2023年5月18日

公認会計士に聞く、日本企業がWeb3領域に進出する上での会計上の課題とこれから

今や時代の潮流とも言える「Web3」。しかし企業がWeb3領域に進出をするにあたっては、日本の会計上、多くの課題が生じるともいわれています。企業がWeb3に進出する際の会計上の課題とは具体的には何か? 大手監査法人出身の公認会計士であり、Web3関連の話題にも詳しい村上裕一先生と西山修平先生にお話を伺いました。


ブロックチェーン、NFT、メタバースなど様々な魅力と期待が詰まったWeb3は、今や時代の潮流。世界中の多くの企業が参入を検討する分野になっています。

しかし、実際に企業がWeb3領域に進出をするにあたっては、多くの課題が生じるともいわれています。特に日本においては会計上の課題が山積みであると指摘する意見もあり、そうした理由が日本のWeb3進出を遅らせているともいわれています。

では、企業がWeb3に進出する際の会計上の課題とは具体的には何か?
今回は、大手監査法人出身の公認会計士であり、Web3関連の話題にも詳しい村上裕一先生と西山修平先生に詳しいお話を伺いました。

左・村上裕一公認会計士事務所代表公認会計士・税理士村上裕一氏、右・KOTOBUKI会計株式会社代表公認会計士西山修平氏

村上裕一公認会計士事務所 代表 公認会計士・税理士|村上裕一氏(写真・左)
2007年公認会計士試験に合格し、EY新日本有限責任監査法人に入社。監査法人にて監査業務経験後、東証一部上場企業の経理財務、会計事務所を経て2020年に村上裕一公認会計士事務所を独立開業。仮想通貨・NFT・ブロックチェーンゲームを専門とする税務に特化。SNSでは「魔界の税理士」(魔界=仮想通貨投資の奥深い世界のこと)として情報発信している。

KOTOBUKI会計株式会社 代表 公認会計士|西山修平氏(写真・右)
2007年監査法人トーマツ入社。その後、一部上場企業の内部監査部や、マッチングアプリの開発運営会社、あずさ監査法人の経験を経て、2022年の独立を機にKOTOBUKI会計株式会社を設立。Web3領域でのサービスを展開しつつ、自身でステーキングプールの運営を手掛ける。

<聞き手・アステリア株式会社 ブロックチェーンエバンジェリスト 奥 達男>
本インタビューは2023年4月に行われたインタビュー内容をもとに構成しております

きちんと分けて考えたい「税務上の課題」と「会計上の課題」

アステリア株式会社ブロックチェーンエバンジェリスト奥達男
この業界で仕事をしていて、Web3を始め、NFTや暗号資産に関する「税務上の課題」という話はよく見聞きしますが、「会計上の課題」というのは意外にキャッチアップできていないなと感じています。
公認会計士・税理士村上裕一
確かにそうですね。そもそも税務は主に税金を正しく納めるための情報です。一方で会計というのは、投資家を保護するという視点で、企業が投資家に向けてどのように情報を開示するのか? ということを指します。

大企業には株主をはじめとするさまざまな利害関係者が存在しますが、Web3関連の会計基準やIR(開示)の方針、外部監査人による会計監査の進め方というのが明確に確立されていないため、利害関係者向けの情報開示がなかなか進んでいません。そうしたことが、日本の大企業のWeb3進出が遅れている理由ではないかと、私自身は思っています。
アステリア株式会社ブロックチェーンエバンジェリスト奥達男
そもそもWeb3の会計は前例がなく、有識者も少ないですよね。Web3関連の会計基準が確立されていないのは、どういった理由があるのでしょうか?
公認会計士・税理士村上裕一
ブロックチェーンやWeb3は特有の仕組みになっていることから、そもそも会計基準が明確に決まっていない部分があるため、企業における監査法人である公認会計士との間で問題が生じています。上場企業の‎IR情報については、監査法人が監査をするのですが、会計基準が不明確なこと、および監査の手法が確立されていません。

たとえば一般的にブロックチェーンは匿名性が高いといわれていますが、監査法人からすると「何か粉飾しているのではないか?」と思われたり、信頼性、また「反社会的勢力との取引などに利用されていないか?」といった実態までもが見えにくくなっています。

ブロックチェーンやWeb3特有の匿名性をどう確保しながら情報を開示していくのか? ということが、まず一つの大きな課題になっているんです。

アステリア株式会社ブロックチェーンエバンジェリスト奥達男
なるほど…。とはいえ、過去の会計の前例がない/有識者が少ないというのは、これまでも新しい技術が出てきた際にたびたび起こっていたのではないかと思います。
公認会計士西山修平
たしかに、これまでも金融業界やゲーム業界において、既存の会計基準が馴染まない新しい金融商品やマネタイズの方法が登場したことはあります。

そういうときに会計士はその取引の実質を見ます。実質判断をした上で、既存の会計基準に当てはめて、これはこういう会計処理にしようと判断します。ただ、あらゆるものがデジタル上で展開されるWeb3では、取引の実質を見るのが難しいと個人的には思っています。
公認会計士・税理士村上裕一
実際、該当のサービスや技術がよくわからないのであれば使ってみればいい、という意見もあります。たとえばゲーム会社であれば、実際にゲームを購入して遊んでみればいいとか。

だけどこれが「トークンを購入する」というのであれば、少し話が複雑になるんですよ。 たとえばトークンには「株式」に近い性質があります。会計士は独立した第三者の立場から監査しなければいけないので、クライアントの株式などは保有することができません。監査法人は内部情報を持っているので、クライアントのトークンを保有すること自体も制限されるというケースがあるんです。いわゆるインサイダー取引に該当する可能性があるためです。

会計士自身がWeb3領域に入るのは社内のルールに引っかかってしまう、ということもあり、その結果、トークンなどの技術やWeb3系のサービスに触れる機会が制限されていることもあるようです。

そういった背景が、外部監査人である公認会計士の知見が溜まらないことにも繋がっています。
アステリア株式会社ブロックチェーンエバンジェリスト奥達男
そんな背景があったとは、知りませんでした!
ブロックチェーン技術はいま急成長している領域ですから、実際に触れない、体験できないとなると、なおさらキャッチアップするのは難しいですよね。
公認会計士・税理士村上裕一
やっぱり目に見えない問題なので、ルールを作る側の人たちにとってはわかりにくいですし、概念的な言葉も混在しているので伝えるのも難しい。当然理解するのも、さらにそれをルール化するのもすごく難しいことですよね。
公認会計士西山修平
会計上の論点としては、たとえば時価がすごく変動しやすいトークンやNFTを評価する際に、どのように減損会計を適用するのか? また、売上高計上に関しても収益認識基準に照らし合わせる必要があるのですが、なかなかその基準にあてはめるのが難しいという課題があります。

さらに、企業は投資家に情報を開示する必要がありますが、前例も限られているため、細かく見ていくと開示だけでも数多くの論点になってしまうんです。

保有の目的によって科目が変わる、暗号資産やNFT、トークン

アステリア株式会社ブロックチェーンエバンジェリスト奥達男
ちなみにトークンやNFTの評価というと、簡単にいうと、CoinMarketCapOpensea などを参考にするのでしょうか?
公認会計士・税理士村上裕一
時価による評価になるので、基本はそうですね。しかし、バランスシート上では、その暗号資産をどう活用するかによって、流動資産や固定資産のどの科目に計上するべきかが変わってきます。

たとえば、短期で売買するなら流動資産に、長期で保有するのであれば有価証券に近い形として投資その他の資産に、また単に売り上げの代金が暗号資産で入金されるというのであれば、外貨建て預金のような扱いになるなど、保有の目的ごとによって科目が変わる可能性があるんです。
アステリア株式会社ブロックチェーンエバンジェリスト奥達男
なるほど。たとえばこれがNFTや、DAOのガバナンストークンだとしても同様ですよね。 バランスシート上、どこの扱いになるのかというのは、会社側がどういう目的で保有しているのかによって変わるという。
公認会計士・税理士村上裕一
そうですね。あくまでも会社側がそれをどういう目的で保有するかによって、それがどういう実態になっているかを判断して、分類していくということになると思います。
公認会計士西山修平
少し話がそれるんですが、数年前に「ゲーム会社の収益認識基準」が論点になったことがありました。収益認識基準が導入された際、スマホアプリの課金には明確な会計基準がなかったんですね。

そのときはモバイル・コンテンツ・フォーラム(MCF)というゲーム会社数社が集まった業界団体が、こういう考え方に基づいて計上しましょうという指針を出しました。もしかしたら今後Web3でも、NFTはこうしましょうとか、こういう切り口で整理できるのではないか? という指針のようなものが出る可能性はあると思っています。

アステリア株式会社ブロックチェーンエバンジェリスト奥達男
業界団体が指針を出すというのが時代の潮流なんでしょうか。
公認会計士西山修平
そうですね。Web3と同様に、ゲーム業界でも新しいマネタイズの方法が次々と出てくるので、一つ一つ会計基準まで作り上げるというのは、現実的に難しいと思います。

Web3進出に必要なのは監査法人とのコミュニケーション

アステリア株式会社ブロックチェーンエバンジェリスト奥達男
これから事例が出てくることによって作られるルールもあると思うのですが、現時点で、会計上で最も配慮しなければいけないことはあるのでしょうか。
公認会計士・税理士村上裕一
僕の持論ですけど、まずは監査法人との交渉というか、説明することが一番大事だと思います。監査法人は企業に対して「監査意見」というものを出すのですが、そこで適正意見がもらえずに、「不適正意見」や「意見不表明」になってしまうと、企業はそれだけで上場が維持できない可能性もあります。

Web3に参入して暗号資産を保有したり、トークンを発行したいという意思があるのなら、事前に監査法人にその概要を説明して、監査法人の監査がクリアできるかどうかを直接相談するのが重要です。

アステリア株式会社ブロックチェーンエバンジェリスト奥達男
そうなると、会計士側にもWeb3の知識が求められますよね。
公認会計士・税理士村上裕一
そうですね。実際の交渉や説明は時間がかかると思います。実際に画面などを見せながら仕組みや内容をしっかりと解説する必要があると思います。

監査法人の内部には「審査部門」という組織があり、クライアントの会計処理に関しては、審査部門を通じて、監査法人内部の社内審査を受ける必要があるのですが、審査部門の審査員向けに説明資料を作る必要もあるので、時間はかかることになりそうです。おそらくですが、1〜2ヶ月くらいはかかるはずです。

そこで監査法人側の審査が通れば、やっとその先に進めます。仮に監査法人に断りなく勝手に進めてしまうと、監査業務が進まないために、「意見不表明」となり、上場廃止になるような事態も招きかねないので、そこはきちんとやるべきかなと。
公認会計士西山修平
Web3の世界は変化が速すぎて、2ヶ月後に評価が100倍になることもあれば、2ヶ月後に100分の1になることもあります。

監査法人の立場としては、評価が100倍になったときはこうする、100分の1になったときはこうする、というような方針を持った上で、会社と応対した方が良いと考えていますね。
アステリア株式会社ブロックチェーンエバンジェリスト奥達男
変化が激しい業界なので、現況だけではなく、この先の変化も踏まえた計画を立てないといけないのですね。

Web3関連のIR情報を開示している企業は多い?少ない?

アステリア株式会社ブロックチェーンエバンジェリスト奥達男
すでにWeb3に進出、もしくはWeb3関連の情報をIRに反映している企業は、現状どの程度あるのでしょうか。
公認会計士西山修平
有価証券報告書をベースに考えると、全体の1%弱ですね。
直近1年間で暗号資産というキーワードで検索すると100件弱ヒットしますが、全体の有価証券報告書の受理数が1万件程度なので、1%未満なのかなと思います。
アステリア株式会社ブロックチェーンエバンジェリスト奥達男
この1%という数は、どんな捉え方をすればいいんですか。まだまだ少ないのか、1%もあれば結構多いよね、という感じなのか。

公認会計士・税理士村上裕一
個人的にはまだまだこれから、という感覚ですね。よく暗号資産はオワコン、ビットコインは死んだ、なんて言われることもありますけど(笑)、まだスタート地点かなという感じです。

というのは、上場企業が暗号資産を保有するようになったのもここ数年の話ですし、ましてやIRに載せるほどの重要性が高まってきたのはここ2、3年ぐらいの話です。それでいて全体の1%ぐらいまで来ているというのであれば、むしろ早いのではないかなという感覚で捉えています。

アステリア株式会社ブロックチェーンエバンジェリスト奥達男
IRに反映している企業は、どんな形で情報を載せているのでしょうか。
公認会計士西山修平
一番多いのは、リスク情報として載せているところですね。有価証券報告書でいうと、事業のリスクというところなのですが、価格変動、法的規制、セキュリティなどの観点で情報を載せているところが多いですね。

金融、またはゲームコンテンツの会社が目立ちますが、暗号資産の保有の目的はやはり「投資」が多いと思います。ファンドなどを持って、そこで保有しているケースや、ゲーム会社が事業の一環として保有しているケースもあるようです。
公認会計士・税理士村上裕一
いま、多くのゲーム会社がブロックチェーンゲームも視野に入れて動いているので、事業で使うために一部保有してみようとか。投資というよりは、研究開発を目的に保有しているケースが多いかもしれませんね。

実際にIRには出てきませんが、社内で「Web3事業部」的なチームを作り、既存のビジネスとWeb3を掛け合わせたことを考えている企業も多いと思います。不動産NFTとか、アパレルNFTがまさにそうです。

実際に踏み出してやっているのが1%というだけで、水面下でWeb3に関わっている企業や、これからIRに反映されてくる企業は沢山あると思いますよ。

法律・税務・会計を同じレベルで考える必要がある

アステリア株式会社ブロックチェーンエバンジェリスト奥達男
結局のところ、Web3に進出する上では、税制、法律面と同じように会計のことも、優先順位をつけずに考えなければいけないということですよね。Web3に関わる会計の課題、今後どのように発展し得るのか。お二人のご意見を聞かせていただけますか。
公認会計士・税理士村上裕一
ちょうど先日、自民党がWeb3ホワイトペーパーというのを開示していて、日本のWeb3進出に関するさまざまな課題が挙げられていました。

その中でも、税制改正については具体的な提言がすでに出ていて、かなり盛り上がっています。会計監査に関する問題も挙げられていて、今後は日本公認会計士協会がWeb3領域に関する勉強会を定期的に開き、会計士協会としてもWeb3の実務のキャッチアップしていこうという動きにもなっているんです。

なので、これから会計基準や監査のやり方がある程度は整備されるだろうなと。大企業の中にもWeb3に参入したい人たちはたくさんいると思うので、大手企業からどんどんIRが出てくれば監査もしやすくなると思います。

会計基準があること、そして他社事例が出てくること
この2点によって、今後幅広く普及していくだろうと期待しているところです。
公認会計士西山修平
僕の意見としては、ブロックチェーンやNFTはテクノロジーですし、テクノロジーは退化しないという大原則があるので、この技術自体は普及していくと思っています。むしろ、さらに新しい技術が出てくるものだと。そうなると、あとは会計や法律がそこに追いつくしかないですよね。

今はまだ全体の1%しか開示していないという話でしたが、次第に5%、10%と増えていって、Web3が普通のことになる時代が来ると思っています。

来る時代に向けて準備しなければいけないのは、会計士の方です。 私自身、危機感を持って、このテーマに取り組んでいます。

アステリア株式会社ブロックチェーンエバンジェリスト奥達男
なるほど、ありがとうございます。ちなみにお二人は、Web3に特化した会計士のプラットフォームサービス「PEER(ピア)」というサービスを今年4月に始められていますよね。どのような想いで立ち上げられたのでしょうか?

◆ Web3事業者 必見|Web3に特化した会計士プラットフォーム「PEER」登場
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000120298.html



公認会計士西山修平
PEERを通じて、Web3の世界の変化に企業がついていくのが難しいこと、そこに応えられる会計士が不足していること、この二つの課題を解決したいと思っています。

Web3に進出しようとする事業者の方と、Web3に詳しい会計士が、相互に同じ目線で相談しあえる場所になればいいなと考えていて、現在は、企業の経理部長の補佐や、社内向けの研修なども積極的に実施していくつもりです。

Web3事業者の方はもちろん、Web3に取り組みたい会計士の方たちからのご連絡もお待ちしています。みんなでWeb3を盛り上げていくためにも、知見を集めていきたいですね。
公認会計士・税理士村上裕一
PEERのターゲットは広範囲だと考えています。会計士が知見を交換するのみならず、たとえばWeb3のスタートアップ企業においては会計監査とか、監査法人との交渉が難しいという問題もあるので、我々が間に入ってお手伝いできたらとも考えています。

監査法人や会計事務所の話を聞いていても「クライアントがいきなり暗号資産を保有し始めて、どうすれば良いのか全くわからない」という声も多いんですよ。

そういったときに、実際にクライアントの間に入って、会計の論点を監査基準に照らしてどう扱うか? といった「ポジションペーパー」の作成を代理するなどして、監査法人の監査がスムーズに受けられるように支援しようと思っています。少人数で立ち上げてこれから仲間を募っていく段階ですが、こういった活動を発端に、日本のWeb3を巡る議論も変わっていけばいいなと。
アステリア株式会社ブロックチェーンエバンジェリスト奥達男
Web3における会計上の問題、困ったときの駆け込み寺というところですね。 お二人のこうした取り組みを通じて、企業がWeb3に取り組んでみようと思えるような環境ができていけばいいなと強く感じました。

本日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました!

本インタビューは2023年4月に行われたインタビュー内容をもとに構成しております

関連リンク

・村上裕一公認会計士事務所 https://ur-buddy-cpa.com/
・村上裕一 先生 Twitter https://twitter.com/Jeanscpa
・西山修平 先生 Twitter https://twitter.com/treasur05364270

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この記事を書いた人
高橋ピョン太 ゲーム開発者から、アスキー(現・アスキードワンゴ)のパソコンゲーム総合雑誌『LOGiN(ログイン)』編集者・ライターに転向。『ログイン』6代目編集長を経て、ネットワークコンテンツ事業を立ち上げ、以来、PC、コンシューマ向けのネットワークコンテンツ開発、運営に携わる。ドワンゴに転職後、モバイル中心のコミュニケーションサービス、Webメデイア事業に従事。現在は、フリーライターとして、ゲーム、VR、IT系分野、近年は暗号資産メディアを中心にブロックチェーン・仮想通貨関連のライターとして執筆活動中。