2016年4月25日、国内初のブロックチェーン普及の啓蒙活動を目的に設立が発表されたブロックチェーン推進協会。その副理事長をつとめる、カレンシーポート株式会社の代表取締役 CEOである杉井靖典氏。経済産業省の「ブロックチェーン検討会」の委員にも選出された杉井氏に、ブロックチェーンという技術を利用することで、どんなシステムが、どう効率的に開発できるようになるのか、そして既存のデータベース技術とブロックチェーンの関係性などについてお話を伺いました。
目次
カレンシーポートは2015年10月に設立されましたが、その前身となる組織はマルチカレンシー対応(※)のいわゆる「おサイフアプリ」の開発、そして同じくマルチカレンシー対応の「店頭決済」、「個人間送金」、「通貨両替」の各種APIを開発していました。
カレンシーポートのメンバーはフィンテック関連の企業では少し異色で、私をはじめEC事業に関わってきたメンバーが多くジョインしています。そのため当初は、これからの時代においてマルチカレンシー対応のおサイフアプリが必要になると考え、開発を進め、既存の店舗にそのアプリを利用してもらうビジネスを想定していました。
おサイフアプリのサービス拡大には、技術的な機能を追及するだけでなく、利用してもらう店舗を増やすことが不可欠です。店舗数が少ないと利用するユーザ側もメリットがないためです。当然、店舗数拡大のための営業力が重要となります。
しかし、スタートアップの限られたリソースで営業を進めていくのは正直、なかなか厳しいものがあります。そのような時期にひとつの転機が訪れました。2015年10月のCEATEC JAPANの期間中に開催された「NRI ハッカソン Money×IoT」です。当社はこのイベントに資金移転技術のAPIを提供しました。ハッカソンでは参加者の方々が多様なアイデアを持ち寄り、アプリの開発を競い合いました。詳しくはNRIさんのサイトに掲載されていますのでそちらをご覧頂きたいのですが、参加者の方々が当社のAPIをベースに開発されているところを目の当たりにし、このAPIそしてそれをベースにしたプラットフォームの大きな可能性を感じることができました。それまで進めてきた「おサイフアプリ」は資金移転技術を使ったひとつのジャンルに過ぎませんが、資金移転のための技術プラットフォームはさまざまな企業の可能性を広げることになる。そのように判断し、ミドルウェア「Deals4」の提供を開始することにしました。
※マルチカレンシー対応 … 多様な通貨、決済方法へ対応すること
店頭決済、個人間送金、通貨両替のAPIで既存のスマートフォンアプリと連携することで、普通に開発するよりも大幅に低い工数でおサイフ機能を持ったアプリへと転化することができます。もちろん、APIを利用した新規のアプリ開発にも利用することができ、その場合もゼロから機能開発するよりも大幅に工数が削減できます。
また、ベースの技術としてブロックチェーンを利用しているため、通常は一回しかできないオーソリゼーションを何度でもおこなうことができるのが大きな特徴です。加えてステータスの変化に応じてコールバックをかけられるため、オーソリゼーションがOKならばエスクローする、というリクエストを何度でも実行できるのも特徴です。状況に応じた柔軟な対応を可能としています。
先にもお伝えしたとおり、「Deals4」の基盤技術としてブロックチェーンを利用しており、早期からブロックチェーンに関する研究をおこなってきています。もともとの自社サービスの開発からミドルウェアとなる「Deals4」へピボットして以降、より深くブロックチェーンに関与することになったと感じています。ミドルウェア部分を担当していることもあり、あまり表には出ていませんが、ブロックチェーンの実装案件は、日本でもトップクラスの数だろうと考えています。
というのは、ブロックチェーンという技術の難易度に関係しており、ブロックチェーンを開発するエンジニアは暗号、数学のような専門領域には強いものの、ビジネスを知らない方が多いのが現状です。そのため、ほとんどの場合クライアントと共通言語で話すことができません。
しかし、当社のメンバーはECビジネス経験者がほとんどという会社の背景もあり、さまざまなビジネスに精通している人材が揃っています。ECビジネスをゼロから立ち上げる中で、法律問題、物流、在庫、お金までトータルで関わってきており、その経験ゆえにクライアントと共通言語で話すことができる。当社へのブロックチェーンに関する相談で他社からのリプレイス案件が多いのもその点が大きくかかわっているものだと思われます。
決してそのようなことにはなりません。なぜなら、RDBMSのようなデータベースの強みとブロックチェーンの強みはそれぞれ異なるためです。データベースの強みは検索と集計が容易であること、そしてその部分についてブロックチェーンはその性質上、逆に苦手としています。
また、スケーラビリティを考えるとブロックチェーンは分散しやすい反面、スケールしにくいという特性もあります。逆にデータベースは数万、数十万のスケールが必要な用途に適しています。すなわち、分散のブロックチェーン、スケーラビリティのデータベースをハイブリッドで使い分けることで最適なシステムとなるのです。
ブロックチェーンを万能と考えるのではなく、弱点があることを理解した上でブロックチェーンを使うことで最適なシステムが構築できます。わざわざブロックチェーンを使わなくても、これまでのデータベースでできるものはデータベースを使えばいい、ということです。そして、これまで無理くりデータベースを使っていたシステムで、ブロックチェーンを使うことでプラスメリットを享受できるようなシステムも存在し、その場合はブロックチェーンに置き換わっていくのではないでしょうか。
今はまだまだブロックチェーンの黎明期ということもあり、この辺の棲み分けを整理できている専門家がまだまだ少ない状況のため、「ブロックチェーンがデータベースを駆逐する」と思われているようですが、実はデータベースとブロックチェーンは相互補完関係にあると言えます。
すなわち、システム関連のビジネスを強化する大きな武器として、ブロックチェーンが加わったのだと考えて頂けるとよいのではないでしょうか。今後、ブロックチェーンとデータベースの違いがきちんと認知されていけば、ブロックチェーンはバズワードで終わらず、データベース同様、定着していくことになると信じています。
現在、ブロックチェーンはIoTとの親和性の高さゆえ、様々な活用の方法が検討されています。IoTを広義に分けると「モノのコントロール」、「モノを経由したモニタリング」となりますが、それぞれの例を挙げてみます。
まず、「モノのコントロール」の例として、会議室のドアを開けるカギにブロックチェーンを組み込む、というようなことが考えられます。ブロックチェーンを経由することで、そのブロックチェーン上でカギを開けることが許可された条件、「X月X日X時にXという人物のみ」がカギを開けることができる、という情報を照合し、開錠がなされる、という使い方ができます。当然、その行動に関する履歴管理もなされるので、その管理情報をもとにした応用的な利用も考えられます。これは遠隔操作の典型例のひとつです。
次に、「モノを経由したモニタリング」、すなわちデータコレクションのためにブロックチェーンを実装する例を挙げます。データを送ったデバイスにインセンティブとしての記録を送信すると、その記録を多く保有しているデバイス=データをたくさん送ってくれた、人ということになりますので、その保有量に応じたフィーを支払う、といった機能が実現可能となります。
これらの仕組みを、既存のデータベースを使って実現するのはなかなか容易なことではありませんが、ブロックチェーンはこうした仕組みを作り上げるために適していますので、さまざまな応用、派生パターンを含めてIoT分野においてブロックチェーンの活用は進んでいくものと考えています。
スタンプ、ポイント、クーポン、チケットのように権利が複雑な動きをするものはブロックチェーンの利用に適した分野と言えるでしょう。先に話したように、オーソライゼーションが柔軟である点もその適性を強化しています。
そして、「監査」という要素がある行為もブロックチェーンに適していると思います。ただし、監査については1つの組織だけが了承しているといっても客観性が担保されないため、意味がありません。複数の企業が集まり、はじめて監査の価値が出ます。つまり、ブロックチェーンにはコンソーシアムのような、関与する組織、人が集まって共同で価値を承認する仕組みが必要不可欠です。インターネットのようにオープンな場で価値を共有する共同体のもと、どういうアプリを作るかを決定していき、みんなで利用していくことになるでしょう。
これまでのITの世界では、「社内で利用するシステム」は一社だけが認めていても特段の問題はありませんでしたが、今後は閉ざされた状態ではなく、利用者同士が承認、共有する仕組みへと変わっていくことと予想しています。もちろん、これまでのような閉じた仕組みも状況に応じて必要であるので、なくなることはありません。ただ、クローズドなシステムであっても、それを処理して得られた価値、結果を保証しあう業務が必ず必要になってきます。そこでは共同で価値を認め合う仕組みが必要になるのです。
先ほどのデータベースとの「相互補完」の話の補足となりますが、このブロックチェーンの「監査」は既存のデータベースではなし得ません。そのため、既存のデータベースの「監査」をブロックチェーンに委ねる、という利用方法が考えられます。現在、「データベース監査士」がおこなっている仕事をブロックチェーンが代替する、ということです。このように既存のデータベースとブロックチェーンを組み合わせることでさまざまな新しい可能性が模索できます。重ね重ねになりますが、決して既存のデータベースにとって代わるのではなく、相互補完し、新境地を切り拓いていくことでしょう。
BCCC(ブロックチェーン推進協会)は2016年4月25日、インフォテリアの平野社長を理事長として設立が発表されました。このコンソーシアムでは、日本国内におけるブロックチェーンの普及を目標に、情報共有、普及啓発、領域拡大、海外連携、資金調達支援の5点を活動の趣旨に上げています。現在、続いている実証実験の結果や報告も今後、上がってくることが予定されており、今年の後半からは実際にブロックチェーンを実装したアプリやIoT領域での活用なども進んでいくものと思われます。コンソーシアムもこうした動きを引き続き支援していき、ブロックチェーンのさらなる活用などで日本の成長の一助になれば、と考えています。
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