「アナと雪の女王」と企業向けソフトウェアの未来

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わかってはいましたが、プロの仕事を見ると唸ります。

先日、話題の「アナと雪の女王」を観ました。評判通り、心に刺さるとても良い作品でした。しかし、唸ったのは帰宅してからです。映画館でみたのは日本語への「吹き替え版」ですが、映画を観終わって買って帰ったサウンドトラックCDは、日本語版と英語版の両方が入っているものでした。この映画は多分にミュージカル構成になっていて、ストーリーが歌で展開する部分も多く、歌だけでもだいたいのストーリーをイメージできます。

そこで、オリジナルの英語版にも触れてみようと、英語版の曲を聴いたところ、日本語版の歌詞が翻訳ではなく、また意訳も超えた、あえて言えば「超訳」とも言えるものだとわかり、そのプロの仕事に唸ったのです。例えば、「Let It Go」日本語版の「ありのままに」の出だしはこうです。

 降り始めた雪は 足跡消して
 真っ白な世界に ひとりのわたし
 風が心にささやくの
 このままじゃ ダメなんだと

同じ部分の、英語版の歌詞はこうです。

 The snow glows white on the mountain tonight,
 not a footprint to be seen.
 A kingdom of isolation and it looks like I’m the queen.
 The wind is howling like this swirling storm inside.

日本語版には、山(mountain)も、王国(kingdom)も、女王(queen)もありません。しかし、それでいてこれが映像を伴うとその雰囲気も感情も十分に伝わります。いや、十分にどころか翻訳を遥かに超えて。念のために、CD添付の歌詞カード(=翻訳)だと、同じ部分はこうです。最初の日本語歌詞と比べてみてください。

 今夜の山は 雪が白く輝いて
 足跡ひとつ見えない
 まるで孤独の王国 私はその女王って感じ
 心の中で渦巻く嵐のように 風が唸ってる

この翻訳があれば、できるだけ翻訳を活かしたい、オリジナルに忠実でありたいと思いますよね。しかし、どちらが心に刺さって来るかというと明白です。オリジナルがあったとしても、クリエイティビティを発揮して、アートの領域に高めるプロの仕事に唸るのです。

映画の領域で仕事をされている方々にとってみれば、こういうことは当たり前のことかもしれません。「何を今更!」と。しかし、私たちが仕事をしている企業向けソフトウェア領域からすると、かなりの違いがあります。

企業向けソフトウェアにおいても、従来の機能一辺倒のソフトウェア開発から、最近はUX(ユーザーエクスピリエンス)に注目が集まり、またゲームの要素を取り入れるゲーミフィケーションなども進んでいますが、このような人の感性まで揺さぶるレベルではありません。しかし、こういったアートと呼べる領域の仕事は、ソフトウェアには関係ないでしょうか?

これらの領域は、クリエイターやアーティストの仕事領域であることは明らかです。しかし、これからは企業向けソフトウェアであっても、個人が持ち運ぶデバイスで、個人が使い易いもの、個人の生産性が上がるものがより重視されるようになります。そのような環境においては、私は機能だけでなく感性による評価も大きな部分を占めるようになると感じるのです。

ですから、ソフトウェア制作においても、オリジナルを作る開発メンバーはもちろんのこと、ローカライズのメンバー、そしてマーケティングや営業のメンバーでさえも、そのアウトプットを妥協のないアート領域に高める仕事が出来るチームがこれから先のソフトウェアをリードしていくのではないでしょうか。特に、世界を目指すのであれば、翻訳ではなく、要望を取り込むだけでもなく、それぞれの言葉や文化の壁を溶かして個々の人たちに心に刺さるソフトウェアを提供していきたいと感じ、そのためにどういった取り組みができるかに想いを馳せるのです。


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