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時差ボケ防止!私の方法

仕事がら海外出張の機会が多いのですが、8月は特に多い月でした。8月1ヶ月間の総飛行距離は37,567km。ほぼ地球1週です。(ちなみに、ツアーの地球一周旅行の飛行距離は30,000km程度)

これだけ出張していると、よく「時差ボケ大変ですよね」と心配されます。しかし、私は、海外出張歴30年の経験から、しっかり時差ボケしないように調整しているので、実はそんなに大変ではありません。

ではどのように時差ボケを防止しているのか?その決め手は何と言っても「事前調整」です。現地に着いてからの調整は大変難しく、何日も辛い日々が続く原因にもなります。

事前調整とは、現地に着く前に時差調整をしておくことです。そのためには、出発1日前くらいから行き先の時刻を意識して近づける生活をすることです。

例えば、東京から英国(ロンドン)に行く際には、こうです。

飛行機:成田11:30発→ロンドン16:00(現地時間)着の例

羽田の出発時刻にはロンドンは午前3:30です。つまり眠っている時間。ですから、機内に入ったら、アイマスクをしてすぐに寝ます。そして、6時間ほど寝て、残りの行程はすべて起きておくのです。こうすると、ロンドンでは午前9:30に起きたことになり、少し遅くまで寝ていたことと近くなるでしょう。

とは言っても、日本時間の午前11:30から6時間も寝るのは容易ではありませんよね?ここにも工夫があります。これが私が「出発1日前」といったポイントです。それは、前日の睡眠をできるだけ前倒しに、しかも睡眠不足気味にしておくことです。私のケースでは、前日は午後10時半に寝て、午前3時に起きます。そうすることで、睡眠不足の状態を作りだして機内でぐっすり寝ることができるようにするのです。

ぐっすり寝るにもテクニックがあります。それについては以前に書いた、こちらのブログをどうぞ。

このように、「空港に着いた時には、既に現地時間で体が動いている」という形にする事前調整が大切です。またこれを達成するために、以下の事も大切です。

(1)食事より睡眠を優先する

機内で出る食事を食べないのはもったいないと言って、寝ていても起きて食べる人がいますがこれは禁物。せっかくの調整が台無しになります。乗ったときにCAさんに伝えておくか、アイマスクをして寝ましょう。アイマスクをしていると睡眠の意思表示になり無理に起こされることはありませんが、していないと肩を叩かれてしまいます。

(2)眠れないからと言って映画を観ない

眠れないから映画を観るという人がいます。もちろん、これは逆効果。「面白くて最後まで観ちゃったよ」なんてことになりがちです。眠れなければ、アイマスクをして眠たくなる音楽を聴くのが良いでしょう。

(3)安眠のための音楽をスマホに準備しておく

音楽を聴くといってもいろんな音楽があります。普段聴いている音楽とは別に催眠効果のある音楽をダウンロードしておくと良いでしょう。最近ではWiFiのある機材も多くなってきましたが、機内WiFiはまだ安定した速度が出ないこともあるので、ダウンロードしておきましょう。

時差ボケが大変と思っている人は、ぜひ「事前調整」を試してみてください。私は常にこの方法で調整していて、時差ボケをほとんど防止できています。ただ、時差ボケは防止できても、体に負担をかけていることには違いがないので、慣れない内は余裕のあるスケジュールを立てておくことが大切でしょう。

@帰国便の機上より

「ブラック企業」という呼び方でいいですか?

日本ではここ数年で「ブラック企業」という表現が定着し、それに対して働く環境が良い会社を「ホワイト企業」とも呼ぶようになってきました。インフォテリアも今年3月に「ホワイト企業アワード」という賞をいただき、当社が以前から推進してきたテレワークやその他の働く環境改善の活動が評価されたものと喜んでいました。

しかし、「ホワイト企業アワード」を受賞したことを、インフォテリアグループの拠点があるロンドン(英国)やシアトル(米国)で話したところ、一部の人から「ブラックは悪くて、ホワイトは良いというのは、差別表現ではないか?」という反応をもらいました。ダイバーシティーを推進しており、上場企業でもあるインフォテリアグループとしては不適切ではないか?と。

日本社会では、「ブラック」、「ホワイト」に関する人種差別的な意識はあまりありませんが、たしかに、欧米では問題でしょう。特に「ブラック=悪い、ホワイト=良い」という決めつけになるような表現は。私の前職時代の経験でも「ブラック」という単語は、人種そのものを指していましたので、「ブラック=悪い、ホワイト=良い」という表現が「Politically incorrect」であることは、感覚的にもわかります。

では、ブラック企業、ホワイト企業を英語で「Politically correct」に言うにはどうしたらいいでしょう?基本的には「色」で言わずに内容を言った方がいいでしょうが、日本語で「仕事環境劣悪企業」、英語で「Bad work environment company」などと説明してしまっては、トレンドを表すには適していません。

そこで、個人的なアイディアですが、「ブラック」と「ホワイト」をやめて、「グリーン」と「レッド」に替えてはどうでしょう?「グリーン」と「レッド」なら人種差別にはならないですし、世界中でグリーンは「OK」とか「Go」の意味、レッドは「NG」とか「Stop」の意味ですから。

「グリーン」は我田引水と受け取られるでしょうか?(笑)

ゴールデンウィーク

今年のゴールデンウィークは米国漬けでした。

まず前半は、Los AngelesでMilken Instituteのカンファレンスに参加しました。アメリカ版ダボス会議とも呼ばれているそうで、米国を中心に、世界を動かしているビジネスリーダーやビリオネアが多様なテーマで未来を模索する会議です。

参加者は錚々たる顔ぶれです。ウェルカムレセプションでは、米財務長官のSteve Mnuchin氏に遭遇、日本のご意見番熊谷亮丸氏(大和総研チーフエコノミスト)ともお話しすることができ、記念にパチリ(写真)。すぐ横では、元Google CEOのEric Shmidt氏が談笑していました。

今回の会議で感じたことは、ブロックチェーンがあちらこちらで話題になっていたことでした。いまや、技術系や金融系のカンファレンスでは、ブロックチェーンが話題になるのは当たり前ですが、こういう政治経済のカンファレンスでもブロックチェーンが重要な関心を持って語られることです。オープニングパネルの「Global Capital Markets」でもブロックチェーンは話題になり、ブロックチェーンがテーマのセッションもあったほどです。

ゴールデンウィークの中間は、昨年4月に買収したThis Place社のシアトルオフィスに行き、全社員ミーティングを行いました。各チームからの1年間のアップデート、新入社員の紹介の後に、私からインフォテリアグループのアップデートを行いました。私への質問もどんどん出てきて、お互いの考え方について理解を深めてきました。

そしてゴールデンウィーク後半は、インフォテリアが日本でジョイントベンチャーとしてCData Japanを設立しているCData社の本社があるRaleighを訪ねました。Raleighは、ノースカロライナ州の州都で、米国内では研究開発都市としても知られています。最近では、トランプ政権の減税などの影響で、テキサス州とともに注目度が上がっている州です。

CData社の業績は好調で社員も増え、前回訪問したときよりも広いオフィスに移っていました。オフィスへ向かう道すがら、CEOのGent Hito氏にRaleighのミニツアーをしてもらいましたが、州都でありながら、どのオフィスビルも緑に包まれて、私としては大変うらやましい環境でした(笑)。

そして!最終日の朝に、ウォーキングしていたら、4つ葉のクローバーを発見!今回のゴールデンウィークの出張をきっかけに、また新たなハッピーとラッキーをお会いした皆に運ぶことができれば幸いです。

Gibsonが危ない!?

私の第1号のギターは「レスポール」でした。

と書いて「ああ、そうか」と、うなずく方は、どの程度いらっしゃるでしょうか?私のレスポールは、高校の入学祝いに両親から買ってもらったものです。

当時、ギターを始める少年のチョイスは、基本的にストラトキャスターか、レスポールだったのですが、私はレスポールのハムバッカーから出る分厚い音が好きでレスポールにしたのです。レスポールと言えば、本家本元は米国のGibson社製ですが、そちらは大変高額(当時30万円以上)なので、「Greco」という日本のメーカー製のレプリカを買ってもらいました。そして、Gibson製のレスポールは、多くのギター少年の憧れの存在だったのです。

そのレスポールの本家本元であるGibson社が倒産しかかっているというニュースが今週流れ、元ギター少年達を驚かせました。Gibson社の地元メディアNashville Postによると近々償還期限がくる債務400億円強の返済メドがついていないというのです。また最近CFOが辞めていることも報じ、その危惧に拍車をかけています。

Gibson社は、レスポール以外にも、SG(Eric Claptonなどが愛用)、LS-335(Larry Carltonなどが愛用)、フライングV(Keith Richardsなどが愛用)などの有名なギターも創り出し、世界中のギタリストに愛用されています。

元ギター少年の私としては、世界を代表するエレキギターの老舗Gibson社が倒産するなんて考えてもみなかったことです。しかし、経営視点からすると、老舗の倒産というのは珍しくはありません。そこで、生まれて初めてGibson社の財務状況を見てみたのですが、売上も大きく減少傾向、5年連続で最終赤字という状況でした(下図)。2016年度の売上が約160億円まで落ち込んでいるところに目の前で償還すべき借入が400億円強もあるというのですから確かにかなり厳しい状況です。エレクトリックギター市場そのものの縮小についても近年はよく報道されていましたが、まさかツートップの1社で倒産が危ぶまれる状況になっているとは。

Nashville Post報道の後に、ロイターCNBCIndependent等他メディアの報道も続いたことからか、Gibson社のCEOから「借り換えのメドがついているので、心配ない」とのコメントが出ました。私は、経営者としてよりはギタリストのはしくれとして、ロックの歴史を作ってきたGibsonブランドが無くなってしまわないことを願うばかりです。

 

べき?たい?働き方改革を考える

明日、「働き方改革」を加速させた、電通事件の初公判とのこと。

この事件をきっかけに、残業問題に火がつき、全国的に働く時間を減らそうという
「働き方改革」が広く謳われ始めました。

それに伴って、政府でも様々な動きがあります。残業時間の罰則付き制限、
プレミアムフライデー(関連インタビュー)、祝日のさらなる追加 etc.

しかし、違和感を感じるものも多くないですか?

それは、仕事時間つまり「量」の施策ばかりで、
仕事の内容つまり「質」の施策ではないからだと、私は考えます。

働く時間を減らせば、働く人が皆幸せだと考えるのは、
あまりに短絡的ではないでしょうか?
あなたはどうですか?
内容や効率は横に置いたままで、
とにかく働く時間は短い方が良いという論調となり、
まるで働くことが「悪」のような扱いです。

しかし、本当に必要な働き方改革は「質」の方でしょう。
つまり、
一律に何かやったり、新たに制限や罰則を増やすのではなく、
個人個人の事情や都合に合わせ、働く時間や場所の柔軟性を上げ、
多様性を促進することだと考えています。

言い方を換えると、働き方改革として「質」を上げるには、
「べき」を増やすのではなく、
「たい」を増やすことです。

なぜなら、「〜べき」は「皆同じ」であり「押し付け」だからです。
それは個々の幸せには結びつきません。
幸せは、誰かに与えられるものではなく、
個々の願いの達成と、それに近づく過程にあるからです。

一方で、「〜たい」は、個々の願いであり、
他との差別化との源泉=価値でもあるからです。

仕事とは、個人が価値を創出・提供する活動であって、
少ない時間で同じ価値を創出・提供するためには、
その質を上げていく必要があることは自明です。
さもなくば、単に創出・提供する価値が減るだけで、
その結果として収入が下がり、幸せとは逆の方向に行ってしまいます。

だから、働き方改革が、働く人の幸せを目指すのであれば、
「量」だけに着目した新たな規制や、一律の制度ではなく、
個々の事情や都合に合わせ、パフォーマンスを最大限に発揮し、
「質」を上げていけるような、働き方の多様性が大切なのです。

それは社員と経営のディレクションを合わせることにもつながります。

働き方改革でいろんな施策・対策が出て来ますが、
「量」ではなく「質」の議論にするために、
「べき」が増えることになるのか?
「たい」が増えることになるのか?
という軸で考えるとよいでしょう。

それこそが働く人の「働く幸せ」と「働く成果」の
両方に繋がると確信するからです。

最近、あなたの仕事は、
「べき」が増えていますか?
「たい」が増えていますか?

<関連ブログ>
「べき」を減らせ。「たい」を増やせ。– (2010/01/07) – 笑門来福

バック・トゥー・ザ・フューチャーの日


2015年10月21日午後14時29分。

「バック・トゥー・ザ・フューチャー」のドクが、デロリアンで到着したようです。
まずはビデオを観てみましょう。

「未来は自分で作るもの (Your future is whatever you make it)」

ドクに言われるとまた重みが違いますね(笑)。

確かにドクのいう通り、「バック・トゥー・ザ・フューチャーII」で描かれた2015年10月21日と、今日はかなり違っています。例えば、

一方で、実現している未来もあります。

  • テレビ会議
  • タブレット端末
  • ウェアラブル端末

どうでしょう、実現していないものも途上というものも多いですね。まさに、未来予想が当たっていないということは、未来は確定していない証拠といえるのでしょう(笑)

映画が想定していた30年後の未来への旅。個々のモノの進化は予想の通りではなかったにしろ、30年間を振り返ると世の中で数々のイノベーションがあり、いまや30年前の世界に後戻りして仕事をしたり生活をしたりするのはかなり難しい状況だということがわかります。

ですから、これからの30年もさらにイノベーションは続き、世の中は変わっていくのでしょう。そしてそのイノベーションは、天から降ってくるものではなく、世の中の誰かが作っていくのです。つまり、未来は確定していないだけではなく、世の中の誰かが作っていくのです。

私の座右の銘に、アラン・ケイ博士の「The best way to predict the future is to invent it.」という言葉がありますが、ドクの言葉はまさにこれとかぶります。ドクの言う通り、予想通りにならなくても、これからも自らの未来を作り続けていこうではありませんか。デロリアンで、どの時代を見に来られても恥ずかしくないように。

(参考:ドクの発言全文)

“If my calculations are correct, it is now precisely October 21st, 2015. The future has finally arrived!  Yes, it is different than we all thought, but don’t worry, it just means your future hasn’t been written yet.  No one’s has. Your future is whatever you make it.  So make it a good one.”

シンガポールが世界大学ランキングで躍進

世界大学ランキングの最新版が発表となりました。

このランキングは毎年発表されているものですが、シンガポール国立大学が昨年の第22位から第12位、ナンヤン工科大学(シンガポール)が昨年の第39位から第13位へ躍進しています。ちなみに第1位は米国のMIT(昨年第1位)、第2位は米国のハーバード大(昨年第4位)、第3位は英国のケンブリッジ大(昨年第2位)です。

評価項目は、Academic reputation(教育に関する評価:アンケート調査)が40%、Employer reputation(採用に関する評価:アンケート調査)が20%、Student-to-faculty ratio(生徒とスタッフの割合)が20%、Citations per faculty(論文の参照数)が20%、国外からの学生とスタッフの割合が10%となっています。(詳細

ハブ国家であるシンガポールの特徴として、シンガポール国立大学の国外からのスタッフの数が6割以上(MITやハーバード大よりも多い割合)と多いこともあり、国外から入学した学生の割合も3割を超えています。これは、国外からの優秀な学生を受け入れることができているということで、当の世界ランキングでも重きが置かれている教育の内容に関する評価や、卒業生を採用した企業の評価の高まりにつながっているのでしょう。

実際にシンガポール国立大学の関係者に伺ったところでは、大学の国際的レベルを上げるために、国外から破格の給与で教授を迎え入れているとのこと。今年5月に発表のあったイェール大学のStone Sweet教授のシンガポール大学への着任などもその一例なのでしょう。また、シンガポール国立大学では授業においても一方通行の講義とは異なる、議論や双方向性を重視した授業を取り入れ、学生個々の能力を高め、国際競争力の高い卒業生を送り出すことを強く意識しているとのこと。

この双方向型の授業で思い出すのが、東京工業大学における「Handbook」の事例です。東京工業大学では、アクティブ・ラーニングという手法に「Handbook」を用いて、双方向型の授業を行い、生徒の参加意識を高め、成績を上げることに成功されています。東京工業大学の他にも、九州大学や法政大学でも活用されている「Handbook」のさらなる普及を通じて、日本の大学や学生の国際競争力を高めることに少しでも貢献できればと考えています。

 

追記:2015/09/18〕世界の大学のランキングは、今回の「QS World University Rankings」以外にも複数あるので、紹介しておきます。

 

初蝉に

私の師匠、堀場雅夫さんが旅立たれました。

享年九十。半年ほど前にお会いした時(写真)には、まだお元気だったのですが。

年に2回、事業報告を行い、指導をいただきに京都を訪ねていましたが、つい先月に予定されていた訪問は、堀場さんの体調がすぐれないということで延期になり、ご連絡をお待ちしていたところでした。。

堀場さんとの出会いは、20年前の1995年に遡ります。とは言ってもこの時は、私が一方的に影響を受けただけです。勤めていた会社がIBMに買収され、会社を辞めようかと考えていたところ、出会った本が堀場さんの「イヤならやめろ!」でした。辞めようとしている私の背中を押してくれると期待して読んだのですが、そのメッセージは「イヤというほどやったのか!?」という問いかけ。

私が辞めたい理由は、IBMというスーツな企業に買われたという「イメージ」だけで、その環境で「イヤというほど」頑張ったわけではないことに気がつかされました。そこで、私は辞めることを止め、IBM傘下でしばらく頑張ってみることにしたわけです。堀場さんの本に出会っていなかったら、なんとなく辞めてしまっていたでしょう。

1998年、「イヤというほどやった」と確信が持て、またその上で、自分のやりたいことのためには独立が最適だと確信ができたので、インフォテリアを創業しました。創業にあたっては、辞めずに頑張った最後の3年間で多くの米国の友人の起業を目の前で見ながら学んだ「米国型の起業」を日本に持ち込むことを企図しました。

それは、融資を一切受けずに投資によって多額の資金を調達し、スピードをもって企業を成長させ、IPOまたは売却によって投資家にリターンをもたらすという方法です。米国のソフトウェア企業の片棒を担いでいた私からみると、当時の日本のソフトメーカーは、日銭稼ぎに走り、融資で運転資金を調達し、新規の研究開発がなかなかできないという状況に陥っていました。それをなんとか変えたかったのです。

そこで私は、起業直後から投資家巡りをしました。そして「米国のように先行評価でベンチャー企業を成長させる」いうことを旗印に日本テクノロジーベンチャーパートナーズ(NTVP)という独立系VCを興したばかりの村口和孝氏に出会いました。話を聞いてみると、なんとNTVPには、堀場さんが出資されているではないですか!1999年3月に、インフォテリアはNTVPからの出資を受け、堀場さんは間接的な株主となりました。同時に一連の資金調達について報道発表を行いましたが、その会見には京都から堀場さんも上京しご登壇いただき、それが最初のリアルな出会いとなりました。

その時のスピーチは今でも鮮やかに覚えています。堀場さんは日本にもっとベンチャーを増やそうとの思いを語られ、特に心に残ったのは「日本の株は1株の単位が高すぎる。株式を馬券のように細かくすればもっとベンチャー投資が増える。」(注:当時は商法で1株5万円と決められていた)、「競馬などのギャンプルに毎年8兆円も費やしている。その1%でもベンチャーに回せば日本の起業環境は変わる。」と話された一節です。これがご縁で、私は毎年2回京都に伺い、事業報告と同時に経営指導を行っていただくことになりました。

それからインフォテリアの経営はしばらく厳しい時期が続きましたが、変わらずご指導いただき、2007年には東証マザーズに上場することができました。上場の感謝のパーティーは、どうしてもご報告と御礼がしたかったので、堀場さんの予定に合わせて日程を組ませてもらいました。そしてスピーチでは「世の中には本物と偽物がある。平野洋一郎は本物や。」と、身に余る言葉を頂戴し、感涙しました。

それからもずっと、年に2回京都を訪ねて、その時その時の事業の状況、経済の環境に沿って様々な指導をいただきました。堀場さんの部屋でランチをご一緒しながらのミーティングが多かったのですが、ある時、夕方の時間を指定されました。単なる時間の都合と思っていたら、「あんた、頑張ってここまでやってきた。ご褒美や。これから祇園に連れていく。」と。堀場さんと楽しい夜を過ごさせていただいたこともありました。

思い出は尽きません。日本経済新聞の「交遊抄」に取り上げていただく機会があり、その時も堀場さんとの出会いと交流を書かせてもらいました。できるだけ絞って原稿を書いたのですが、指定の文字数の3倍ほどにもなってしまい、かなり削った上で、堀場さんにもレビューしてもらい無事掲載となりました。(参考:「ソーシャルメディア時代の交遊抄」)その他にも、私が現在理事長を務めているMIJS (Made In Japan Software)コンソーシアムのイベントに基調講演でご登壇いただいたこともありました。

私が、堀場さんを師と仰いだのは、堀場さんが技術者社長としてベンチャー企業を興し、成長させ、一代で世界に役立つ企業を作り上げられた人だからです。元技術者で世界を目指している私がまさに目指す存在だったからです。ご縁があって、直接ご指導いただけることになり、他には相談できない経営課題なども含め、様々なご相談をさせてもらいました。(参考:「100年に一度の危機ではない!」)そして、その度に明快なアドバイスをいただいたのですが、いま脳裏に蘇る幾多の堀場さんの言葉を振り返れば、堀場さんのメッセージは一貫して「他に惑わされるな。王道を行け。自ら信じた道を行け。」だったのだと感じます。

まだまだ、その背中を追いかけ、指導をいただきたいと思っていた堀場さん。

先週末、堀場さんが愛されていた京都に赴き、思い出の地を回りました。

けたたましい初蝉の声の向こうから、
「もう頼らずに行け」と天国の師の声が聞こえたような気がしました。

師匠、安らかにお眠りください。

なぜ夜行便でぐっすり寝られるのか?10の工夫

今日の決算発表のために、昨日早朝にシンガポールから帰国し、朝8時から東京オフィスで執務しています。前日は夕食後のミーティングまでシンガポールで済ませたにもかかわらず。

これが可能なのも、シンガポール〜東京間に深夜発で早朝着の夜行便があるからです。しかも、全日空、日本航空、シンガポール航空各社1便、合計3便もあるのです。私は、この夜行便が週中の移動でも一切職務時間を潰さずに移動できるので、大変好きで重宝しています。しかし、この話をすると、「飛行機では十分な睡眠が取れないので夜行便は避けるべき」とか「時間のために体を犠牲にすべきではない」というアドバイスをよく受けます。

私は、前職(外資系)で、海外出張を頻繁にしていたこともあり、飛行機の中(エコノミー席であっても)でぐっすり寝るのは得意としています。つまり、十分な睡眠は取れているし、体も犠牲になっていないのです。

「それって平野さんだからできるのですよ」と言われることがありますが、私とて夜行便でぐっすり寝ることができるのは、慣れだけではありません。実はいくつもの工夫をしているのです。そこで、今日はエコノミー席であってもぐっすり寝ることのできる私の工夫を紹介しましょう。

(1)窓際の席をとる

窓側の席であれば、他の人のトイレ移動で安眠妨害されることがありません。さらに、眠って傾く方向を固定化できるので安心です。通路側の席だと通路側に傾いたときにガクンとして目が覚めてしまうことがありますし、逆の場合隣の人に迷惑をかけてしまいます。

(2)用を足しておく

トイレで目が覚めてしまわないようにしなくてはなりません。最も大切なことと言っても過言ではありません。またエコノミーの場合は、横の人が眠っていたりすると通路に出るのが難しく、迷惑もかけるので、乗る直前に絞り出しておきます。

(3)寝不足気味にしておく

飛行機に乗る前日の睡眠をいつもより少なめにします。なお、時差ぼけ防止を兼ねる場合は、削る時間を睡眠時間の前にするのか、睡眠時間の後にするのか綿密な計算も必要です。コツは、行き先の時間帯に出来るだけ合わせることです。米国やヨーロッパのように時差が大きい場合には、減らすだけでなく、前日の寝る時間帯もずらします。

(4)食事をとらない

機内食を楽しみにしている人も多いと思いますが、あえてとりません。また、空腹で目が覚めないように搭乗する前にしっかり腹ごしらえしておきます。(水分は控えめで)

(5)アルコールを1杯だけ飲む

搭乗前にアルコールを1杯だけ飲みます。自分の好きなもので良いと思いますが、私は白ワイン。好きというだけではなく、搭乗前の時間がタイトな時に万一こぼしたりしてもダメージが少ないようにです。

(6)聞き流す系の言語プログラムを聴く

耳栓をする人もいますが、私は、耳が窮屈な感じがするので好きではありません。その代わりに私はノイズキャンセル機能のついたイヤホンで聞き流す系の言語プログラムを聴きます。眠くなること請け合いです(笑)。

(7)アイマスクをする

定番ですが、やはり目の前を暗くするのは、効果があります。IoT時代、こんなハイテクのアイマスクも出てきます。

(8)フットレストを作る

エコノミー席の場合は、フットレストがありません。私は、フットレスト代わりに、リュックサックを足下において足を置けるようにします。リュックサックの形によって置き方にも工夫が必要です。

(9)靴を脱ぐ

意外と効果的なのが靴を脱ぐこと。靴を履いたままだと、なんだか窮屈で寝付けません。靴を脱いで、機内用スリッパや靴下に履き替えます。

(10)「起こさないで」と伝えておく

いろいろな工夫でぐっすり寝れるようになっても、安眠妨害されないことが大事です。搭乗したらすぐに、キャビンアテンダントに食事でも飲み物でも「一切起こさないように」言っておくことが大事です。言っておかないと何かと起こされることになります。

いかがでしょうか?これで、あなたも夜行便をホテル代わりにすることができ、翌日の仕事が捗るはずです(笑)。

ネパール震災に想う、更地と桜とそして笑顔と

ネパールでの震災の状況がわかるにつれ、その被害の大きさに驚かされます。

日本も含め世界各国から早速支援の手がさしのべられていますが、
日を追う毎に犠牲者が増え、
日を追う毎に被災者の方々の環境が悪化している状況を見るに、
自然の力の前にして、人間の無力さを感じずにはいられません。

東日本大震災の時も同じことを強く感じました。

しかし、新しい災害が起こると、
報道においても、人々の関心においても、過去の災害は徐々に上書きされ、
忘れられてしまいがちです。

東日本大震災は今年の3月で4年が経ち、復興の活動は5年目に入りました。

4月の半ば、復興に向けた気持ち・思いを忘れないため、
インフォテリアが義捐金を委ねたNPOの一つ「ジャパン・プラットフォーム」で
宮城県を担当されている三浦隆一さんを仙台に訪ねて、
復興の現状を伺うと同時に、南三陸町と石巻港を自分の眼で視てきました。

三浦さんに説明していただいた「ジャパン・プラットフォーム」の最新資料には、
復興の状況が地域毎、カテゴリー毎に詳しくまとめてありました。
ご多用のところ、時間を割いたご説明いただき、
個別具体的な状況や課題を理解する事ができました。

たとえば、
仮設住宅をようやく出ることができて復興公営住宅に移られた方々の方が、
実は生活満足度が低くなっているということなど、新たな課題を知る事もできました。

また、ご存じの方も多いと思いますが、
内陸部では数字的にも復興の着実な進捗が見られるのに対して、
沿岸部は復興にあと何年かかるかメドもたたない地域が多いという状況です。

足を運んだ、南三陸町では、
シンボルとなっている赤い鉄筋の防災対策庁舎の周りは未だにトラックが行き交い、
解体できないままのビルの残骸の周りには、更地が広がっていました。

かつてそこにあったという商店街は、
少し離れた高い場所で、いまだに仮設のプレハブで
「南三陸さんさん商店街」として営業中です。

商店街を率いるリーダーの「志のや」店主の高橋修さんとお話しすると、
「不満を並べたらキリがありません。
多くのお客様に来ていただいて営業できていることに本当に感謝しています。
とにかく皆で元気に頑張り続けます。」
とその顔立ちに似つかわない(失礼!)満面の笑顔でおっしゃいました。
こっちまで反射的にニコッとしてしまうその笑顔に、
「大変ですね」「頑張ってください」という言葉を飲み込んでしまいました。

大変だからといってキツい顔でいる、
辛いからといってしかめっ面になる。
そういうことなく、感謝の気持ちと笑顔で居られる。
それこそがリーダーの資質であって、
だからこそ、この店にも商店街にも活気があるのだと感じました。

「大変ですね」「頑張ってください」と言おうとしたのが、
上から目線であることに気が付きか、恥ずかしくなりました。

石巻港では、桜が満開でした。

しかし高台にある桜の向こう側はいまだに更地。
更地の手前つまり高台の麓にある、夥しい数の新しい墓石が、
否が応でも眼に入ります。

その風景を視ていると胸が熱くなるのですが、
地元の方々は、満開の桜の下で、陽気に花見の宴を繰り広げられていました。
その宴や皆さんの笑顔を視ていると、
たまにやってくるような外部の人間だから感傷に浸っていられるのだと気がつきます。
地元の方々は、苦しみも悲しみも、心に体に焼き付けて、
その上で陽気に笑って花を酒を楽しんでいらっしゃる。
復興の状況がどうであろうが、時が止まったように感じられようが、
人々の時は流れている、そこに生活のひとコマひとコマがあると改めて気づかされます。

この場所に来なければ、忘れてしまいそうな自分に恥じ入り、
この場所に来て感傷に浸っている自分に偽善的なものを感じ、
自己嫌悪に陥りました。

このようなこともあり、
今回の東北行きは、ブログに書くつもりはなかったのですが、
ネパールの震災の状況を見るにつけ、
「やらない善よりやる偽善」という言葉を思い出し、

少しでも多くの人に、新しい災害が重なっても、
東日本大震災もまだ過去のものではないと、
一言伝えられればと思い、恥ずかしながらのエントリです。