2022年10月14日

意識を自分に向けることがウェルビーイングにつながる。 アステリア CWO 島田由香さんに訊く、社員と企業の幸せにつながる働き方

アステリア株式会社にCWO(チーフ・ウェルビーイング・オフィサー)として加わった、島田由香氏。そもそもウェルビーイングってなに? という基本から、企業の業績との関係、社員の ”いい感じ” をつくる働き方などについてさまざまな疑問に答えてもらいました。


2022年7月、渋谷区のIT企業 アステリア株式会社に、新たな肩書きを持つ仲間が加わりました。それが CWO(Chief Well-being Officer/最高ウェルビーイング責任者)。アステリアが十年以上にわたって力を入れてきた「生産性向上のための柔軟な働き方」に、ひとつの道標を示す重要なポジションです。

東証プライム上場企業であるアステリアに「CWO」が新設されたというニュースは、多くのメディアでも取り上げられ「Well-being」というキーワードにも改めて注目が集まりました。

▶ CWO(Chief Well-being Officer)の新設と就任について
初代 CWOに 島田由香 が就任し、働く快適さと生産性向上の両立を推進 日本企業に即したウェルビーイングの在り方を研究し広く発信 https://www.asteria.com/jp/news/press/2022/06/23_01.php

これまで日本GEで人事マネジャー、そしてユニリーバ・ジャパンでは取締役 人事総務本部長を務めてきた島田由香氏。ウェルビーイングの考え方や企業の業績との関係、社員の ”いい感じ” をつくる働き方などについてのさまざまな疑問をぶつけてみました!

島田 由香(しまだ ゆか)|アステリア株式会社 CWO(Chief Well-being Officer/最高ウェルビーイング責任者)

慶應義塾大学卒業後、パソナを経て、コロンビア大学大学院にて組織心理学修士号取得。日本GEにて人事マネジャーを経験し、2008年ユニリーバ・ジャパン入社。2014年より取締役人事総務本部長に就任。人のモチベーションに着目し「WAA」など独自の人事施策を多数実行、同社はForbes WOMEN AWARDを3年連続受賞した。2017年に株式会社YeeYを共同創業し代表取締役に就任(現職)。ウェルビーイング研究の世界的権威を招聘したカンファレスを行うなど、日本企業や社会のウェルビーイングリテラシー向上に貢献。企業の経営支援や人事コンサルティング、組織文化の構築支援などを通じて、日本企業のウェルビーイング経営実現に取り組んでいる。また、自身も1年の半分近くをワーケーション先で過ごすなど地域活性に情熱を燃やし、地方自治体の組織コンサルティングやワーケーションなどのコンテンツ開発支援、地域住民のウェルビーイングを高める仕組みづくりを行う。

日本の人事部「HRアワード2016」企業人事部門 個人の部 最優秀賞。「国際女性デー|HAPPY WOMAN AWARD 2019 for SDGs」受賞。Team WAA! 主宰、Delivering Happiness Japan代表/チーフコーチサルタント、Japan Positive Psychology Institute 代表。

政府の成長戦略にも盛り込まれる “ウェルビーイング” という考え方

Chief Well-being Officerである島田さんにお話を伺えるのを楽しみにしていました。まずは「Well-being」という考え方や、その発祥について教えてください。
Well-being とは、”良い状態である” ということを示す英語です。日本語で「継続的幸福」と言われることもあります。世界保健機関(WHO)憲章の前文の一節でも使われている言葉で、「心身ともに健康で社会的に良い状態」を指しています。

英語なので敬遠されがちですが、この言葉は「ウェルビーイング」として日本語で定着させられるだけの価値やインパクトがあるものだと確信しています。学問としては、ペンシルバニア大学のマーティン・セリグマン博士が20数年前に確立した「ポジティブ心理学」が基軸になっています。
考え方としてはずいぶん前からあったわけですよね。ここ最近、特に注目されるようになった背景は何なのでしょうか?
やはり大きいのは、新型コロナウィルスの影響ではないでしょうか。
世界77億人の全員が同じことに意識を向けた2年半。こういったことって、歴史上初めてのことではないかと思うんですよね。コロナによって誰もが無意識に命の危険を感じて、命を守るためにも人と接さない、触れないということが起きました。

人間にとってつながりとはとても大切なものです。人と距離を置いて、家にいる時間が主体になったことで、良かったこともあるけれど、人や社会との関係性の中で違和感もあったと思います。人生って、仕事って、家族ってなんだろう? って。そんな風に誰もが無意識に考えたと思うんですよね。いま「ウェルビーイング」という言葉が、そうしたモヤモヤに応える言葉として使われるようになってきているのかなと思います。

さらにもうひとつ重要なポイントは、2021年6月に日本政府が発表した「経済財政運営と改革の基本方針2022」です。“骨太の方針” とも呼ばれますが、この中で、日本が今後成長していくための戦略として、ウェルビーイングという言葉が初めて使われたんですよね。

私はかれこれ6年前から、日本企業や社会のウェルビーイングリテラシー向上に貢献するために会社を立ち上げて活動してきました。国の方針として発表されたウェルビーイングに、省庁や市区町村、企業からの注目が集まっている今、私たちが取り組めることはとても多いと思っています。
そもそもウェルビーイングというのは根底となるベースの考え方であって、=(イコール)働き方というわけではないのですね。
ウェルビーイングって、つまり、自分がいい調子かどうかというところなんです。私の定義は「なんかいい感じ」「いい調子」って思えてるかどうか。だから、働き方というのもひとつの切り口ですね。

例えば、朝何時に会社に行かなければいけない、ひどい満員電車に乗らないといけない、職場では嫌なことがあっても我慢しなくちゃいけない… とか。こうした時間は私たちから人間らしさを奪います。

働き方ってもっと自由で良いのでは? オフィスや時間にこだわる必要はないのでは? と。そういったことに興味を持ったからこそ、今こうした活動をしているんです。
私たちは一日の大半を仕事して過ごしているわけで、そうした毎日の中で「なんかいい感じ、いい調子」と思うには、仕事をする環境や働き方の改善、これまでの当たり前を疑うことは切り離せないですね。

業績にも影響が? 社員のウェルビーイングが企業にもたらすもの

社員がウェルビーイングであることが、企業の業績にも影響を与えるのでしょうか?
はい、もちろんです。例えば「幸せを感じられている社員のほうが生産性は30%高い」「営業成績は37%高い」といったデータはすでに沢山あります。イノベーションを起こしていくのに必要な「創造性」という観点からすると、幸せを感じられている社員は、感じられていない社員に比べてなんと300%です。
300%…! 3倍クリエイティブなんですか!
そんなデータがあるなんて、知らなかった…。
それと同時に、例えば欠勤や事故、鬱(うつ)になってしまう割合も「ウェルビーイングであれば減る」というデータがあります。以下の表、中央線より上に書いてあることは「幸せだと上がるもの」、下に書いてあることは「幸せだと下がるもの」です。

社員の退職率や欠勤、バーンアウト(燃え尽き症候群)、そして職場での事故も。社員のウェルビーイングがいかに重要なものか分かってもらえたでしょうか。

なるほど…! ちなみに島田さんが、こうしたウェルビーイングに興味を持つようになったきっかけはあるのでしょうか。
そうですねえ、私はもともと人にすごく興味があって、人が笑顔でいられないとか、ハッピーな状態でいられないことが起きてることに疑問を持ってしまうんです。その当時から「ウェルビーイング」という言葉を使っていたか? と聞かれると、そうではないんですが。

日本ってどうしても「我慢が美徳」というか、歯を食いしばって頑張っている人が評価されて認められる傾向があるように思うんです。もちろんそういうのも分かるんですが「ラクしちゃいけない」っていうのは違うかなと。「楽(ラク)」と「楽しい」、一緒の漢字なのには意味があります。楽しくやっているからといって、サボっているわけではありません。

例えばアステリアでは、働く人がもっと楽をするために、ノーコードでアプリを作ることを提案していますよね。働く人が楽することで、もっと空白(スペース)ができるし、その人だからこそできる業務にフォーカスされて、仕事は楽しくなるはず。
確かに…。会社員はこうあるべきという考えと共に、こういう人が評価されて当然、という暗黙の了解であるような気がします。そうした前時代的な考えは、製品や働き方を通じて変えていきたいですよね!
「我慢が美徳」と捉えられがちな日本だからこそ、ウェルビーイングという考えが広まっていく価値があるんですよ! ウェルビーイングという言葉の前には「健康経営」というキーワードもよく耳にしましたよね。時代や環境の変化と共に、社員が ”いい調子である”、幸せであるということに関心が集まるようになったのは、とても良い流れだと思っています。

大切なのは外との比較ではなく、自分に意識を向けること。幸せな人の考え方

ちなみに、ウェルビーイングの状態を測る指標はあるのでしょうか?
はい、色々な人が作っています。ただ私自身はあまり推奨はしていません。指標そのものを否定してるわけではなく「指標や数値ばかりを意識してしまうこと」に問題があると思っているからです。

数値を測ることで、どうしても “周りとの比較” が始まってしまうんですよね。
ウェルビーイングは、そもそも誰かと比べたりするものではないということなのでしょうか。
そう、ウェルビーイングって主観的で良いっていうことが分かってるんです。つまり、他の誰でもない自分のこと。「あの人の方が私よりもウェルビーイングが高い」ということはないんです。

だけど、人間は比較すること・されることに慣れている生き物です。「私はXXだから、あの人よりも幸せ」とかね。ウェルビーイングな人はそれをする必要がありません。。大切なのは意識が自分に向いているということなので、もし比較をしたいのなら「昨日の自分」とすればいいと伝えています。

明確な指標がなくても、自分で自分のことをチェックすれば「ウェルビーイングが高いのか低いのか」はすぐに分かります。だけど自分のことに興味がないと、「どんなときに自分は最高な状態なのか?」はすぐにピンと来ないかもしれません。

ちなみに田中さんは、どんなときに最高な状態ですか?
最高な状態…! うーん、漠然としていますが、私は緑があるカフェとかでひとり考えを巡らせているときに幸せを感じます。最近の自分自身を振り返ったり、自分のために時間を使っているとき…。

でも今お話を伺っていて、私自身も「比較」や「指標」という考えに洗脳されているのかも? と思いました(笑)。他の誰かと比べたくないと思いながらも、SNSで誰かの投稿を見て落ち込んだり。自分の意識に目を向けることは個人的にも課題です。
まさにそのヒントを伝えているのが、私が YeeY でやっていることなんですよね。先述のマーティン・セリグマン博士は、ウェルビーイングを高める要素として、PERMA(パーマ)という5つの切り口を提唱しています。

お伝えしたいのはこの5つの切り口があるとウェルビーイングが高くなるので、ここに意識を向けてみよう、ということです。シンプルに言えば、毎日、昨日より多くポジティブな感情を感じてみよう、と意識を向けるだけでも変わります。

・Positive Emotion(ポジティブな感情)
・Engagement(何かへの没頭、集中)
・Relationship(人との良い関係)
・Meaning and Purpose(仕事や人生の意義や目的)
・Achievement/ Accomplish(達成、進歩)


とはいえ、自分にとってどんな感情がポジティブ感情なのか? って、実は意識していないと分からないんですよね。この世の中、みんな意識を自分の外側にあるものに向けすぎだと思うんです。これは人間関係もそうですが、介護や子育て、ほかにも多くの家族の問題だったり、上司、同僚、部下を含めたチームメンバーも。アレをやらなきゃコレをやらなきゃ、といつもいっぱいいっぱいで。 意識を向けた先にエネルギーが持っていかれてしまうから疲れるんですよ。
ああ、それは身に覚えがあります…。
それを一瞬でも良いから自分に向けてみようって。
それで「ああ、今嬉しいと感じているな」「今日なんか首がちょっと痛いな」「なんかモヤモヤしているけどこれはなんだろう」とか。意識が外に向いてしまっているのを、一瞬で良いので自分の内側に向けてみる。これをやるだけなんです。今は講演や研修などを通して、そういったことを伝えています。

コロナ禍でより必要とされるリーダーシップとは? アステリアCWO就任の背景とこれから

コロナ禍においてオフィスのあり方も変わってきていますが、社員がウェルビーイングになれる働き方というのはあるのでしょうか? アステリアの場合はリモートワークが主体ですが、もっと顔を合わせる機会を作った方が良いとか…。
そうですね、何をやっても、結局良い点と困った点が存在します。簡単に人に会えないからこそ生まれた「会えることの価値」も、時間や場所にとらわれずに仕事ができる「効率の良さ」もどちらも大切です。

アステリアはとても恵まれたケースだと思います。基本的に勤務地は不問、自宅勤務でも会社で契約しているシェアオフィスでも、もちろん本社オフィスでも。さらにこれからはリゾートオフィスだって視野に入れている。

でも、自由な働き方が許されているからこそ、例えば月に一回はチームで顔を合わせようねとか。これは「必ず出社しなさい」などと強制するものではなく、チームのリーダーに必要なリーダーシップですね。オフィスに来たい、皆と顔を合わせたいと思わせる環境づくりが大切です。
ウィズコロナの働き方だからこそ問われる、新しいリーダーシップですね。 それを聞いて改めて、島田さんが2022年7月にアステリアのCWO(Chief Well-being Officer/最高ウェルビーイング責任者)に就任されたことの大きな意味を感じます。

今後はアステリアでどのような取り組みをされていきたいか、まとめて教えていただけますか。
CWOという役割に期待されていることは大きく二つあって、一つはもちろん、アステリア社員のウェルビーイングをあげること。そしてもう一つは、アステリアからの発信を通して、日本のウェルビーイングをより高めていくことです。

その切り口の一つにあるのが、働き方。アステリアではワーケーションも行っていますが、しっかりと「なぜやるのか」「なにを目指すのか」に焦点を当て、社員の皆さんと取り組んでいきたいですね。
CWO、あまり聞き馴染みはないですが、肩書としては以前から存在しているものなのでしょうか?
はい、元々存在はしてます。CHO(Chif Happiness Officer)という言い方をすることもあります。ウェルビーイングがなぜ必要かにみんなが気づいていくことで、この役職も企業に増えていくと思いますよ。

もちろんその会社の社員の方が「私やりたいです」って自分から言って始めるのも良いですよね。必ずしも人事である必要はありません。営業の方だって、マーケの方だって、開発の方だって、全然ありだと思います。
社員のみんなが「なんかいい感じ、いい調子」って思えること。それは企業で働く限り、誰もが関わることですもんね。
どうしたらみんながポジティブな感情を抱けるだろう? とか、 何があるとみんなが仕事に没頭できるだろう? とか。同僚としてどんな関係性を培っていく? ということも含めて。みんなで気にかけて、助け合えるようになれるといいですよね。

そういった環境をアステリアで作っていくためにも、これからCWOとして、さまざまな取り組みや、社外への働きかけをしていけたらと思っています。
これからが楽しみです! お話を聞かせていただき、有難うございました。

※本取材は2022年9月にオンラインで行われました
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この記事を書いた人
田中 伶 アステリア株式会社 コミュニケーション本部・メディアプランナー。 教育系のスタートアップでPRや法人向けの新規事業立ち上げを経験。話題のビジネス書や経営学書を初心者向けにやさしく紹介するオンラインサロンを約5年運営するなど、難しいことをやわらかく、平たく解説するのが得意。台湾情報ウェブメディア編集長も務める。