2021年7月5日

さらなる生産性と精密性を追求。アシックスの製造現場で挑む、スマートファクトリー化の軌跡(後編)

アステリアが開発するエッジ型IoTを実現するミドルウェア「Gravio」を製造現場で導入している、株式会社アシックスのスポーツ工学研究所内のカスタム生産部。実際の生産現場を見学させてもらい、どのような課題を解決するためにGravioを活用してくださっているのか、現場の方たちのリアルな声を聞かせてもらいました。後篇記事です。


国内外のさまざまなアスリート向けの専用シューズの生産を手掛ける、株式会社アシックスのスポーツ工学研究所内にあるカスタム生産部。より効率的な生産体制を目指すべく、現在は6つのシーンでIoTセンサーを導入し、さまざまなデータを測定、自動化を図る取り組みが行われています。

Gravioの開発を手掛けるアステリア株式会社 グローバルGravio事業部のメンバーが、実際にセンサーが活用される製造現場を見学。現場で働く社員の皆さんに ”スマートファクトリー化” の軌跡についてお話を伺ってきました。

株式会社アシックス グローバルフットウェア生産統括部
(写真右)カスタム生産部長 萩原祥仁 さん
(写真左)カスタム生産部 生産第2チーム 酒井大樹 さん

聞き手:アステリア株式会社 グローバルGravio事業部 小幡

機器内の温度管理に「温度センサー」を活用

これが実際にアスリートの専用シューズを作っている現場ですね。
はい。こちらがシューズのソールと、アッパーと呼ばれるパーツを接着させている機械なんですが、この工程で非常に重要になるのが、機器内の「温度管理」です。これまでは温度計を機械の中に入れて、一日2回測定していました。一回の測定には10分ほどかかります。何年も前からやっていたシンプルな方法ですが、より効率化したいと考えていました。
そこで「センサーを活用してみよう」となったのですね。
はい。最初は違う会社のセンサーなども調べたのですが、機械に取り付けるとなると、それを設置するために機械を調整する必要があったりとコストが発生してしまいます。Gravioの場合は、ペタッと機械に後付けできる無線対応のIoTセンサーだったので、これならスムーズに導入できるのでは? と。 現在私たちの作業場の温度・湿度を取るセンサーは、こんな風に設置されています。

おお、実際にGravioが働く現場を見るのは嬉しいですね! センサー自体も小さく軽いので、両面テープで十分なんですよね。
このセンサーを機械の中に常時入れておけば、パソコンに、リアルタイムな温度データが溜まっていきます。現在は在宅勤務のメンバーもいますが、自宅からでも温度の管理が出来るようになったんですよ。

測定データは可視化され、1日の温度変化レポートを関係者へメール共有している

実際、現場での運用がラクになった実感はありますか?
ありますね。これまでは都度、10分かけて測定したものを手書きで紙に記録していましたが、この導入で誰でも温度管理ができるようになったので、たとえば自宅で勤務している社員から「あれ、今温度ちょっとおかしいんじゃない?」というような指摘もできるようになりました。

シューズ作りに没頭してるとパソコンなどを頻繁に見に行くのが難しいこともありますが、そうした中でも、誰か別の人が精密なデータをもとに声かけが出来るようになりました。品質管理の上でも非常に頼もしいなと感じています。
他にもメリットがありまして。データがリアルタイムで取れるということは、製造工程における不具合が発生した際に、原因が特定しやすいんですよ。その日の時間ごとの温度が正確に把握できれば、的を絞った検証ができ、素早く対処できるようになります。

緑色に光っているのがGravioの警告ライト。温度センサーで乾燥機器内部の温度を計測し、熱くなりすぎたら赤く、低くなりすぎたら青く光るようになっている

もちろん従来の温度計のやり方で、なにか大きな問題が起きたことはありません。そうなると長く働いていたメンバーは「今のやり方で全然問題ない」「なにも変えなくていい」となりがちですよね。

だけどやはり現場の若手メンバーがこうした提案をしてくれたおかげで、これまでのやり方でも問題はなかったけど、センサーを導入したことでより作業効率や温湿度の管理の精度を向上させられたと思えることはたくさんあります。

すでにこの温度センサーを導入して一年ほど経っています。
今こうしてGravioで取っている現場のデータが、将来的にも役に立つと思っています。現場に設置するセンサーの数も増やして、その確認を進めているところです。

トライアンドエラーで現場に合った活用方法を模索

Gravioの「湿度センサー」も活用いただいていますが、これはどういったシーンで使っていただいているのですか?
工房内の空間ごとの湿度が分かるようにセンサーを導入しました。湿度は接着剤の乾燥速度や機械などの錆びにも影響してきます。これまでは湿度計で測定、手書きで管理していたのですが、現在はセンサーで空間ごとに管理しています。

湿度のデータを取り始めたことで分かったことも多いのでしょうか?
材料倉庫や現場でも「一人がスペースに立ち入るだけでこんなに湿度上がるのか」という発見はありましたね。今まで思い込んでいたことと違うことや新しいことが分かってきたことで、より精密に確認できている実感があります。
倉庫内など、空間の湿度は季節ごとでも変わります。現時点ではまだ年間のデータまでは取れていませんが、今後は年間を通じた検証や分析もできるかなと期待していますね。

最近では、温度や湿度以外にも、工程の作業時間を測るために、Gravioのワイヤレスダブルスイッチを導入しました。こちらは底付けするタイミングでスタートボタン押して、終わったらストップボタン押すというシンプルなものなんですが、これによって工程の作業時間を取れるようになりました。今後は作業者ごとにどれくらい時間がかかっているかなど、作業時間の平均値などもデータとして残していきたいと思っています。

現場で起きているすべてのことが重要なデータにつながっていますね。ちなみに「Gravio」の人感センサーを使った活用もされているとか。
はい。通常、人感センサーは人を感知するものですが、熱を持ったものに対して反応するというのをヒントに、「乾燥が終了して出てきたソールを人感(熱検知)センサーで検知すると緑のライトを点灯させる」ことで乾燥工程の完了を通知する仕組みを工房内に作りました。

乾燥工程が完了したソールがコンベアー上に流れてくると人感(熱検知)センサーが検知して緑のライトを点灯させる

人感ならぬ靴感センサー、みたいな感じですね(笑)。
我々の社員は複数の作業や業務を担っていて、コンベアーから一旦離れなければならない時があります。この工程では、約5分ほどかけてソールがコンベアーを流れていくので、その間に乾燥工程が完了したことに気づかないケースもありました。今はデスクからもよく見える場所に作業が完了したことが分かるライトを設置しているので、とても動きやすくなりました。
色々なシーンでの IoT化にトライしてくださっているんですね!
今まさにトライアンドエラーの最中ですね。ただ、ミシンの振動を測るセンサーなど、実際に使ってみて「私たちには合わなかったね」というものもありました。とはいえ「実際にやってみてうまくいかなかった」と言えるのはとてもありがたいことです。普通は導入して試す時点でかなりの費用になってしまいますから…。

現場の社員にとっては「そのテクノロジーが本当に使えるのか」というのがとても重要です。まずは現状のデータをしっかり揃えて、その上で「これが有効かどうか」「やる意味があるのか」と社員自らが考えていく必要があります。Gravioの場合は、まずは試してみようと思える金額感であることや、導入する側にとって非常に試しやすいことが一番の魅力でしたね

シューズの底の厚さ測定も、距離を測るセンサーでより精密に

我々の製造現場でのセンサー活用で、新しく取り組んでいるのが「LiDAR(ライダー)」と呼ばれる距離を測るセンサーを使った、シューズの底の厚みの計測です。
一般的なマラソン大会でも、シューズの底の厚さが重要視されていますよね。
もちろん我々としても、定められた規定を超えた設計はしていませんが、その品質を保証するためにもしっかりとデータを記録する必要があります。

これまではハイトゲージと言って、手計測で計って納品してたのですが、手動で測った結果を手書きで紙に記録して、さらにパソコンに手入力して… と、かなり手間がかかります。一足あたり約5分ほどでしょうか。ダブルチェックとして二人体制で対応することもありました。

底の厚みのチェック。これまではノギスを使って手計測していた

この厚みを「LiDAR」を使って計測する取り組みを始めました。 シューズをセットして、製造番号がついたバーコードを読み込めば自動でデータが入っていくという仕組みをアステリアさんのアドバイスをもらいながら構築して、トライしています。

今では一足あたり20〜30秒ぐらいになってるので、約1/15の時間でできるようになりました。

手入力に比べると、生産性、精密性がともに上がっているんですね。

サステナブルな社会に向けて。スマートファクトリー化のこれから

アシックスでは、2050年に向けて「温室効果ガスゼロ」を目指されていると伺いました。Gravio の活用もそういったところで貢献できそうでしょうか?
大きな目標ですが、まずは生産現場での材料やエネルギーの無駄を省けるようになるのが理想でしょうね。カスタム生産部の工場は小さな現場ではありますが、ここで成果が出たものを量産の現場に持ち込んでいける可能性もあると感じています。

テクノロジーを活用することでそれが実現すれば、最終的にはサステナブルな社会の実現にも貢献できると感じていますよ。

やはり無駄をなくすって大切ですよね。
そうですね。サステナブルって、CO2を直接的に減らすこともそうですけど、まずは今発生してしまっている無駄を減らしていくっていうことが、我々ものづくりの場には求められているんじゃないでしょうか。食品廃棄などにも同じことが言えるかと思いますが、廃棄するものを減らすということが必要ですよね。

IoTセンサーを活用した管理や、スマートファクトリー化を推進していくことが、そのような無駄を減らすことにつながっていくと考えています。
なるほど。まだまだテクノロジーが介入できそうなところはありますね。
小さな現場であっても、一個の材料を減らせば、その分、材料購買の回数も減ります。材料購買の回数が減るということは、コンテナ動かす回数も減るということ。輸送のエネルギーも減りますよね。こうしたエコの連鎖を広く長くつなげていきたいですね。
お話を聞かせていただき、有難うございました!

編集後記

アステリアが開発するエッジ型IoTを実現するミドルウェア「Gravio」を製造現場で導入している、株式会社アシックスのスポーツ工学研究所内のカスタム生産部。実際に見学させてもらうことで、具体的にどのような課題を解決するためにGravioを活用してくださっているのか、現場の方たちのリアルな声を聞かせてもらいました。

そこにあったのは、クラフトマンシップと最新テクノロジーの融合。勘と経験からの離脱、品質・生産性の向上、さらには生産における無駄を無くし、同社の目指す脱炭素社会を実現するための第一歩を、テクノロジーとともに歩まれている印象を強く受けました。こちらの導入事例については、アステリアのGravio製品サイトでも詳しく紹介しています(製品事例はこちら)。興味のある方はぜひこちらもあわせてチェックしてみてくださいね。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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この記事を書いた人
田中 伶 アステリア株式会社 コミュニケーション本部・メディアプランナー。 教育系のスタートアップでPRや法人向けの新規事業立ち上げを経験。話題のビジネス書や経営学書を初心者向けにやさしく紹介するオンラインサロンを約5年運営するなど、難しいことをやわらかく、平たく解説するのが得意。台湾情報ウェブメディア編集長も務める。