に詰め込むと重くなるので、一台は温度のデータを取得するYAOKI、もう一台は水を見つけるYAOKI、みたいな感じで。つまり「群探査」、 群れで探査をしていくという設計思想なんです。

インタビュアー田中伶
軽くて小さくて、強度が高くどこにでもいける、という特徴があるからこそ実現できた分業スタイルなんですね。
三宅創太
これらにYAOKIの特徴を生かしたビジネスとして、「企業の技術×YAOKI」という提案もしています。企業のさまざまな技術を月面に持っていく=月面での稼働実績を一緒に作る、というものです。

自社の技術を月で稼働させるためには数十億の投資と膨大な時間がかかりますが、その技術をYAOKIに搭載して月で動かす、ということであれば安く、早く、自由度も高い。いま日本にはそういった形でのサポートする企業はないので、我々は事業モデルを作って、さまざまな企業と連携しながら、宇宙ビジネスを盛り上げていけたらと考えているところです。
インタビュアー田中伶
企業の技術を月面に持っていく! 面白いですね。
そもそも日本企業って宇宙における技術としては世界的に注目されているのでしょうか? 自動車の技術のように、世界をリードしていた実績があってもおかしくはないと思ったのですが…。
三宅創太
かつてはそうですね。宇宙の技術、例えばロケットや衛星を作る技術においては、数年前まで日本は世界トップ3ぐらいには入っていたんですよ。それが今は中国やアメリカの二強、それに続いて、フランス、韓国、オーストラリアなど…。各国が宇宙ビジネスに積極的に投資している中で、日本は相対的に遅れを取っています。

個人的には、日本企業が宇宙分野で世界中から注目されて、宇宙に関連する発注が日本企業に来るような世界になればいいなと思っているんです。我々が企業を巻き込んだ宇宙ビジネスの提案をしているのには、まさにこうした背景があります。

できるだけ早く、安く、月に行く。日本企業が一致団結してやれば、もしかしたらヘリウム3も日本企業が見つけるかもしれない。そうすると、月面のプラントも日本企業が作ることになるかもしれない。ここからはもう、地球でのビジネスと同じなんです。
インタビュアー田中伶
経済的な面でみても、大きな未来が懸かっているんですね。YAOKIから始まる日本企業の躍進、期待しています。

宇宙ビジネスの成長で、私たちの日常はどう変わる?

インタビュアー田中伶
少し話題は変わりますが、宇宙産業の成長によって私たちの日常はどう変わるのか。私も含めてまだピンときていない人も多いと思うので、三宅さんの観点で教えていただけますか。
三宅創太
実は、普段はあまり気づかないけれど、衛星を使ったGPS、通信、放送など、地球目線で見たときの宇宙のサービスって結構すでに実装されているんですよ。例えば衛生の画像解析ができるようになることで、地上の土砂崩れのビフォーアフターが分かったり。宇宙産業の成長によって、こういった技術がより高度になっていくし、サービスレベルも上がっていくでしょう。

もうひとつ重要なのは、月の惑星理解が進むと、その分、地球の惑星理解が進む、ということです。
インタビュアー田中伶
地球の惑星理解ですか。
三宅創太
例えば、月で人間が暮らそうと思うと、自分たちで空気を作って、水を作って、植物をやって、循環して食べ物も作らないといけない。そのためには地面が必要で、ものが必要ですよね。こうした実験や開発を、地球から一番近い月で試していくことは、結果として人類に多大な知恵と技術を与えることになります。

かぎりなくゼロの状態からどのように生命活動を行えるようにするか、ということを実地で学び、その方法についての研究も進むからです。
それは全く考えたことのない発想でした。日本では専門的な分野に進まないかぎり、こうしたことを学ぶ機会も少ないように思うのですが、海外だと、宇宙に関する教育も進んでいるのでしょうか?
三宅創太
あ、面白い動画がありますよ。これはアメリカの子供向け動画学習サービスが作ったものですが「月面基地の建設方法」について、地上の開拓の歴史になぞらえながら、子供でも分かるように説明しているんです。こういったことを楽しく学べる場が必要だなということで、YAOKIも全国各地で子供向けのワークショップをしたり、さまざまな教育機関と連携した取り組みをしています。

Kurzgesagt チャンネルより

インタビュアー田中伶
これから宇宙産業を志す子供たちも多いと思うんですけど、そういった人たちに求められる資質やスキルって、何だと思われますか?
三宅創太
うーん、宇宙人視点ですかね。つまり、地球という惑星を、外から見ることができる視点です。

地球のことしか考えられなければ「そもそも月に住むなんてありえない」という感覚ですが、この宇宙人視点があれば「月に工場を作ろう」という発想が生まれます。太陽系第三惑星からちょっとだけ離れて、客観的に物事を見れるようになるのが一番重要なんじゃないかな。

インタビュアー田中伶
宇宙人視点…! 実は、うちの5歳の息子も宇宙のことが大好きな年頃で…。この話はぜひ本人にもしてみようと思います。

そして企業で働く人間としても、ビジネスの舞台が地球を超えて月になっていくのはそんなに遠い話じゃないということを、正しく認識しなければいけないですね。
三宅創太
まさにそうなんです。このままでは日本の国際競争力も弱くなっていくし、世界はどんどん変わっているのに、日本だけ変わっていない状況を招いてしまいます。

日本企業は、まだ、逆転できる。宇宙産業の市場規模は、全体で300兆円と言われています。その中で日本企業は何パーセントを取ることができるのか…。日本企業の雰囲気や認識が変われば、日本経済自体も数兆円規模で拡大させられるはずです。そんな未来を、「YAOKI」が引っ張って、目指していきたいですね。
インタビュアー田中伶
私たちの未来の生活も、そして日本企業の経済的な発展も。その行方を月面探査が大きく握っているということがよく分かりました。お話を聞かせていただき、有難うございました!

関連リンク

小型月面探査ローバー「YAOKI」公式サイト

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この記事を書いた人
田中 伶 アステリア株式会社 コミュニケーション本部・メディアプランナー。 教育系のスタートアップでPRや法人向けの新規事業立ち上げを経験。話題のビジネス書や経営学書を初心者向けにやさしく紹介するオンラインサロンを約5年運営するなど、難しいことをやわらかく、平たく解説するのが得意。台湾情報ウェブメディア編集長も務める。