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外に出よう!リスクが高くても。

「イスラム国」による人質が大きな問題となるなか、
「外は危険」という議論や意識がまた高まりかねません。

しかし、インターネットが世界インフラとなり、
好むと好まざるとにかかわらず、あらゆるものが繋がってきています。
そして、それはこれからも加速します。

外には様々なものがあり、様々な人がいて、様々な考え方があります。
そして、それぞれが繋がっていきます。否応なしに。
いよいよ、中に居て、中だけしか知らず、中の考えだけで行動することが、
逆に存在意義も存在価値も危険にさらしていくのです。

だから、私は「外に出る!」行動を強く意識しています。

すでに昨秋からシンガポールに住み、日本の外に出ていますが、
「外に出る!」のは場所だけの話ではありません。
いままでの「思考」から外に出ること、
いままでの「方法」から外に出ること、
いままでの「常識」から外に出ること。

実際、外に出ることで、初めて見えることがあります。
中に居ては、いつまでもわからなかったことがあります。

「中に居る」のは安全で、変化も少なく、居心地が良いものです。
しかし、視座は変わらず、刺激も少なく、故に自分自身の変化も限定的です。

もちろん「外に出る!」ことには、常にリスクが付きまといますが、
より広い世界を見渡すための高い視座を手に入れることに価値があります。

なぜなら、繋がることによって世界はよりフラット化していくからです。
様々なボーダーが無くなり、中と外の垣根がどんどん低くなり、
組む先も、戦う先も、これまでにない所に存在するようになっていきます。

今からちょうど10年前に出版されベストセラーとなった
The World Is Flat」(邦題「フラット化する世界」)に描かれた「未来」が、
デジタル化、モバイル化、クラウド化によって現実になりつつあります。

これから、さらに世界はフラット化していきます。全ての産業で。
フラット化とは、その日本語における語感とは裏腹に、
均一化ではなく、多様化への流れです。
固定化ではなく、流動化への道筋です。

日本と同じく「国土も資源もない」シンガポールに、
さらにフラット化した世界を垣間みる事ができます。

例えば、
シンガポールに住む人の39%が移民(10%)と外国人(29%)です。※1
私の息子が通う小学校の生徒の出身国は60ヶ国を越えています。
その小学校の通知簿にはあるべき姿として「Risk taker」が明記されています。

日本社会にいまだ根強い抵抗のある「違いがそこらじゅうにある状態」が目の前にあります。
世界がもっと繋がっていくと、これは、他国の話ではなくなってきます。

文化を愛し、故郷に感謝しているからこそ、
外に出ることで、その違いのなかで、意味も価値もさらにわかります。

「外は危険」「外は大変」だからこそ、
外に出て、体力、知力を鍛え、パワーアップしようではありませんか。

※1 出典:「Population Trends 2014」by Department of Statistics Singapore

空の上の年越し〜飛翔へ

松の内も昨日で終わり、そろそろ正月気分も抜けてきたことと思いますが、皆さんは、今回の年末年始はどう過ごしましたか?

今回、日本では9連休になった人も多かったと思いますが、私は、昨年の秋からシンガポールベースとなっていますので、シンガポールのカレンダー通りに12月31日まで勤務しました。シンガポールでは、元日の1月1日だけが祝日で一般的に年末年始休暇はありません。ですので、12月31日は通常勤務して、その日の22時過ぎに発つ深夜便に乗り、元旦の午前6時に羽田に着きました。

つまり、年越しはシンガポール→羽田の機内です。
空の上で年を越したのは、実は生まれて初めてのことです。

さて、ここで1つの疑問が生じました。

シンガポールと日本では、1時間の時差があります。時差がある国の間を飛行中に年を越える場合に、新年を迎える瞬間はいつなのか?という疑問です。

シンガポール時間なのか?日本時間なのか?

さらに、ヨーロッパ→日本便のように複数の標準時を越える場合にはどうするのか?

空の上で年を越した経験があるという友人に聞いた話では、年越しの瞬間に、クルーがクラッカーを鳴らしてお祝いをしたという事例もあったので、いつもは離陸後すぐに寝るところを寝ずにその瞬間を待っていました。

しかし、日本時間の0時を過ぎても、シンガポール時間の0時を過ぎてもアナウンスは全く無いまま。そして、いつも通り、羽田に降りる1時間半ほど前に機内が明るくなり、「あけましておめでとうございます」というアナウンスがあっただけでした。

結局、「年を越えるのはどちらの時間か?」という疑問も年を越してしまうことになりましたが(笑)、空を飛んでいる間に2015年を迎えたことで、2015年の活動が大きな飛翔につながるに違いないと、験担ぎをした年始でした。

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

2015年の幕開けです。

今年の初陽の出は、しばらく厚い雲に阻まれながらも、

力強く昇り、そして眩しく光り輝いていました。

本年も、皆様にとって、

チャレンジを乗り越え、光り輝く一年となりますよう祈念いたします。

 

インフォテリア株式会社
代表取締役社長/CEO/CPO
(兼Infoteria Pte Ltd CEO)
平野洋一郎

ハローウィンとは、何の祭り?

今日はハローウィン。先週末あたりからFacebookの私のタイムラインでは、子供のハローウィンパーティーの話題が急増していて、日本でもハローウィンが普及してきていることがわかります。

一方で、私の周りの大人に、子供の時にハローウィンパーティーをしたことがあるかと訊いたところ、経験者は皆無。私自身も、ハローウィンを知ったのは英語の教科書の中で、ずっと異国の地の風習だという感覚でした(笑)。しかし、子供のハローウィンをしたことがあるという人は話を訊いた20名中で14人も。ここ最近でかなり身近な季節のイベントになってきているのです。

意外と面白いのは、ハローウィンをキリスト教の行事だと思っている人が多いこと。ハローウィンが欧米から来たものだからでしょうか?ハローウィンは、もともとはケルト人の収穫祭に由来し、カボチャの元来「蕪(カブ)」で、アメリカに渡ってからカボチャになったもの。かくいう私も数年前に知ったばかりですが(笑)

さて、ハローウィンといえば、子供の仮装ですが、最近では、季節のイベントとして、子供だけではなく大人もこぞって仮装をして練り歩くというスタイルも多いようです。写真は、私の友人夫妻が主催している、あるハローウィンパーティーの1コマ。最初はマンション内の小さなイベントだったのが、毎年参加者が増え、今年は200人超える規模に規模になったそうです。

さらには、子供関係無しに大人だけで行うハローウィンパーティーも急増。ここまで来ると本当に楽しむためのネタでしかない感じですが(笑)。私も今日の夜は2つのハローウィンパーティに誘われたのですが、残念ながら今朝シンガポールに着いたところで、参加できません。楽しいイベントはとても好きなので、掛け持ちででも参加したいところなのですが(笑)。

こういったイベントが、本来の意味も由来も知らず、形だけ広がっていくことを懸念する声もあるようですが、世の文化も慣習も時代とともに変わっていくもの。私は、他の文化のものを取り入れて、目くじらを立てず大いに楽しめばよいと考えています。

ネットが普及し、ソーシャルを普通に使われるようになって、人のつながりのバーチャル化が進む中、こういったリアルなつながりのイベントを求める傾向はこれからもより高まっていくのではないでしょうか。

つながる喜び つながる幸せ

私の生まれ故郷熊本には方言があります。その方言「熊本弁」をアウェーの東京で喋りまくろうという会「熊本弁ネイティブの会」を主宰しています。

この会は、普段はFacebookグループでの活動(熊本弁だけで語り合う)を行っていて、それに加えて年に数回、リアルで熊本弁だけしか喋ってはいけないという飲み会を開催しています。その飲み会では、標準語を喋ったらくまモンの着ぐるみを着るという罰ゲームもあります(笑)

いまでは、メンバー数450名を超え、飲み会も毎回40〜50人が集まる会になっていますが、その秋の会を2週間ほど前に開催。今回は、「芸術の秋」ということで、会のメンバーの写真展とライブに併せての開催でした。いつもは私が司会をしているのですが、今回はメンバー2人からの希望で、司会をやってもらうことになりました。

四谷の九州料理居酒屋「四谷 有薫」を貸し切って行った今回は、息の合ったコンビ司会で自己紹介ゲーム(これももちろん熊本弁で)などのアトラクションも楽しく進んで行きました。そして、まさに宴もたけなわというところで、司会から「そんなら、こっから本当の会に入るけんね!」のかけ声が。一応主催者の私は「ん?本当の会てなんね?」と思っていると、「平野さんのシンガポール壮行会ばい!」との声が。

え!? なんと!!

そこからは2人の司会コンビに加えて、某有名誌の辣腕女性編集者が「壮行会」のメイン司会となって仕切っていきます。グリーンの大きな花束、記念の額縁入りの写真、熊本産の限定ワインなどを皆さんからの贈り物としていただきました。そして、

「平野さんのおかげで、ぎゃんやって繋がるこつができて、たいぎゃな感謝しとります!」と。

わたしは言葉に詰まってしまいました。元々自分自身がこういう場が欲しくて始めただけなのに、こんなに喜んでもらえるなんて。

それにしても、全く感づいてもいませんでした。熊本弁ネイティブの会の皆で、私の壮行会にしようという計画が水面下で進んでいたというのです。本当にサプライズです。たまがった!

そして、私に「ひとこと」とマイクが回ってきたのですが、感激のあまり何を喋ったかは正確には覚えていません(笑)。ただ、同郷といっても、ほとんどが東京に来てから知り合った人で、熊本弁という共通のよりどころを持つだけなのに、こうやって繋がって、本当に温かさを感じ、胸がいっぱいになりました。最近では、地方でもあまり方言を喋らないようになっているようですが、やはり共通のものを持つ仲間というのはいいですね。

言葉に限らず、共通の趣味を持つ「サークル」や、共通の夢を持つ「会社」。何かを共有することで、繋がって仲間になる。幸せを感じる。

「つながる」ことによって、人は喜び、幸せになれると、改めて感じた一夜でした。

海外展開にあたり浴衣を学ぶ

最近、海外事業を推進するために海外出張が増えています。

私は、2014年前半だけで既に6回。出張先で、現地の企業のエグゼクティブと話をすることも多いのですが、話をしていて、時に恥ずかしいのが、日本のことを質問されて答えられないことがあることです。先日も、某国でIT企業のエグゼクティブと一緒にディナーをしているときに、着物に興味があるとの話になりました。そして聴かれたのが、

「なぜ着物は、男性と女性で羽織る方向が一緒なのか?」

という質問。よく知っているね!と驚き、しかし、その答えを知らない私は「今度調べてみよう!」と応えるしかなく、内心恥ずかしい思いをしました。その時に、「左前は貴族だけに許されていた」だとか、「死者には貴賎無く平等との考えから死者は誰でも左前」だとかということを知っていれば、さらに色々な話が広がったに違いないのですが、「今度調べてみよう!」で、着物の話はそこで終わってしまいました(笑)。

そんな悔しい思いをして帰国したところ、スタートアップ支援で活動されている本荘修二さんから「粋にまとう男ゆかたの会〜経営者レッスン」の誘いをいただいたのです。これから、海外での滞在がさらに増えるのに、浴衣くらいきちんと着る事ができなくては恥ずかしいなと思い、参加することにしました。

浴衣レッスンの先生はテレビやラジオなどでも活躍されている「Kazumi流」主宰の津田恵子さん。私のような初心者にはもったいない師匠です。日本では温泉などにいくと浴衣が置いてあって、何も考えずに羽織って帯を巻いていますが、レッスンに参加してみると、浴衣も奥深いことがわかります。着方次第でかなり印象がずいぶん変わるし、素材や、着方や、模様や、小物なども含め様々な背景、謂れがあることがわかりました。浴衣は日本文化からすれば、ほんの一部でしかありませんが、日本の歴史、風習などかなり広範囲に関連していて、海外の人と小一時間盛り上がれるような話題も提供できるのです。

この4月からは、インフォテリアの代表だけでなく、MIJS(Made In Japan Software)コンソーシアムの理事長職も担っています。海外に日本を紹介し、展開していく一人として、日本のソフトウェアだけでなく日本の文化についても、もっと知見を深めていきたいと改めて感じた浴衣のレッスンでした。

英語でのスピーチと5つのポイント

久しぶりに全て英語でスピーチを行いました。英語でのプレゼンは時々あるのですが、大勢の聴衆の前での英語でのスピーチは何年ぶりでしょうか?

場所は、シンガポール。Marina Bay Sandsで開催されたウイングアーク1st社のシンガポールオフィス開所セレモニーでの締めのスピーチをMIJSコンソーシアム理事長として行いました。日本企業のセレモニーですが、シンガポール政府関係者や現地企業の方々も大勢いらっしゃっることに当日気がついたので、日本語で行うつもりだったスピーチを急遽英語に変えて。

いま、インフォテリアは海外展開に力を入れていますし、MIJSコンソーシアム理事長の仕事としても、英語のプレゼンだけでなく、英語のスピーチが増えることと思います。英語でのスピーチは、決して上手い方ではありませんが、気をつけているいくつかのポイントがあります。

その1:原稿を持たない

原稿を書いても、手元には持ちません。持つとどうしても読みたくなってしまいます。もし持つとしてもトピック一覧程度しか持たず、目線は会場に向け、語りかけること。私は、プレゼンと同じく何人かの凝視ポイントを決めてローテーションして行きます。

その2:エピソードを入れる

国内では、誰が喋っても良いような社交辞令的な挨拶も多いですが、それではせっかくの英語のスピーチの機会を無にしてしまいます。そこで、具体的なエピソード入れ、聴いていただいている方に興味を持っていただける内容にします。今回は、社長の内野さんが独立したときに食事を共にし、ブログを書いたエピソードを入れました。

その3:ジェスチャーを大げさにする

ただでさえネイティブからほど遠く、通じにくいスピーチです。セレモニーでのスピーチとなると日本ではかしこまって話すのが良いのでしょうが、できるだけ伝わるようにするために、身振り手振りを交えて、感情やイメージなどが少しでも多く伝わるようにします。

その4:リハーサルをする

私が教えているプレゼンの鉄則の基本と同じですが、原稿を読まずに話の流れを覚えるためにもリハーサルをします。間違えやすいところも分かり、つなぎを練習することで、よりスムーズにスピーチすることができます。今回は当日に英語にしたので、こっそり会場裏の廊下に抜け出して3、4回リハーサルをしました。

その5:直前に英語の歌を歌う

登壇の前の緊張をほぐすために、自分の歌い慣れた英語の歌を歌います。緊張をほぐすだけでなく舌を英語に慣らすこともできて一石二鳥です。今回は、英語プレゼンの前によく歌う「Fantasy」で舌慣らしをしました。この時のために、たまにはカラオケで英語曲を歌っておくのも良いですね。

これから、インフォテリアは海外での活動が増えるので、私自身英語スピーチの機会も増えると思いますが、このブログの読者の皆さんも、英語でスピーチする機会が増える人も少なくないはずです。この5つのポイントが少しでもハードルを下げるヒントになれば幸いです。

そして、私は6番目のポイントに挑戦したいと思います。それは、「最初にジョークを入れる」ということ。私にとって、日本語でさえ最初のつかみはまだ難しいのに、英語でのジョークはさらにハードルが高いものです。しかし、世界中のインフォテリア社員が一同に会した前でスピーチをする場面をイメージしながら、さらに研鑽していきます。

 

成長をもたらす3つの「し」とは?

4月、桜咲く日本では、大きな節目の時期です。
入社、異動、昇進などなど多くの変化が集中します。

そして、多くの人が新たな成長を意識し目指す時期でもあります。

人の成長を考えるとき、私は3つの段階の「し」が重要だと考えています。

まず、多くの組織でも実施されている第1の「し」は、「指導」です。

「指導」は成長の第1段階としては最も有効です。経験も浅く、独り立ちできない見習いのうちは、上長や先輩の「指導」が一番の成長の要因となります。「指導」により、先達の知見、技術、ノウハウを身につけて「一人前」を目指す段階です。この段階は、多くの管理者や組織が備えています。しかし、「指導」だけでは、他の人と同じ事ができるようになるまでの成長しかありません。

さらなる成長のための、第2の「し」は、「刺激」です。

ある程度仕事ができるようになると、仕事をこなすようになり、成長の度合いが鈍ってきます。一定の成果が出るようになるため、本人も上長・先輩側も満足し成長への意識が弛みがちになります。心にゆとりとさぼりが芽生えます。こういう時に、新たな段階の成長要因になるのが「刺激」なのです。

これまでと違う知見、これまでと違う視点、これまでと違う価値観、こういったものに触れ、驚き、自分が満足していたことに、危機感と恥ずかしさを感じるような「刺激」こそが成長要因となるのです。「刺激」は、人と違う自分なりのオリジナリティを持ったプロフェッショナルとしての成長をもたらします。

そして、第3の「し」は、「試練」です。

単なるプロフェッショナルを超えた、さらなる卓越した存在への成長をもたらすのが「試練」です。いままでの知見、経験、ノウハウでは到底破れない壁。これまでの蓄積を失いかねないような大きなリスク。こういった自らの価値や存在が危ぶまれるような「試練」に直面すると、人は全身全霊でその解決に取り組みます。すでにある程度のポジションに居る人も、怖くなるような「試練」。これが、人が唯一無二の価値ある存在に成長する糧となるのです。

翻って、部下や後輩を持つ「師」もこの3つの「し」を心したいものです。

いつまでも見習い扱いで「指導」ばかりしていては、逆に成長を阻害していることに気がつかなくてはなりません。能力もあるし成績も良いのになかなか成長しない部下がいたら、必要なのは「指導」ではなく、「刺激」の段階に来ています。そしてその先、「試練」を乗り越えることで「師」を超える成長がもたらされます。

しかし、自らが優秀なプレーヤーである「師」ほど、「指導」に固執し、「刺激」や「試練」を与えられません。なぜなら、そういう「師」ほど経験も深く、能力も豊かであるために、「指導」できることが多いからです。その結果、行動も価値観も同じような従順な人間が増えてしまいます。時代も環境も変わって行くのに「師」の時代の行動が基本になってしまう人ばかりになります。

本当の成長に導く「師」は、いつまでも、あれやこれや「指導」するのではなく、意識して「指導」から、直接細かな口出しをしない「刺激」の段階に導き、そして自らも手の届かない「試練」へと旅立たせるのです。この春、「指導についてこない」、「指導の成果が出ない」と嘆いている「師」がいたら、それは「師」の側の成長も必要だということにほかならないのです。

 

小学生の皆さんに「デコポンのススメ」

先月、熊本県教育庁の要請を受けた「里帰り講話」として、熊本県のある小学校で、4年生、5年生、6年生の皆さんにお話しをして来ました。

3学年、つまり全校の半分にあたる生徒に体育館に集まってもらっての講演です。小学生の皆さん向けに何の話をしたら役に立つことができるのか、しばらく考えてしまいました。なにせ、熊本大学中退の私が、「一生懸命勉強しよう」などという話をしても説得力ゼロなので(笑)

いろいろと考えた末に、決めた演題が「デコポンのススメ」。

私の実家がミカン農家であることから始め、デコポンの誕生秘話、「違い」が価値であるという話、そしてデコポンは「デコ」の部分が大きいほど値段が高い、しかし「ポン」の部分がないと何の価値もないという話、そして、「ポン」の部分は学校でしっかり身につけて、一人一人の個性であり特長である「デコ」の部分を自ら見いだし、成長させて行こうという話をしました。

寒い体育館の中で、60分間、しっかりと聴いてくれました。

それから2週間ほど経って、「デコポンのススメ」を聴いた児童たちから、感想文の束!が送ってきました。4年生から6年生まで全生徒分です。

感想文を読むと、本当に良く聴いてくれていたことがわかり、自分の「デコ」を説明してくれたり、「デコ」を見つけると決意したこと書いてくれたり、もっと話を聴きたいとのリクエストがあったり。涙腺が緩みました。

今回、故郷貢献のつもりで、何の見返りも求めずに行ったのですが、私自身も大きな得るものがあったことを実感し、本当に行ってよかったと思います。

ありがとう!また行くけんね!

メニュー誤表示問題と現場の力

阪急阪神ホテルズに端を発した、メニュー誤表示の問題はさらに広がりを見せています。各社の対策を聞くとほとんどが、チェック体制を厳しくするということで、中には専任の担当を置くというところもあります。

もちろん、問題を起こしてしまったのですから、「今後はちゃんとやります」だけでは済まず、しっかりとチェックのプロセスを入れる必要があるのですが、それでも、やはり根本は現場の意識を高め現場の力を上げることに尽きると考えます。

この話を耳にするにつけ、私の実家の両親が細々と続けている「平野農園」で起こったあるエピソードを思い出します。

平野農園は熊本県の田舎の三角(みすみ)町というところにあり、その町で穫れる「みすみみかん」は近県ではちょっと知られているブランドです。平野農園のインターネット販売は1996年の秋から始めました。お客様も徐々に増え、2000年頃には、みかんを発売してもあっという間に売り切れる状況になりました。

それもそのはず、私の実家の畑はトータルで1ヘクタール程度。つまり、正方形にするとたった100m×100mの広さしかないところに何種類ものみかんを植えているのですから、一つの品種の収穫量はたいしたことありません。出荷即日完売ということも珍しくなくなり、リピーターの方などが売り切れで買えなかった場合などは、クレームになったりもしていました。

そこで、私は親父に提案しました。「同じ『みすみみかん』なので隣近所の農家のみかんも売ってあげたらどうか?うちの畑と味はそう変わらないし、売り切れになりにくいからお客様も喜ばれるし、近所の人にもJA以外のルートが出来るのは歓迎のはず。」

親父は喜んで受け入れてくれると思っていたのですが、答えは、「それはやらない。」でした。驚いて理由をきくと「平野農園のみかんじゃないから」とのこと。「お客さんは平野農園のみかんと思って買っていただいているから他の農園のみかんは売れない。他の農園のみかんの木は自分が世話しているわけではないから責任が持てない。」ということでした。相変わらず『肥後もっこす』だなあと思いながらも:)、その責任感にあらためて感心し、提案した自分が恥ずかしくなりました。

そして、今回のメニュー誤表示問題です。すぐに、このエピソードを思い出しました。このエピソードと対比して感じることは、問題の原点は、チェック体制がなかったり緩かったりということではなく、直接携わっている責任者、担当者の意識と責任感があることがまず大事で、チェック体制を作ることが根本の解決策ではないということです。

また、チェック体制やチェックプロセスを新たに入れることの問題は、そこにコストがかかることです。そのコストは企業体の事業である以上、結果的に提供価格に転嫁されます。つまり、メニュー書いてあるとおりの内容が出てくるという「あたりまえ」のことに対して余計にコストを払わなければならなくなり、結局お客様にツケが回ってしまう。

チェックばかりしないと、まともに回らない会社の競争力が高まるわけがありません。経営者が最優先で取り組むべきは、さらなるチェック体制、チェックプロセスではなく、社員メンバーひとりひとりの責任感、意識を高める、つまり現場の力を高めていくということでしょう。現場の力は、仕事が速くできるとか、売上を上げられるということだけではなく、きちんとそれぞれの現場で責任をもった仕事ができることが原点なのです。

他山の石として。